湖畔の修行②
呆然とレリリイが股間を見詰めてくる。
「その白いの……」
驚いているのは精液のようだ。
確かにこちらの世界で射精したのは初めてだったし、当然、レリリイにザーメンを見せた事もない。
「えっと、お嬢様……」
「はう!」
レリリイが両手で股間を抑えだした。全身を震わせ、呼吸が乱れている。
病気――ではなさそうだ。
「ハァ、ハァ、やだ……、その白くてドロドロしたやつの臭いで……、淫紋、熱くなってぇ……」
これまでにない強い反応のように見える。
「お、お嬢様?!」
心配して近付こうとして、伸ばしかけた手を止めた。
――今、お嬢様に触れたら……。
涎を垂らし、潤ませた瞳に強烈な発情が込められている。
「アレク……、はぁ、あっ、チッポ……、ハァ、ハァ、チッポを……」
主人である令嬢とペットのおじさんで肉体関係のあるケースは多い。レリリイが自分をとても愛してくれているのは、愛され値から考えても明白だ。
セックスしても許される。
「ぐ……。すみません、お嬢様、外で体を洗ってきます!」
逃げた。
大切に想っている。それに、淫紋の影響につけ込んではレイプと変わらない。
「やぁん、アレクぅ!」
求めてくれているのは、レリリイの本心なのか。淫紋による一時の性欲だけなら汚してはいけない。
単に恐れているだけなのか。貴族の令嬢を相手に、後々の責任を取ることもできない立場。
下半身も剥き出しのまま、別荘から外に飛び出し、湖まで走った。
「うおおぉおお――」
上も脱いで、湖へと入り、冷水に頭まで浸かる。
こんな事で頭が冷えるのか謎だが、レリリイの発情が治まるまでは帰らない方がいいだろう。
バシャと水飛沫をあげて、湖の端で全裸を晒す。
「ふう……、他の別荘に来ているご令嬢とかに見られなきゃ、もう少しこのまま……」
背後から視線を感じた。
嫌な予感に気付かないふりをする選択もあったが、振り返ってしまった。
ギョっとする瞳がある。
膝裏まであるような長い黒髪――あまり手入れがされていないように見えた――のジャージ姿の少女がいた。
「…………あの、変質者じゃありませんよ」
元の世界なら通報されている。
「あっ、あっ、う、うん、おじさんだよね」
「そうです。直ぐそこの別荘に主人と一緒に……」
そっと股間を両手で覆う。
が、隠しきれなくて、亀頭がはみ出していた。勃起していたのだ。
「変な気は起こしていませんから!」
「わ、わ、分かってる。アタシが近くにいるから……」
「いえ、これは……」
発情したレリリイの姿が脳裏から離れない。
「ア、アタシみたいな、陰キャな野暮ったい女に、そ、そ、そんな訳ないと思った?」
少女の呼吸が荒い。
「いえ、そんな……」
「い、いいんた、そう思われる格好だし。けど、アタシのせいで勃起するのはホント……。えっと、臭い……」
「臭い?」
「アタシの臭い、男を興奮させる。特に今日は、一週間くらい風呂に入っていなかったし」
「え……」
確かに髪もボサボサだが。
「と、と、特異体質……。召喚したおじさんが暴走して、いきなり犯された事、あるし。あっ、お前なんかを、って顔してる」
「してませんし、思っていません」
「よ、よし、証明する。ちょっと近付いてきて」
膝上まで水に浸かっていたが、岸に向かって進みだす。
――あれ、確かに臭う。汗臭さ!
ただ、気持ち悪くはない。思い切り鼻で吸い込んでも平気だし、もっと嗅ぎたくなる中毒性があるように思えた。
「この体臭は……」
「ど、どう、ハァ、ハァ、アタシの事、犯したくなった?」
「あっ、いや、そこまでは……」
「えっ? じゃあ、これで……」
少女がジャージの上を脱ぎだした。
「えっ、ちょ、ちょっと――」
しかもジャージの下にはブラジャーは無くて、たぷんと大きな肉果実が揺れている。彼女の頭部より余裕で大きくて、量感の強い巨乳。黒くて大き目の乳輪にぷっくりとした乳首だ。
地味巨乳である。
素肌が晒され、体臭も多く流れてきた。
――うっ、確かに股間に響く。
けど我を忘れてレイプに走る程ではない。
「さあ、これで、ど、ど、どうだ!」
何処かやけになっているような少女が、両手を挙げて腋の下を全開に見せてきた。生えていた。何か汚らしく汗ばんで、生えているのが海苔のように肌にくっ付いている。
「これは……、強烈……」
「お、犯したくなった?」
「いえ……」
「そんな?!」
「あの……、犯されたいので?」
ハッとした顔が見えた。
「いや……、まあ、おじさんが相手ならいいかな、グヒヒ……」
不気味。
「しませんって」
「おかしい……、んん……」
じっと目を凝らして見詰められた。
「我慢おじさん?! それに、とんでもない愛され値。成程……」
何かを納得した様子だが、上半身裸だという事を忘れていそう。あと、何気に腹が出ている。
「アタシ、実家でも部屋に篭っていて、別荘に来たのにやっぱり部屋から出なくて、ああ、引き篭もり。誰かと話すのも久しぶり」
「そんな雰囲気ですよね」
「おじさんは平気。だから、最初はびっくりしたけど、ハァ、ハァ、少しは外に出てきて正解。お、おじさん、い、い、い、いいチッポしてるね」
「何か、怖い!」
「ご、ごめん」
「いえ、こちらこそ……」
妙な雰囲気だ。
互いに次の言葉もなく、暫く無言のまま対峙した状態。
「……」
少女が下も脱ぎだした。
「何で!?」
「いやぁ、何処までアタシの臭いに抵抗できるか、た、た、確かめたくて……。実験? 興味?」
黄色いショーツ一枚きりの姿になった少女。
――いや、股間が茶色い。こ、これは、まさか……。
上の方は白い。とんでもなく汚い下着だった。
で、彼女はそれも脱ぐ。
「そ、それまで脱ぎますか。お外ですよ。う……」
見事なブーメラン。
「パンツの臭い……、か、嗅いでみて」
「えー、いやぁ、それは、ちょっと……」
投げて寄越すので、反射的に受け取ってしまった。
――き、汚い。けど……。
興奮してしまっている自分がいる。
確かに全裸の女性が直ぐ目の前にいるのだが、この強い興奮の原因が別にあるように感じた。
尚、彼女の股間は恥毛も濃くて、黒ずんだラビアがやけに長く覗けて、全身がマニア向けである。
「さ、さあ、早く嗅いで!」
ぐいぐい来る。
「う……、じゃあ、ちょっとだけ……」
何だろう。このゲテモノ料理を食べる前のような気分は。
彼女の脱いだ下着の内側、クロッチ部分には、こびり付いた茶色い何かがあった。
「ぐふふ、過去には喜んで舐め回したおじさんもいたよ」
「キモさ百万くらいありそうですね」
躊躇しながらショーツを顔に近付ける。
――そこまで強烈じゃ……。ん? んん! くさっ! むふぅ! 堪らん!
あらゆる乳製品を混ぜて煮詰め、その後に腐らせ発酵させて、濃縮したような臭い。鼻孔には酸素が消えて、臭気だけが満杯になり、頭がクラクラしてきた。
全身が痺れ、震えを催す。だが、それでも嗅ぎ続けずにはいられない。
「むおおお、スー、んほおおおっ、おっ、おっ……」
瞳が血走り、上向く。涎が垂れて、幻覚も見えてきそう。
ガクガクと膝が震えた。失神しそう。
それでも勃起が限界値まで強まったまま、何度も脈動を繰り返した。
「ぐは……。ハァ、ハァ……。危うく昇天するところだった」
これは余りにも危険な使用済パンツ。
これ以上は手にしていてはいけない。返した。
「どうだった?」
「天に召されるかと……」
童貞なら致死量の臭さだった。
ジャブジャブと聞こえる。
少女が湖に下着を浸していた。
「えっ、何を?」
「ついでだから、パンツを洗おうかと。うわっ、水が濁る。流石、十日以上穿き続けたパンツ」
「環境汚染は止めろ!」
ハッと後ろを振り返ると、呼吸困難になったような魚が数匹浮かんでいた。
湖から上がる。
二人とも全裸のままであった。
「えーと、どこぞの貴族のご令嬢……なんですよね?」
「うん。公爵家。あー、名乗ってなかった。アタシ、ゼアアダ・ローパス。ローパス公爵家の三女なんだよ」
「公爵家!? あっ、失礼しました。私はアレク。ジュピタル侯爵家のレリリイお嬢様のペットです」
うちより爵位が上。全く令嬢っぽさのないゼアアダである。
「まっ、ローパス公爵家では存在が抹消されたようなもんだけど」
「はあ? その、先程――」
「立ち話も何だし、座らない?」
湖畔の芝生に並んで座った。
「先程、おじさんを召喚のような事も言ってましたが、ゼアアダ様もおじさんを飼って?」
「様とかいいよ。二人の仲だし」
「いや、そんな深い仲じゃありません、ゼアアダ様」
「……座って話すのも何だし、セックスしない?」
「しません」
「チ……」
舌打ちした後、ゼアアダが膝を抱える。
「臭いに耐えるのは凄いと思うけどさ、素っ裸で隣にいて、誘ってるのに何もしてこないとか、女として自信失くす」
自信あったの!?
「え、えーと、ほら、こんなに勃起してますし」
屋外の爽やかな湖畔に座って、令嬢に何を見せているのだろう。
ジーと見られた後、ぐふっ、と不気味に笑われる。
「昔はおじさんを飼っていたよ。品評会に出たりもした。けど、栄光は一瞬。アタシが訓練したおじさんは、皆、途中でおかしくなるんだ。おじ医に言わせると、中毒だって。ア、ア、アタシの臭いの」
「えっ、それを嗅がせようとしたんです?」
「ちょっとなら問題ないって。多分……」
少し、離れた。
「そ、それで、もうおじさんは……」
「犠牲者は少ない方がいいからね。ごめんね、久しぶりに高い才能のあるおじさんを見て、はしゃいじゃった」
はしゃいでいたんだ。
「アレクぅ!」
レリリイの呼ぶ声が聞こえた。
その声の印象では、もう淫紋の影響は消えているように思えた。
立ちあがって、こちらも大声で返事をする。
「お嬢様! こっち! こっちです!」
返事をしてから気付く。
――しまった! 今は全裸で、しかも隣に全裸の女性が!
どう考えても修羅場必至の状況であった。
レリリイの姿が見えてきて、笑顔で走ってくる。
やばい――と、隣に視線を送れば、そこにゼアアダの姿はなかった。
はあ、はあ、と息を切らして、レリリイが走り寄ってきた。
「えーと、ご、ごめんね。その、私、おかしくなって……」
「いえ、こちらこそ、逃げてしまって。その……、あのまま傍にいたら……」
お嬢様の頬がポッと赤くなる。
「うん。気を使わせたわ。あの後……、滅茶苦茶、オナ……。やん」
見たかった。
ガサッと音がする。
つい、そちらを見てしまえば、レリリイの視線も向けられた。
繁みからジャージを回収しようとしているゼアアダが半身を出している。
――見付かった。いや、誤魔化せるか?
全く知らない振りをすればいい。
「あれ? あの方は……」
予想外に、レリリイの方からゼアアダに近付いていった。
「ひい……」
悲鳴をあげるゼアアダは、逃げだそうとするが、繁みに足を絡められ、まだ全裸のまま、上半身を倒れさせる。
「た、助けて、ア、アレク……」
ゼアアダから救援要請されてしまった。
自分も近付き、助け起こす。すると何故かゼアアダはアレクの背中に隠れるのだ。
「えっ、何で?」
「ア、アタシ、知らない人と喋れない」
そう言えば、引き籠りだった。
ジーとレリリイの怪しむ瞳が突き刺さってくる。
こういう場合は先手を取る。
「お嬢様、この方をご存じで?」
「ん? ああ、もしや、ゼアアダ・ローパス様では?」
コミュ障のゼアアダに変わってアレクが答えた。
「この方は確かにゼアアダ様です」
「やっぱり! ああ、こんな所でお会いできるなんて! 昔、一度、サイン会に行かせて頂いた事があるんです」
「サイン会?」
「あら、アレクは知らない? ゼアアダ様こそ、四十八のチン圧技を自分のおじさんと共に編み出したお方。レジェンドなの」
「はあ!?」
どう見てもダメ人間の公爵令嬢がレジェンドおじさんトレーナー。
本人に聞いてみた。
「そうなんですか?」
「う、う、うん。アタシ、五回、全国制覇してる。五人のおじさんと、ハァ、ハァ、毎日、ズボズボってやりまくってた」
色んな意味で、人は見かけによらないのだ。
「ねえ、アレク?」
「何です、お嬢様?」
「やけに、ゼアアダ様と仲良くない? それに、どうして、二人は裸なのかな?」
レリリイの笑顔が怖い。
「え、えーとですね、ゼアアダ様が……、そう、ゼアアダ様が、私を一目見て――お前には才能がある。どうだい、アタシの指導を受けてみないか――と」
「そうなの!?」
「ええ、まあ。それで、少し、訓練をして、汗を掻いたので、湖で水浴びを……。ゼアアダ様は時間差で、これから入るところだったんですよね!」
誤魔化したい気持ちが伝わって、ゼアアダが二度頷いた。
「凄い。ああ、でも、アレクのトレーナーは私。ちょっと複雑」
「そ、そうですね、すみません」
「けど、ゼアアダ様から直接指導をして貰えるなら、これは凄い事だわ。あの、ゼアアダ様、私のアレクの訓練に、どうかご意見を下さいませんか?」
「え? ア、ア、アタシは……」
「宜しく、お願いします」
レリリイの向上心が、どうやら修羅場を回避させてくれそうだ。
ブツブツと聞こえてくる。
「いや、でも、アタシが教えると、皆、壊れて……、でもアレクなら、もしかしたら……」
頭を下げたままのレリリイを見ながら、ゼアアダが悩んでいるようだ。
何となく、ゼアアダが躊躇している理由が解かる。
犠牲は少ない方がいいと言った。だが、自分を見て、はしゃいだとも言った。おじさんが嫌いになった訳じゃない。そこに、未練も感じられる。
「ゼアアダ様、私の嘘がばれないように、ここは受けてもらえませんか?」
「あっ……、そうか」
ゼアアダがボソッとレリリイに向かって言ったが、聞こえなかったようだ。
「お嬢様、ゼアアダ様が、引き受けてくれるそうで」
「ホント!? ああ、これで……、よし! アレク、朝食を摂ったら、早速特訓よ」
「はい、お嬢様」
「ゼアアダ様もどうですか? 一緒にお食事でも」
困った顔を見せるゼアアダだったが、レリリイにも慣れてもらった方がいいだろう。
ちょっと強引だが、アレクはゼアアダの手を引っ張った。