1. プロローグ
よろしくお願いします!
――私が生まれた時は、こんな時代になるなど思いもしなかった。
「先生っ!オレのピーが取れちゃった!」
「またかよ、これで何度目だよ」
今日も今日とて、カリノ診療所に悲痛な叫び声が響き渡る。
診察室に飛び込んできたのは、若い男。明るい茶髪に着崩した制服が今時の若者という感じの、いかにもなチャラ男だ。
だが、いつも軽薄なその顔は、悲しそうに歪んでいる。整った顔立ちなこともあり、事情を知らなければ同情してしまいそうだ。
事情を知っているこちらからすれば、冷ややかな視線を投げかけるだけだが。
「で、取れたブツはどこに?」
「ここっ!まさかこんなことになるなんて、思いもしなくてさ~」
「食べ物じゃないんだから、タッパーに入れてくるなよ……」
大事そうに抱えられたソレに、思わず顔をしかめてしまう。
大雑把でも料理をする方にしてみたら、毎日のように使用しているタッパーに、そんなモノを入れるだなんて信じられないことだ。
思わずチョップをすると、タッパーは派手な音をたててリノリウムの床に落ちた。
慌てて床を見るが、幸いなことに中身はこぼれていない。心の底からホッとした。
あんなもんの片付けなど、いくら医師を気取っている私とてごめんこうむる。
「あーっ、何するんだよ!?オレの命より大事なモノだよ、それ!」
「うるさい。次同じことしてみろ、消し飛ばすよ?」
「うう、なんてひどい……っ!」
よよよ、と泣く真似をする馬鹿男に、ため息をついて肩をすくめる。
隣についたベテランの助手が、苦笑しながらソレを拾った。
「……で、今度はなにした?」
「前回、綺麗に修復してもらったっしょ?見た目はもちろん、大きさも形も色艶も最高でさ、あまりにも前と同じだったから、感動しちゃって、つい」
「……あまり聞きたくはないけど、それで?」
「ひょっとして久々に男に戻れるのでは!?と思ってさ、こう、ちょっと強く握ったら」
「あ、もういい。……相変わらず馬鹿が馬鹿なことをした、そういうことだな」
「馬鹿じゃないよ!?男ならこう、当たり前というか、ほら、わかるでしょ!?」
「あいにくだがさっぱりわからん。そもそも私は男じゃないし」
「うう、男の本能なのに……!」
「死人にそれが当てはまるかは懐疑的だな」
嘆く男にフン、と鼻を鳴らして、私は男の治療を開始した。
今日、この後も投稿予定です!