7. 防腐処置
よろしくお願いします!
「そうした常識を、あなたが大暴れしたあの施設で教える手筈だったわけですが」
「ぐっ……それは知らなかったわ……」
「でしょうね」
気まずそうにそっぽを向く麗華に内心呆れつつも安堵する。
とりあえず、話を聞いてくれそうだ。
「で、どうします?防腐処置を受けますか?腐りたくないなら急いだほうがいいですよ」
通常、腐敗は死後4時間程度から始まる。
不思議なことに不死者になると、腐敗がゆっくり進むため、慌てずとも防腐処置は十分間に合う。とはいえ、早いに越したことはないのも確かだ。
「……一つ確認なんだけど。その、防腐処置を受けた後でも、死ぬことは可能なの?私……ゾンビに、なってるのよね?」
「死ぬこと自体は可能ですね。不死であっても、不滅ではないので。不死者であっても、脳が大破するようなことがあれば、普通に死にます」
先ほどの部屋でのことを思い出したのだろうか、麗華の顔がいやそうに顰められる。
「あの死に方は遠慮するけど……とりあえず、腐る前に処置してもらうことにするわ。その後のことは……それからゆっくり考える」
「はいはい、それでは先ほどの部屋へどうぞ」
「はぁっ!?なんでよ!?」
「ここで処置したら、後が大変なので」
また騒ぎ出した彼女を適当にいなしつつ、隣の処置室へと入る。
今度は、遺体安置用のようなスチール製ベッドへと案内した。
硬いだのなんだのぶつくさ言っているが、さらっと無視しておく。
「はい、じゃあ腕出してください。点滴するので」
「……なんだ、意外と普通じゃない。驚かさないでよ」
「じゃ、パンツ脱がしますね」
「普通じゃなかったわ!?いきなり、とんでもないこと言わないでくれる!?」
「え、脱がないと汚れますよ?それでもいいならいいですけど。……替えの下着、まだあったかなぁ」
「ちょっと、どういうことよ!?説明しなさいよ、説明!」
いちいちうるさいな。
このままパンツを脱がせたら大騒ぎしそうなので、とりあえず助手に点滴の準備を指示して、簡単に説明をすることにした。
「防腐処置するにあたって、血液を抜いて、点滴で防腐薬を全身にいきわたらせます。ここまではいいです?」
「……ええ」
「その際、身体の中の残留物……胃や腸の中の物を全部流すんです。ですので、汚れないよう下着を脱いでもらって、専用ショーツをつけてもらうんですよ」
「初めからそう言いなさいよ!どんな変態プレイをされるかと思ったわ!」
失礼な。あまりにうるさいので、説明を省いて手早く事を運ぼうとしただけなのに。
ぷりぷりと怒る麗華を適当になだめ、着替えさせると、寝台に横たわらせた。
注射針を刺すと、その様子をじっと見ていた麗華が、ぼそっと呟く。
「……痛み、感じないのね」
「不死者ですからね。痛みどころか感覚自体、あまりないですよ」
「そうなの?でも、さっきまで感じてたように思えたんだけど」
「幻肢痛みたいなものですね。死んでからしばらくは感覚があるように思えるんです。でも、痛みはもう感じない」
「……そうなの」
どことなく寂し気にも思える声。
不死者として蘇った後、生者との違いを真っ先に感じるのがおそらくそれだろう。
痛みを感じない。痛みだけではなく、触れてる感覚がそもそも薄い。
熱さや寒さにも鈍感になる。
生きていた時とは明らかに違う、自身の身体。
「不思議なことに、視覚と聴覚は生前よりも良くなるんですけどね。嗅覚、触覚、味覚は、かなり鈍くなります」
ただし、例外はあるが。今はまだ言う時ではないだろう。
「……そう。ところで私、なんで両手両足固定されているわけ?まさかまた変なことするつもりじゃ」
「違います。点滴は一ヶ所じゃないですからね。さらに、全身に注射もしていきますから、動かないようにするためですよ」
防腐処置の流れはこうだ。
死ねば血液自体も腐るため、まずは血液を抜く。
その後に防腐のための薬剤を投与していくのだが、血流がないので、そのままでは全身に薬剤がいきわたらない。
そのため、電流ポンプを用いて薬剤をいきわたらせるのだが、一ヶ所から全身へは難しいため、複数個所から流し込んでいくのだ。
似たようなものに、プラスティネーションという技術があるが、これは主として死者の肉体を標本にするために使われており、不死者用のそれとはだいぶ違っている。
初期の頃は同様の技術を用いられたこともあったが、そもそもとして不死者が動くことを前提に開発されていないため、かなり問題があった。
肉体が脆くなりすぎ、最終的には骨までボロボロになってしまうのだ。
現在では、不死者用の防腐処置の方法としては禁止されている。
顔や頭など、薬剤がいきわたりにくい場所には直接注射で薬剤を流し込み、その過程が終わり次第、今度は身体の表面に薬剤を塗り込んでいく。
この技術が確立されてから、それなりに時間が経過している。
専用器具の開発など、技術が開発された当初よりかなり治療師の負担は軽減されてはいるが、それでもかなり面倒な作業だ。
時間もそれなりにかかるため、彼女の点滴中に他の患者の診療をしつつ、作業を進めた。
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次回は明日の更新となります。
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