地区大会①
ジュピタル侯爵領の町にある観衆一万八千人収容の競技場。
おじさん品評会は一月以上前から宣伝がされ、無料で見られるとあって、席は満杯になる。おじさんの事をもっと知ってもらおうと始められたこの催しは今年で二十八回目となり、年々人気も高まっていた。
観客とは違う出入り口から、アレクとレリリイは応援のメイドらに見送られて入っていく。ローロンは学校の為、来られなかった事を悔やんでいた。
静かな通路を進み、案内の後ろを付いていって、控室に入る。
既に数人がいて、緊張感が高まってきた。
貴族や富裕層の令嬢とそのペットであるおじさんが三組。まだ増えるだろう。
侯爵令嬢の登場に、挨拶に集まってきたが、バチバチの雰囲気が滲み出ている。
知った顔は――いない。
子爵令嬢とマイウはまだか? と思っていると、アンだけがやってきた。
「あら、アン、遅かったのですね。昨年の地区代表は、余裕なのかしら?」
嫌味ではなく、天然で言っていそうなレリリイだが、アンの様子はおかしい。
「レリリイ様、わたくし、先程、棄権を運営に告げてきたのです」
「はい?」
「実は……、マイウが、糖尿病になって……」
マジか。
確かに不摂生していそうだったが。
「それは、心配ですね。心中お察しします」
「うう、マイウが喜ぶからって、好きな物ばかり食べさせたせいだわ。うう」
流石に令嬢らも笑えない。
慰める声をかけていく彼女らだが、心の内はどうだろう?
昨年の地区代表が棄権。チャンスと考える者もいるだろう。
ちょっと嫌だな。
しかし、考えないようにしても、少しはそんな気持ちが生まれてしまうのが人間だ。
のっけから波乱のおじさん品評会であるが、最後にリーシャとケンが入ってきた。ケンの足元に隠れるように小さな女の子もいる。
場違いの格好に臆するようなリーシャであったが、直ぐにレリリイが声をかけた。
「やっぱり、いらしたのね。楽しみだわ、リーシャさんがどんなトレーニングでケンを鍛えたのか」
「レリリイお嬢様。ええ、きっと驚きますよ」
「うちのアレクだって、負けませんよ」
やっとほっこりできる光景だ。
地区大会にエントリーしたのは七名。そのうち、一名が棄権し、六名が競う。
今回は、この中から二名が地区代表として、地方大会に出られるのだ。
審査は三つの項目でなされる。
ルックス、パフォーマンス、デュエットの三つだ。
運営のスタッフがやってきて、時間を告げてくる。
最初のルックスでは、トレーナーと離れ、おじさんだけが別の場所に移動した。
競技場のグラウンドに入るゲートの前に立つ。
「それでは、説明します。最初の競技、ルックスでは、全員で出て頂き、審査員に見て頂きます。この辺りは事前に確認できていますね?」
全員が頷く。皆、緊張が顔に現われていた。
どうしたら勝てるのかなんて、まるで分らない。
選考の基準が全く理解できない。
それでも、自分を可愛がってくれる令嬢の為、おじさんたちは進む。
自分はいったい何をやっているのか? そんな疑問を抱えながら。
――――
おじさん研究の第一人者、モールスナット伯爵夫人。真っ白な髪を玉葱状に纏めている彼女は、ジュピタル侯爵領で行われるおじさん品評会の地区大会の審査員の一人として招待されていた。
競技場のグラウンドに置かれた長テーブルの中心に彼女は着く。
「宜しくお願い致します、マダム」
「ええ、こちらこそ」
他の審査員に挨拶を交わし、彼女は資料に再び目を通した。
この地区の代表は、去年は地方大会で銀賞。つまり、大してレベルは高くない。
とはいえ、請けたからには厳しく、そして正確に審査する。誤審は許されない。たとえ、レベルが低くとも、トレーナーたちは自分のおじさんを愛し、ここに連れてきているのだから。
審査員は五人。
おじさん専門医。引退したおじさんトレーナー。こちらも引退したおじさんブリーダー。それから第三王女殿下。
「は? で、殿下、何故ここに!?」
「いや、普通にお忍びで観戦にきたのだけど、審査員の一人が食あたりを起こして、急遽。まあ、一番近くで見られてラッキーだわ」
普通にお忍びってなに?
こんな地方にミュウサリア王女がわざわざ来ているのが謎だ。
もしかして、これも方便?
出場するおじさんの中に、王族が注目する逸材がいるの?
これは力を確かな眼力で収集して審査しなくては。
定刻を迎える。
アナウンスがされた。
「それでは皆様、お待たせしました。これより、第二十八回、全国おじさん品評会ジュピタル地区予選を開催いたします」
襟を正し、眼鏡を取り出して正面を見る。
モールスナット伯爵夫人は近眼だ。近くの資料を見る時は眼鏡を外す。老眼だから。
観衆は軽く一万人を超えているだろう。空席は目立たない。
「まずは、審査員のご紹介です。本日は特別ゲスト審査員として、何と、ミュウサリア・ナウ・ソル王女殿下がいらしています」
驚きと大歓声が沸き起こった。
続けて、順に紹介がされ、モールスナット伯爵夫人もクールに客席に手を振った。
ふむ。ここでもおじさんの人気は高い。
バースカント王国のライバルと言えるデッドラン帝国では、数年おきに勇者を召喚し、魔王に備えているらしいが、どうしておじさんを召喚しないのか謎だ。
経験不足の若造より、経験豊富なおじさんの方が有用であると、どうして帝国は分らない。
力が九九九九の勇者より、加齢臭千のおじさんの方が強いと何故気付かない。
まあ、おじさんの最も優秀なところは、その知識と常識力。
それに、戦わせるだけの為に、おじさんを召喚しているのではない。その象徴がこの品評会なのだ。
「まずは、最初の審査から。ルックス! さあ、おじさんたちの入場です」
事前に資料には目を通したが、やはり実物を見るまでは判断はできない。
棄権者を除く、六名が、列を成してゲートから進行して、所定の位置で横に並んだ。
「では、紹介しましょう。一番、サカタ号。トレーナーはジュピタル騎士団長の娘、ウサ嬢」
サカタ号。ジョギングおじさん。痩せ形。
レベル=十三。
加齢臭=二百三十三。渋み=百一。精力=百四十七。キモさ=三百六十。毛根耐性=五十三。スケベ=二百四十二。
HP=三百三十四。MP=百六十五。
忠誠状況=娘扱い。
主人との相性=五十七パーセント。
愛され値=二百十一。
「二番、シンジ号。トレーナーはビナス子爵領のレストラン経営者の娘、エラナ嬢」
シンジ号。司令官おじさん。痩せ形。顎鬚。
レベル=二十七。
加齢臭=五百六十一。渋み=四百十七。精力=二十一。キモさ=三百四十二。毛根耐性=二百二十二。スケベ=六十八。
HP=五百十八。MP=三百三。
忠誠状況=なんとなく。
主人との相性=四十六パーセント。
愛され値=百七十三。
「三番、スラッシュ号。トレーナーはマーズ伯爵令嬢、オルニナ嬢」
スラッシュ号。医療おじさん。やや太り気味。
レベル=三十一。
加齢臭=八百七十六。渋み=二百六十三。精力=二百八十三。キモさ=二百五十九。毛根耐性=百十。スケベ=三百十一。
HP=四百三。MP=四百四十七。
忠誠状況=慈愛。
主人との相性=七十六パーセント。
愛され値=二百六十八。
「四番、アレク号。トレーナーはジュピタル侯爵令嬢、レリリイ嬢」
地元とあって一際大きな歓声があがる。
領主の娘なのだ。当然だ。
しかし、このモールスナット伯爵夫人、決して贔屓はしない。
「え? なに、この歪なステータスは!?」
アレク号。我慢おじさん。中肉中背。
レベル=八。
加齢臭=八十九。渋み=ニ百二十八。精力=九百六十六。キモさ=二百七十二。毛根耐性=百六十三。スケベ=九百七十四。
HP=二百四十三。MP=百九十七。
忠誠状況=好き過ぎる。
主人との相性=九十二パーセント。
愛され値=千六。
このレベルで、この精力とスケベはいったい?
愛され値千超え?
こんなの絶対に毎晩愛し合っているでしょ。
「か、可愛い顔をして、侯爵令嬢、や、やるわね」
これは要注意。
「五番、セイバー号。侯爵従属騎士ホーライ様のご令嬢、カーカラ嬢がトレーナーです」
セイバー号。ライダーおじさん。強面。ワイルド。
レベル=十八。
加齢臭=二百七十九。渋み=七百十三。精力=百八十八。キモさ=百六十。毛根耐性=八十三。スケベ=二百二十一。
HP=三百八十二。MP=四十七。
忠誠状況=意気投合。
主人との相性=六十七パーセント。
愛され値=二百五十七。
「六番、ケン号。トレーナーはリーシャ嬢」
ケン号。ガテン系おじさん。長身、逞しい肉体。
レベル=十。
加齢臭=六十三。渋み=八百八十七。精力=三百十一。キモさ=三十二。毛根耐性=二百三十三。スケベ=百七。
HP=三百九十四。MP=百ニ。
忠誠状況=恩義。
主人との相性=八十九パーセント。
愛され値=三百三。
「随分とみすぼらしい恰好ですな」
隣のおじさん専門医が呟く。
そこに少し小馬鹿にしたニュアンスがあって、夫人はつい言ってしまう。
「いいえ、彼のステータス、渋みが物凄く高い。ですから、あの汚れたランニングシャツも、かえって魅力を引き出していますわ」
「まさか、あれは演出?」
単純に貧乏なだけだと誰も気付いていない。
おじさん品評会は単純にステータスを比べるものではない。ただ、その特徴を如何に生かし、どう見せ、魅せるのかがポイントとなる。
「それでは審査員の皆様、どうぞ、お近くでご覧ください」
ここからが審査の始まりだ。
一定間隔に並んだおじさんらの周りを審査員らが吟味していく。
モールスナット伯爵夫人のそれは素早く、そして的確だ。メモを取るペンが走る。
サカタ号。使い込んだジャージ姿。汗臭さが物足りない。ただし、汗で額に張り付いた髪が良い感じ。
シンジ号。軍服姿。頭が硬そうな雰囲気を出しているが、大きな特徴は無し。特技に期待か。
スラッシュ号。白衣。やけに緊張している。じっと見詰めると、そっと顔を背けた。シャイなのか演出なのか謎。
アレク号。見た目はごく平凡。服装は侯爵の借り物か。いや、微妙に髪が薄くなっている。微妙に腹が出始めている。この微妙さは、いやらしくないおじさんらしさ。
反して、スケベの高さがギャップを生んでいる。及第点。
セイバー号。革ジャン。長い髭にサングラス。
一見、狙い過ぎ。先程のアレク号とは真逆。しかし、サングラスを外すと、なんて円らな瞳。二重丸。
ケン号。汚れたランニングシャツ。
うほっ、いい体。これは作られた筋肉じゃない。労働によって作られた年季の入った筋肉。
そして哀愁のある背中。
やだ、カッコいい。
一番早く、審査員席に戻る。瞬時に見極められるのがプロなのだ。
「ねえねえ、腕、触っていい?」
姫様がケン号に絡んでいる。
何やっているんですが、殿下! 眉がピクピクしたのは内緒ですよ。
「ええ、それでは、得点を集計いたします。ますは、一番――」
サカタ号。七点。六点。五点。八点。六点。合計、三十二点。
シンジ号。七点。七点。四点。八点。七点。合計、三十三点。
スラッシュ号。六点。六点。五点。八点。六点。合計、三十一点。
アレク号。六点。六点。七点。八点。六点。合計、三十三点。
セイバー号。七点。七点。七点。八点。七点。合計、三十六点。
ケン号。六点。七点。八点。八点。六点。合計、三十五点。
「……殿下、全て八点ですね」
「おじさんは皆可愛い。まあ、私のスケブロウは、十点だけど。モールスナット伯爵夫人は、全体的に渋い点数の付け方だけど、四、五、六は高めなのね」
「ええ。私の目こそ、正しいと自負しております」
三つの項目は全て五十点満点だが、ルックスはまだ大差がつかないのが常だ。
モールスナット伯爵夫人。彼女はいつも全身全霊で審査を行う。
――――
緊張から解き放たれて、おじさんたちは令嬢の下へと向かった。
グラウンドの裏で、自分の飼い主を見付けると、安堵と柔和な表情をそれぞれが見せる。
「アレク……」
「お嬢様。これで、良かったので?」
皆、直ぐに次のパフォーマンスに向けて、作戦を練っている。
「ええ。ルックスでは大きな差はでないものなの。ここでは大きく離されない事だけが大事。勝負は次のパフォーマンス。ここで、大きくライバルとの差をつける事ができれば、大きく地区代表へと近付けるわ」
最高点のセイバーから最低点のスラッシュまで、僅か五点の差である。
パフォーマンスの順番も印象に大きく影響を与える為、くじ引きで決められた。運も味方に付けなければならない。
これは事前に行われていて、アレクの順番は最後だ。
審査員の印象には残りやすいが、ずっと緊張を強いられるし、ライバルらに高得点が付いていた場合、プレッシャーが半端ない。
インターバルは三十分。その間、観客席では現われたおじさんらについて語り合う。これが、おじさん品評会の楽しみ方だ。
この三十分、最初の演者、シンジ号にとってはやけに短く感じた事だろう。
彼のパフォーマンスが、基準となる為、かなりの高得点を狙わないと、いい位置は狙えない。ただ、最期のデュエットでは、パフォーマンスでの順番を考慮して、五番目と絶好の順番と変わる。
全て公平にとはいかないが、そこは審査員がどう見るのか、だ。
「お待たせいたしました。それでは第二競技、パフォーマンスを行います。こちらは、おじさん単独による特技の披露となりますので、皆様、どうか、盛大な拍手でお迎えください」
目の肥えたおじさんファンが見詰める中、競技は始まる。
無論、ライバルの演技を見詰めるおじさんと令嬢も少なくない。
小物の使用も許可されている。
緊張のシンジ号が現われた。尤も彼は余り表情には出ない。
グラウンドの中心に机が一つ置かれた。
ただ、彼はそこに座る。
「何をするんでしょうね?」
「いいえ、アレク。もう、始まっているわ」
日本にいたおじさん、いや、海外のファンも気付いただろう。
「あ、あれは!」
両肘を机につけて、じっと前を見据える。まさしく司令官のポーズであった。
静かなパフォーマンスに、僅かに客席がざわつく。
しかし、コアのおじさんファンは既に気付いている事だろう。
そして、審査員らも。
腕の角度、瞳から相手に向ける圧。それらが全て採点される。
「得点が出ました。合計、三十七点。モールスナット伯爵夫人に聞いてみましょう」
「自分の特性を生かした良いパフォーマンスだったかと思います。ただ……」
「ただ?」
「地味……」
「ありがとうございます」
まばらな拍手があった。
レリリイに聞いてみた。
「えーと、どうなんです、あの得点は?」
「最初の基準としては、まずまずね。そんなに高いとは言えないけど、うん、大丈夫、アレクなら超えられるわ」
お嬢様の自信の根拠がよく分からない。
二人目は、医療おじさんのスラッシュ号だ。
「スラッシュ号の登場です。医療おじさんの彼が、一人でいったいどんなパフォーマンスを見せてくれるのか」
彼に小道具はない。飼い主の伯爵令嬢が、心配そうに見詰めている。
白衣を着た彼が、グラウンドに現われ、審査員席へと向かって、前へ。更に前へと突き進んでいく。
パフォーマンスの内容は事前に知らされてはいない。それだけにインパクトはとても大事なのだ。
緊張の瞬間に、観客席も一時静まり返る。
スラッシュ号も強い緊張を覚えているのか、表情は硬く、そして額に汗が滲んでいた。
一度、大きく深呼吸をして、いよいよ、始められるのだ。
「はあ!」
気合と共に、スラッシュは白衣を握り、そして、前を開いた。
「あ、あれは!?」
アレクは驚愕を漏らしてしまった。
それは、医療とは全く関係のないパフォーマンス。
スラッシュは、白衣の下に、何も身に着けていなかったのだ。
露出。満員の観客も見詰める中、その覚悟だけでも高得点も狙えるのか?
「凄い点数が出るのでは?」
「いいえ、アレク……、可哀想だけど、アレでは得点は伸びないわ」
「変態性も高く評価されるのでは?」
レリリイが首を横に振った。
「スラッシュ号のチッポは……、縮こまったまま」
「そんな……」
というか、お嬢様、そんなに真剣にアレを見詰めないで。
「さあ、得点は……、二十三点。これは、大きく評価を下げたか?」
レリリイの見立て通り、得点は伸びなかった。
「時々、インパクトだけで勝負するパフォーマンスを選択してしまう事があるのだけど、スラッシュ向けではなかったのね。見て、あんなにしょんぼりして……」
他のおじさんの事も心配する優しいレリリイ。けど、ちょっと嫉妬してしまう。
戻ってきたスラッシュが、申し訳なさそうに、飼い主の前にやってきた。
「すみませんでした」
「いいの。私が無理をさせたわ。ごめんね、恥を掻かせて」
「お嬢様……。いいえ、まだ終わっていません。必ず、デュエットで、私たちの意地を見せましょう」
「スラッシュ……」
感動的なシーンのはず。はずなんだ。
「さあ、続いて、三人目は、ケン号の登場です。その渋い雰囲気は、他のおじさんらとは全く別の特徴であり、期待の声も高まってします」
知っているおじさんが出てくると、やはり応援したくなるものだ。
祈るような姿のリーシャがいる。
スーと息を吐いて、
「では、お嬢さん、行ってきます」
ケンがグラウンドに出ていく。
レリリイが天才と認めているリーシャがトレーナーを務めるケン。彼がどんなパフォーマンスを見せてくれるのか、アレクも強く興味を持っている。
決戦の地に向かっていくような彼の背中は、男が男に惚れるようなものだった。