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捨てられたおじさんとスラムの姉妹②

 定期検診なるものがあるらしい。


 町にあるおじさん協会ジュピタル支部にて行われ、そこに連れて行かれたのだ。


 所謂健康診断である。


「あと、狂おじ病のお注射もしてもらいましょうね」


 とお嬢様に言われたが、狂おじ病って何?


 ここは異世界。知らない病があってもおかしくないが、ワクチン接種ができるなら構わない。


「その病気になるとどうなるんです?」


 とは聞いておく。


「まず最初に狂暴になるんだけど、脳にダメージを受けて、最終的には死に至るわ。だから、必須なのよ。まあ、かかる確率は極めて低いけど」


 お嬢様に心配をかけないように受けておこう。


 そんな訳で、おじさん協会ジュピタル支部にまでやってきたのだが、扉の前でウロウロしている少女を発見。


 近くにおじさんがいるから、彼女が飼い主か。身なりはお世辞にも裕福には見えないが。


「あの、入りませんの?」


 レリリイが少女に声をかけると、驚いて甲高い悲鳴が聞こえた。


「す、すみません、お先にどうぞ」


「あら? 貴女……、リーシャさんではありませんか?」


「へ?」


 赤い髪の少女は、じっとレリリイを見ると、思い出したように「あ」と口に出した。


「お久しぶりです。おじさんトレーナー学校で一緒だったレリリイ・ジュピタルです」


「お、お嬢様?! 侯爵家の」


 顔見知りだったようだ。


「リーシャさんも定期検診ですか? そちらが、貴女のおじさん?」


「え、ええ、まあ……」


 リーシャの視線がアレクの着ている服と自分のおじさんを比べている。


 レリリイがこちらを向き、


「アレク、トレーナー学校で一緒だったリーシャさんです。天才と呼ばれた私の憧れだった方なんですよ」


 リーシャが驚いた顔を見せた。


「それは、お嬢様がお世話になりました」


 丁寧にお辞儀する。


 向こうの体格のいいおじさんも会釈で返してくれた。


 ドキマギしているリーシャの手をレリリイが引っ張る。


「一緒に行きましょ」


「えっ、ちょっと……」


 協会の建物の中には、貴族や裕福な家庭の子女ばかりだった。


 どうやらリーシャはそれを気にして入り辛かったのだろう。


 定期検診は基本無料。ただし、協会への寄付金を出すのが通例のようだ。


 リーシャが――なけなしの金だったか――僅かな金を差し出すと、何人かの令嬢が笑ったようだ。


 リーシャが真っ赤になっている。


 しかし、続けてレリリイが同じだけの金を出した。


 侯爵令嬢なのにケチだという声も聞かれたが、レリリイはどこ吹く風である。


 そんな様子に、笑った令嬢のおじさんが説教をする。飼い主の方がしゅんとなった。


 よく見たら、先日会った教頭先生だった。


 深く頭を下げたのは、リーシャのおじさんだ。


 異世界に召喚されたおじさん同士、これからも助け合っていきたいもの。


 手続を済ませ、ここからは飼い主とは別行動。いざ、健康診断へ。


 ――――


 待つ時間が少しは楽になったのは侯爵令嬢のお陰だ。


 礼を言わなきゃ。


 口を開きかけると、侯爵令嬢から先に話してくる。


「貴女のおじさん、ひょっとして、野良だったとか?」


「あっ、ええ、先日、妹が拾ってきちゃって」


「良かった」


「え?」


「前回、町に来たとき、野良おじさんを見かけたの。心配していたのだけど、貴女のところなら安心だわ」


「私のところで、ケンは不幸じゃないのかな。貧乏だし」


「ん……、貧乏を知らない私が偉そうな事は言えないけど、ケンだったかしら、彼、とても貴女を信頼しているように見えたわ」


 本当にそう見えたのなら嬉しい。


「お嬢様、召喚に成功したんですね」


「へへ、驚いた? 魔力もからっきしで、落ちこぼれだった私が」


「そ、そういう意味じゃ」


「分かっている。それに、落ちこぼれだった事は関係ない。アレクが来てくれた。もしかして、誰も召喚に応えてくれないんじゃないかと不安だった。けど、彼は来てくれた」


「大好きなんですね」


「ええ、貴女もでしょ?」


 正直、分からない。


「放り出せなかっただけ、かも」


「貴方が急に学校に来なくなって、心配していた。噂は色々と聞いたけど、でも、おじさんと一緒にいてくれて良かった」


「私なんかが、身分に合わない夢を持って、ここにいて、いいのかな、って。周りの皆さんとは住む世界が違うのに」


「一緒ですよ。トップトレーナーを目指す、同じ世界にいます」


 ケンがやってきて、どうにか一緒に暮らせればいいと思っていた。


 けど、夢を諦めきれていないのを今、自覚した。


「なれますかね、トップトレーナー」


「落ちこぼれのくせに、侯爵令嬢だから大目に見てもらっているとか陰口を言われていたのも知っています。面と向かっては言われませんでしたけど。でも、絶対にトップトレーナーになるんだって」


「私は面と向かって、貧乏人のくせに、ってよく言われました」


「まあ。なら、一緒に見返してやりましょう」


「はい」


 久しぶりに未来を夢見た。


 これからどうすべきか、頭の中で具体的に巡らせる。


「そうだ、学校でも優秀だったリーシャさんに聞きたい事が」


「何でしょう?」


「アレクのチッポが、いつも私が見ているとオッキしてしまって、排尿がやり辛いようなんです。どうしたらいいのでしょう?」


「いつも……見ているので?」


「はい。健康管理には良いかと」


 天然?


「え、えーと、多分、射精……させれば、小さくなるんじゃないかと」


「アレクはよくチッポの先端からお汁を出していますけど、大きなままです」


「射精しても? 白いのピュってしても?」


「白? いえ、透明ですが……」


 まさか、お嬢様は先走りの我慢汁を精液だと思っている?


 おじさんはだいたいスケベな生き物だ。だから射精管理も必要になる。


「お、お嬢様、精液はですね……」


「ケンは違うのですか?」


 そう言われると、ケンがうちに来てから、エッチな事をさせていない。というか、ケンにエッチな事をさせるなら自分が相手をしてあげないといけない?


 真っ赤になった。


「い、一緒です」


 確かに自身の性欲を満たす為におじさんを飼う女性も多いと聞く。


 しかし、リーシャがおじさんを好きなのは、単純に可愛いと思うからだ。


 とはいえ、おじさんの性欲を処理してやる必要があるのは、トレーナーの勉強をして知っている。手コキの練習もした。


 だが、明らかに溜まっている様子を見せない限り、自分からしようとは思わない。


 それにうちは狭い。エッチな事をすれば、妹だっているのに、教育上良くないのだ。


 レリリイに本当の事を教えて、そういった行為になった場合、その情報がおじさん同士で伝わるかもしれない。


 ケンが知ったら、求めてくる?


 リーシャは処女だ。まだ、その心構えはとてもできない。


「なら、どうしてチッポは縮まないのかしら? もしかして、アレクの勢力とスケベの値が高いから?」


 高いんだ。


 それなのに、お嬢様は興奮させるだけで抜いてあげていない。


 人間の若い男なら我慢できずに襲ってくるかもしれないが、おじさん故に我慢できてしまっているのだろう。


 ごめんなさい、アレク。力になれそうにありません。


「きっと、そうですよ」


「なら、もうちょっとセクシーな姿で、いっぱい流してくれれば」


「あの……、アレク自信に処理してもらっては……」


「そんな。飼い主の義務として、自分で慰めるなんて、情けない事はさせません。おじさんなんだし」


「ですよね」


 これでは余計に勃起したまま。その事実にいつレリリイが気付くだろうか。


「あの、リーシャさん、また相談に乗ってくれます? ライバルになるのだから、教えたくない事もあるでしょうけど」


「そんな……。私で良ければ、いつでも」


 学校に通っていた時には、挨拶をした程度だった。


 話してみて、とても好意の持てる相手だと感じる。


 友達ができたようで、嬉しかった。


 ――――


 行きは不安ばかりだった。


「お嬢さん、ご機嫌ですね」


「そう?」


 帰りは安堵と嬉しさが重なっている。


 ケンの健康状態は良好で、無事に狂おじ病のワクチン接種もできた。


 それも安堵の一因ではあったが、やはり、侯爵令嬢と親交を持てた事が大きい。


 なにせ、領主の娘である。


 そういった打算がゼロとは言わないが、憧れた相手でもある。


 だから、彼女が自分を憧れだと言ってくれた事にとても驚いた。


 そして、夢を持った。


 前を向ける。


 両親はいなくなってから、ずっと下ばかりを見ていた気がする。自分よりも不幸な者がいないか、探していたように。


 大通りからスラムの裏路地へ。


 もうすぐ我が家といったところで、不穏な予感がする。


「ん……」


 角を曲がると、それは的中していた。


 ガラの悪そうな連中が、家の前に立っている。


 逃げだしたい気持ちもあったが、中には妹が待っているのだ。今、怯えているかもしれない。


「よう、帰ってきたか」


 定期的にやってきている借金取りだ。


「何の用ですか」


「決まってるじゃねえか、今月の利子、払ってもらいたくてね」


「少し、待ってもらえませんか」


 おじさん協会に支払った為、次の給金が支払われるまでギリギリしか残っていない。


 それは分かっていた事だが、正式におじさんを飼うには、必要な出費だった。でないとケンに働いてもらえない。


「そうかい。んじゃ――」


 男の手がリーシャの手首をきつく握ってくる。


「い、いた……」


 他の連中も下卑た笑いを浮かべていた。


「返せねえって言うんなら、体で返してもらおうか。なに、アンタだったら、一年も肉便器やってれば自由になれるさ。もっとも、体はともかく、心がもつかは知らねえけど」


「や、やだ……」


 せっかく夢を持ったのに。希望があると思えたのに。


 不意に男の手が弱まった。


「その手を離してはもらえませんかね」


 ケンが借金取りの腕を取っている。その腕力が、奴の手を開かせていた。


「て、てめえ、何して……。ぐ……」


 借金取りの連れの一人が気付いた。


「こいつ、おじさんだぞ! どうして、こんなスラムにおじさんが」


 最強種とも呼ばれるおじさんを見て、連中の顔色が変わる。


「くそ……。また、来るからな!」


 退散してくれた。


 泣きそうになった。


 けど、堪えて、ケンの方を向く。


「ありがとう、ケン」


「いえ……。もしかして、自分のせいで、金が……」


 グーでケンの胸を小突く。


「ケンは気にしないの。あいつら、最初から私の事を狙っていたから、どんな手を使ってでもこういう結果にしようとしてた。だから、関係ない」


「はあ。この世界、この国の法律はどうなって」


「あいつらは法律を犯して、法外な金利で金を貸してるの」


「どの世界にもいるんですね、取り締まりを逃れて、悪い事をする奴ってのは。自分は……」


「はいはい、もうこの話題はなし。ほら、ルウラを安心させなくちゃ」


「そうですね」


 今までは諦めていた。


 けど、頑張ろうと思う。ケンと一緒に。


 ――――


 とある貴族から借金のカタに頂いてきた椅子に座りながら、闇金業者ハポポンはギロッと睨む。でっぷりとした彼の眼光に、部下は怯えて身を震わせた。


「で、利子も取れず、娘を連れてくる事もできずに、戻ってきたってのか?」


 次の怒声が飛ぶ前に、部下は発した。


「待って下だせえ」


「ああん」


 言い訳が嫌いのは知っているが、今回ばかりは報告すべき事実だ。


「おじさんがいたんでさ」


「んあ? おじさんだと」


「へい。リーシャの傍に、おじさんがいて、人間がおじさんに敵うわけないでしょ」


「なんで、スラムにおじさんがいたんだ? おい、嘘だったら――」


「ホントでさ! ありゃ、おじさんの中でも、もう数人は殺してますぜ」


 部下の怯え方は自分に対してではないとハポポンにも分かった。


 思案する。


「偶然居合わせたんじゃなくて、リーシャと一緒にいたんだな。そういや、リーシャは確か、おじさんトレーナーの学校に通ってたな」


「たぶん、リーシャの飼いおじじゃねえかと。首輪、されてたんで」


「自分で召喚したか、あるいは……。まあ、そんな事はどうでもいい。そうか、おじさんか」


「社長?」


 リーシャに体を売らせても良かったが、おじさんの方が金になる。


「おじさんファイトって知ってるか?」


「えーと、何でしたっけ?」


「ちったあ勉強しろ。おじさん同士を戦わせ、勝敗を予想させるギャンブルだ。当然、非合法で、ギャングが取りしきっている」


「てーと、えっ、俺がおじさんを誘拐してくるんすか?」


「馬鹿を言え。返り討ちに遭うだけだろ。いいか、そのおじさんに持ちかけるんだ。リーシャの借金をチャラにしてやる代わりに、お前が来いってな」


「成程、流石は社長」


 馬鹿どもに褒められても嬉しくはない。


 だが、こいつらは何も考えずに動いてくれる。駒としては充分だ。


「働いて返す、なんて言ってきても無駄なように、借用書をまた改ざんしておくか」


「流石にばれるんじゃ。おじさんってのは異世界から来て、向こうは教育が進んでいるらしいですから」


「関係ない。おじさんだって、こっちの世界の事を知らねえんだからよ」


 元々、リーシャの家に借金なんてなかった。


 親が何かの理由で帰ってこなくなったのを知り、でっちあげたのだ。


「おじさんを奪った後、リーシャにも改めて追い込め。二人とも俺たちの物にするんだ」


「けけ、はやくリーシャの体を――」


「そうやって、人々を苦しめてきたのだな」


 突然、何処からか知らない声がした。


 ハポポンは立ちあがる。


「誰だ!」


 異様な圧力を感じた。嫌な汗が流れ、鼓動が高鳴る。


 ドガガッガ! 天井が崩れ、人影が落ちてきた。


 誇りに咽ながら、視線を送る。


 真っ青な全身タイツにブーメランパンツを穿いた男がいた。金髪の七三分けで、目元を仮面で隠している。真っ赤なマントが翻った。


「正義おじさん、キャプテンアンクル、見参!」


 ハポポンは腰を抜かし、尻餅をつく。


「キャプテンアンクルだと……。ぐ、何をしている。てめえら、そいつを――」


 手下の最後の一人が、顔を床に打ち付けられているところだった。


 部下は全員、瞬間に無力化されている。


「馬鹿な……」


 こういう仕事をしていると敵も多い。


 だから、ハポポンは鑑定のスキルを持っていた。


 キャプテンアンクルを見る。


「加齢臭、二十四万、だと」


 目の前に化物がいる。


 ゆっくりとキャプテンアンクルが近付いてきた。


「く、来るな」


「お前のような輩は、逃せば、また悪い事をする。失敗をより悪い事で取り返そうとな。食らえ、全開、アームピットプレス!」


 キャプテンアンクルの腋の下で鼻が押し潰され、鼻孔への強烈な刺激に泡を吹く。


 それはまさにトラウマを与える攻撃。


 この先、ハポポンが悪い事をしようとすれば、この臭いが思い出され、気絶する事になるのだ。


「成敗……」


 事務所にあった借用書の全てを処分し、キャプテンアンクルは去った。


 ――――


 満月が幻想的に町を照らす夜。


 ここで最も高い建物である教会の巨大な鐘にそっと手を置きながら、少女は待っている。


 ふわっと豊かなピンク色の髪をして、目元は仮面で隠していたが、瞳に憂いが見えた。


 革素材のミニ丈のワンピースで、膝上までのロングブーツを履いている。


「姫、いえ、レディプリンセス……」


 背後からの声にも振り返らなかった。


「ご苦労様です、スケブロウ。いえ、キャプテンアンクル。首尾は?」


「闇金業者は壊滅。ただ、おじさんファイトに関する情報に、新しい物はありませんでした」


「そう。苦しむ人々を少しでも助けられた事で、良しとしましょう」


 一見平和なバースカント王国。


 だが、こうして国内を漫遊していると、不幸の連鎖から逃れられない人々のなんと多い事か。


 今は地道に活動する事しかできない。でもいつかきっと。


 正義おじさん、キャプテンアンクルと姫の世直しの旅は続く。

早速読んでいただいた方々、ありがとうございます。

次回は少し間を置いて、更新します。

じっくりと進めていきますが、同時進行の作品も検討していますので、ツイッターなどで、そちらも報告されていただきます。

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[一言] 読むのが遅れました。 聞いていた通りかなりカオスで、途中、脳が理解するのを拒否しそうになりましたw かなり頭をやわらかくする必要がありそうです。 不遇な姉妹の登場に、先生の、エ○チを教える…
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