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全国へ②

 ゼアアダは言った。


「チン圧技の極意に至るには、神との交信が必要。そのアンテナになるのが、チッポ」


 くじ引きにより、アレクは最初にパフォーマンスを披露する事となった。


 圧倒的なパラメーターは既に全国クラス。


 だが、品評会の評価にそれは含まれない。


 そう。この場の演目の出来だけが、全てを決める。


 地区大会よりも観客は多く、注がれてくる視線の圧は比べ物にならなかった。


 しかし、その緊張を越えるのが、ここまでの努力により培われた自信である。


「では、アレク号、パフォーマンスを開始してください」


 正面の長テーブルに着いている審査員らに見詰められながらも、堂々たる立ち姿を見せ、アレクはパンツを脱いだ。


 いきなりの全裸に、女性らの顔は赤くなり、そしてどんどん膨らんでいくチッポの逞しさに、驚愕のまま瞳を逸らせなくなる。


 露出がパフォーマンスではない。


 穏やかな表情で瞳を閉じ、しかし下半身は正反対に滾っていた。そのチッポに魔王を見る。


 ざわつきだすスタジアム。


 彼は何をしようとしているのか。


 アレクが小さく呟く。


「通信レーザー照射」


 チッポの先端から一筋の閃光が天に伸びた。


 雲を割り、更に高く成層圏を越え、宙へ。


「こ、これは!?」


 今回の審査員の中で、ただ一人、以前にも同じ物を見た事があったのが、モールスナット伯爵夫人だ。


 ハッとした彼女が視線を向けたのは伝説のトレーナー。ゼアアダはほくそ笑んでいる。


 チッポから放たれたレーザーが、天を舞い続ける神に届き、やがて大いなる光の返信があった。


 それは舞台の主役を祝福し、照らすスポットライトのようで、輝きの中にアレクはあった。


 彼は両手をゆっくりと広げ、全てを受け入れる慈愛さえも醸し出し、神聖を纏って見える。


「あれ? どうして私、泣いているの?」


 客席にいた女性が言った。


 彼女だけでなく、多くの者がアレクの姿に神を見て、畏怖の先、隷属する悦びすら見出してしまうのだ。


「チン圧技、奥義の一つ……。無我無双……」


「そ、それはいったい……、モールスナット伯爵夫人、何なのです、あれは?」


「あの神々しい姿を前には、牝ガキ族すらひれ伏すと言われるチン圧技の究極奥義。スケベな女程、効果は抜群。大いなる愛を感じて、物理的な快感に変えられる。私もあと十年分若かったら、危なかったわ」


 嬌声が響き渡った。


「ああぁあん、アレクぅ! ハァ、ハァ、駄目ぇ、素敵過ぎてぇ、んん――」


 興奮を通り越して、やや引き気味に審査員の男性が言った。


「レリリイ嬢……、めっちゃよがってますね」


「あのおじさんにして、あのトレーナーあり」


 侯爵令嬢がどうやら一番ドスケベだったようだ。


 ――――


 戦慄くしかなかった。


「な、何なの、あの化物は……」


 下着をぐっしょりと濡らしながらも、苦々しくユリマナは呟いた。


 パフォーマンス競技が始まった一発目で、あんな強烈なものを見せられては、他のおじさんもトレーナーも意気消沈した。


 その為、ただ見劣りするだけでなく、実力の半分も出せないパフォーマンスが続いていく。


「マーズ、貴方は大丈夫よね。そう、品評会の為だけに特化した貴方なら」


 トレーナー令嬢らの中でも屈指の魔力量を持っているとユリマナは自信を持っていた。


 その膨大な魔力量で、何人ものおじさんを召喚し、競わせ、完璧に近い仕上がりにまで至ったのがマーズである。


 おじさんに対して、愛情など持つ必要はない。自分の名声を高める道具として割り切っていた。体も言う事を聞かせる為に使った。


 批判もあるだろう。


 ただ、感情を殺して、常に最高の演技を行えるようにしてきた方針は、今は正解だったと言える。


 マーズは決して動揺はしない。


「二位までに入れはいいのよ。さあ、自分のパフォーマンスを見せなさい」


 がっくりと肩を落として戻っていくおじさんと入れ違いに、マーズがグラウンドに現われる。


 その表情は相変わらずの無そのもの。


 正直、少しは心配があったが、杞憂の終わりそうだ。


 だが、審査員席の前に向かう途中で、マーズはこけた。


「え?」


 審査員らは首を傾げる。これもパフォーマンスかと判断がつかなかったのだ。


 実際に、ドジッ子おじさんもいて、恥ずかしがったり、あたふたする姿が可愛いと一定の評価を受ける場合がある。


 しかし、マーズは表情を変えずに――それが照れ隠しに見えれば良かったが、ただ不気味だった――立ちあがると、決めていた演技を行おうとする。


 マーズが行う予定であったのは、炭酸飲料をげっぷをしないで一気に飲むというものだ。


 持っていた瓶を口元に持っていくマーズ。


 だが、そこに炭酸飲料はなかった。


 先程転んだ時に、瓶が割れて、中身が全部零れていたのである。


 何がしたいの? と再び審査員が首を傾げた。


「な、何をやってるのよ、マーズ!」


 言われた事を器用に熟せ、最も従順だったおじさん。


 そんなマーズの本来の器用さが消えて、決められた事しかできないようになっていた。


 彼の心は動揺しなかったかもしれない。しかし体は動揺していた。


 そして今、無表情の瞳から涙が零れていく。


「もういい、もういいのよ、マーズ」


 叫んだのは、別のトレーナー令嬢だ。見ていられなくなったのだ。


 そう言ってやるべきであったユリマナは、顔を真っ赤にしているだけ。


「ぐぬぬ、よくも、よくも私に恥を掻かせて!」


 戻ってきたマーズに対しては、もう何も言わなかった。


 張り倒してやりたかったが、マーズにはマゾっ気があった。


 ――まだよ。まだデュエットが残っているわ。


 それに、アレクを除く他のおじさんの評価も高くはないはずだ。


 最後に、ケンが現われる。


「ふん。どうせ、大した事はできやしないわ」


 蔑んだ目を向ける事でしか、自分の精神状態を落ち着かせる事ができなかった。


 ――――


 新しい事を覚えようにも、上手くできなかったケン。それが前の主人であるユリマナを怒らせた原因だった。


 だけど、リーシャは言ってくれた。


「ケンはそれでいいの。ただ誠実に一つの事を黙々と行える。それは才能だと私は思うわ」


 確かにユリマナの顔を見て、心が凍り付いた。


 ルックスからパフォーマンスの間、リーシャがずっと抱き付いている。一言も発しなかったが、その温もりが、愛情が、以前とは違うのだと思い出させてくれた。


 そして「いってらっしゃい」の一言。


 どんな結果になるかは分からない。


 それでも悔いだけは残さない。


 ただ自分を信じてくれるだけでなく、家族のように扱ってくれた彼女と妹の為に、自分が愛するトレーナーが間違っていないのだと、証明したい。


「自分、不器用ですから」


 やれる事を懸命に。


 ツルハシを手に、地面に向かって振るう。


 労働者の筋肉が盛り上がり、汗ばんできても、それはむしろ美しい。


 やがて客席からもうっとりした溜息も漏れた。


 彼の逞しい腕に抱かれるトレーナーが羨ましい。そんな声も聞こえてくる。女だけでなく、男からも。


「美しい……。地区大会でも見ましたが、その時よりもっと……」


 モールスナット伯爵夫人も感嘆の息を吐く。


 無骨さが醸し出す、真面目さを極めたような姿に、飛び散る汗と清々しさ。


 決して派手さはないが、じわりと人の心に沁み込んでいった。


 そんな中で、呆然と見ている令嬢がいる。


「知らない。あれはケンなの?」


 何もできないおじさんだと思っていたユリマナだ。


 ケンの本質は変わってはいない。


 それを短所と見るか、長所として伸ばしたかの違いだ。


 ユリマナには、それが別人のように感じたのだ。


 ――――


 最終種目デュエットは、はからずもケンとリーシャのペアから始まった。


 パフォーマンスの順番を考慮されるのもあるが、それよりも棄権者が続出して、デュエットに出場するのは、他にマーズ、そしてアレクと三組だけとなったのだ。


 実質、ケンとマーズの二位争いかと思われたが、そうとも限らない。


 モースルスナット伯爵夫人は言う。


「チン圧技の奥義は、体の負担が尋常ではないわ。果たして、アレク号は無事に最終種目の舞台に立てるかしら?」


 だからこそ、ゼアアダトレーナーを引退し、誰の目にも触れられない場所に引き籠もったと聞いている。


 戦いを決する最終種目デュエットが始まる。


 先にケンが現れ、先程と同じようにツルハシを振るった。


 そこにリーシャがやってくる。


「ケン、お疲れ様。えっとね、お弁当を作ってきたの」


 はにかむリーシャに、照れくさそうなケン。背景に建設現場が見えた。


 座る二人。包が開けられ、弁当箱の蓋が開かれると、ぎこちなくケンが一言。


「お、美味しそうだ」


 モースルスナット伯爵夫人は唸った。


「これは、新婚夫婦!」


 からかう同僚の姿さえ見えるようだった。


 隣の審査員も頷く。


「私にも見える。実直な旦那と若くて明るい嫁。決して裕福ではないけど、二人から溢れ出る幸福感」


 また別の審査員。


「お金だけが幸せの全てではないと教えてくれる。愛する者との一時が、かけがえのない宝だと」


「くっ、早く二人の子供が見たい」


「いや、この後、恥ずかしそうに嫁から報告されるのだ。あのね、できたみたいなの」


「そして、旦那はその意味が直に分からず、周囲のおめでとうの声でやっと気付く!」


 審査員らの妄想が止まらない。


 貴族は変なところに庶民への憧れを持っていた。


 あんな新婚生活もいいな。


 確かな手応えを掴み、ケンとリーシャはグラウンドを後にした。


 擦れ違うレリリィ――マントで体を隠している――がリーシャに言った。


「まいりました。どうやら被ってしまったみたい」


 その台詞の意味は直に判明する。


 歩くアレク。


 そして急に笑みを見せながら足早になった。


 ドアを開ける手の動きに「ただいま」の声。


 アレクは帰宅する男性を演じていたのだ。


 するとレリリィがマントを脱ぐ。


 裸エプロン姿だった。


「おかえりなさい、アナタ」


 そして何故か、濡れたキュウリがレリリィの足元に落ちた。


 審査員の男性がブハっと吹き出す。


「これも新婚……。だが、幼妻は旦那のいない寂しさで、じ、自分で慰め!」


「見ろ、旦那の方を。向こうも我慢できなくて、もう股間を膨らませている」


 玄関先で出迎えた新妻は枕を持っている。


「あれは、イエスノー枕!」


「いや、両面イエスだ! あの夫婦、子作りしか頭にねえ!」


 同じ新婚設定なのに、違い過ぎる。


 小さな幸福感に溢れたケンとリーシャに対して、こちらは「不潔よ!」と叫ばれる方だ。


「お風呂でする? 食事しながらする? それともベッド?」


 審査員の興奮気味のツッコミは続く。


「お約束の台詞が間違っている!」


「食事しながらどうやるんだよ! 侯爵令嬢の女体盛りか!」


 しかしここでモールスナット伯爵夫人が気付く。


「これは、参加型!?」


「どういう事ですか、婦人?」


「我々のツッコミも含めてのデュエットなのです。知らずに、参加させられてしまっている」


「そんな、偶然では……、はっ!?」


 アレクとレリリィが、一瞬、ほくそ笑んだ。


 ケンとリーシャが妄想を掻き立てたのに対して、アレクとレリリィはツッコミをさせる事でこのスタジアムを支配したのだ。


 ――――


 二組の演技が終わり、ユリマナは強烈なプレッシャーを感じた。


 新婚テーマが続き、どちらも高評価であったのは間違いない。


 今からでも新婚テーマの寸劇に変えるべきか?


 審査員も客席も期待している。


 そして、自分たちに求められるのは、オチだ。


 ここで逃げては負けを認めたようなもの。しかし、前の組が強過ぎる。


 侯爵令嬢の全力の下ネタは、その清純そうな外見とのギャップもあり、破壊力があった。


 平民からおじさんトレーナーになったリーシャの噂は聞いていた。


 彼女は確かに天才なのだろう。ケンの不器用さを逆手に、むしろそれを際立たせる事で、人々から好感を得た。


 でもレリリィには大した才能はなかったはずだ。


 魔力も小さく、おじさん一人を召喚するのがやっと。侯爵家というだけ。


 運良く優れたおじさんを召喚できたから?


 伝説のトレーナーに教えを請う事ができたから?


「愛だよ、愛」


 いつの間にかゼアアダが近くにいた。


「ああ、ご、ご、ごめん。何だか、悩んでそうだったから」


 オドオドして、本当に彼女が伝説のトレーナーか怪しくも思った。


「ふん! 悩んでなど……。けど、レリリィ嬢がどうして、と疑問はあります」


「アレクの愛され値、あれがレリリィの才能を物語っている。えっ、えっと、好きで、好きだから諦められなくて、努力し、願い続けた結果、かけがえのないパートナーを見付けた、と思う。その愛に、おじさんは、アレクは愛で応え、ホント、羨ましいよ」


 羨ましい――その言葉に震えた。


 直に認められない。


 だが、自分の抱いた感情が、まさしく「羨ましい」であるとするなら納得できてしまう。


「ねえ、君は、おじさんトレーナーになったのに、どうしてマーズ号の愛され値は低いの? おじさんが好きだから、おじさんトレーナーになったんじゃないの?」


「それは……」


 名声を高めるだけなら他に方法もあった。


 出番がやってくる。


 この演技で、全国への切符が誰の手に渡るのか、決まるのだ。

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