女王戴冠
「〈精霊姫〉、あれは何かなー?」
〈教皇〉フランシスコ・チャイルドプレイは銀炎で覆われた巨像を見て、ぼやく。
〈精霊姫〉もまた、ちらりと視界の端に彼を捕らえてぼやく。
「見てわからないの?アンタとシュエマイの合作でしょ?」
「いや知らないよ……こんなの予想できないでしょ」
ネームドモンスターは、超級職のモンスター版、とアランは以前ピーターに説明していた。
それは、単にレベル上限が解放されただけではない。
職業と、その在り方が似ているのだ。
職業は、その名を与えられたときに、定義される。
〈聖騎士〉であれば、聖なる力を操る騎士であり、
ネームドモンスターは、世界によって与えられた名前によって、その存在が定義される。
〈継炎肉像〉と名付けられた存在は聖なる炎とアンデッドを含めて一体のモンスター。
銀色の炎もまた〈継炎肉像〉の一部ゆえに、纏った炎をある程度制御できる。
そういう意味で、ある意味このモンスターはフランシスコとシュエマイの合作と言えるかもしれない。
とはいえ、完全に想定外ではあるのだが。
「アンタも責任ある立場なら、泣き言言ってないで手を貸しなさい」
「そうはいってもねえ、僕の攻撃全然通らないんだよね」
〈教皇〉とて、ただ泣き言を言っているだけではない。
愚痴を言いながらも、並列して無数の聖属性攻撃魔法を射出し続けている。
だが、それを全ては銀炎によってあっさりと防がれる。
もとより、〈教皇〉が長い時間をかけてチャージして、なおかつ一点もののマジックアイテムを捧げて作った術式。
彼の攻撃がすべて徹らないのは無理もない。
純粋な力比べで負けているのだ。
(聖属性魔法を邪属性などの別の属性で無理やり制御して操作する術式……ハイエストでそういう研究が進められているとは聞いているけど、それに近い物かしら)
膨大な魔力とHPを用いて、自分を燃やす炎の制御を奪った。
「どうするー?火力馬鹿の〈炎姫〉とかナタリアに任せる?」
「あいつらに任せたら余波だけで何人死ぬかわからないでしょ……そもそも」
彼女は、フランシスコを睨みつけた。
「あれは、私の獲物よ」
「おお怖い怖い」
フランシスコは、その小さな体をすくめてとぼける。
「アンバー」
「承知しました」
シルキーは、眼前の化け物を見据えていた。
見ていて思うことがあった。
あれは、自分の同類だ。
いや、彼女だけではなく、全ての魔術師にとって同類であると考える。
魔術師にとって、専門分野の研究はあらゆることに優先される。
例えば、シルキーもまた生まれてばかりのころから魔術の行使を最適化するために、肉体を改造されておいた。
結果として、肉体の成長は十歳程度で止まり、生殖能力もなくなっている。
そしてその程度、彼女は何とも思わない。
〈精霊術師〉の頂点として、精霊研究の第一人者として、あらゆる犠牲があってしかるべきだと彼女は考えている。
おそらく、シュエマイの自我は残っていない。
ネームドモンスターに認定されたこと自体が、怨念に飲まれて暴走したことを物語っている。
だからこそ、その屍を踏み抜くことこそが、礼儀なのではないかと彼女は思うから。
魔術師として、何より誰よりも強い”女王”として。
切り札となりえる、スキルを発動する。
「ーー【戴冠式】」
彼女の宣言と同時に、まばゆい程の極光が彼女とアンバーを包む。
「シュオ?」
それが収まったとき、そこには一つの影があった。
そこにいたのは、間違いなくシルキーだった。
水色の瞳、銀色の髪、そしてエルフであることを示す尖った耳。
だが、その恰好は先程までとは異なる。
虎の頭部の装飾のついた、杖を持っている。
そして、紫と白の縞模様の毛皮でできていた、ドレスを身にまとっている。
さらに、同じく紫電と白雷でできた半透明の王冠を頭にかぶせている。
人が、精霊そのものを纏ったような見た目。
正に、戴冠式という言葉がふさわしいありさまだった。
近くで見ていたフランシスコも、遠くから見ていたピーター達も、彼女の”妖精女王”という二つ名を思い返していた。
〈精霊術師〉系統上級職、〈高位精霊術師〉の奥義に、【精霊融合】というスキルがある。
文字通り、配下の精霊の内の一体と融合するスキル。
【降霊憑依】に近いが、対象が穢れたアンデッドではないため、反動でダメージを負うリスクはない。
おそらく、その【精霊融合】をさらにアレンジして作ったスキルであろう、ということは想像ができた。
(とはいえ、対してステータスも変わらないだろうし、意味が薄い気がするけど……)
こういった融合合体スキルは、基本的に互いのステータスを合算する。
普通なら、ステータスの高いモンスターと融合することで、自身単体の力は大幅に底上げされるうえに、本体という弱点も潰せる。
だが、こと今回は、シルキーのステータスが高すぎる。
シルキーは超級職。
レベルに上限はなく、MPはもちろん、他のステータスもそれなりに高い。
無論、アンバーたち配下の精霊も高レベルの精霊だが、百の壁を越えているわけではなく、ステータスには差がある。(余談だが、人の支配下にあるモンスターはネームドモンスターにはなれない。人の制御を外れて、暴走したモンスターが認定されることはある)
なので、融合してもシルキーの戦闘能力はさほど上昇しないはずだ。
「【ライトニング・ジャベリン】」
杖の先端を、〈継炎肉像〉に突き付ける。
宣言と同時、杖の虎口の口腔が開き、輝く紫色の宝石が姿を現す。
宝石は、魔力をそのまま魔術に変換する。
シルキーの宣言と同時に、雷槍が三十本出現した。
それらが、すべて、〈継炎肉像〉の心臓部へ殺到し胸部を穿つ。
炎を貫き、肉をえぐり飛ばし、なおかつ背部まで大穴をあける。
「これは……出力も上げてるのか」
〈教皇〉は驚く。
数だけでも、先ほどの数倍。
威力も、先ほどに違わないか、あるいはそれを上回るほどの威力。
彼女もまた超級職。
ゆえに、単なる上級職のスキルの使いまわしではなく、この程度のアレンジはやってのけるということだ。
「なるほど……案の定ね」
ミク・チャンシーから、ペリドットの念話を通じて得た情報。
そして、彼女が知っているキョンシーに関する情報がある。
彼女の視線の先は〈継炎肉像〉の貫通した胸部。
炎はゆらゆらと揺れ、肉はなくなって穴が開き、骨が見えていた。
その骨には、無数の文字がびっしりと書かれていた。
キョンシーというのは、符を使ってコントロールされている。
そして、符が破壊されれば機能を停止する。
しかし、体表は炎で燃えており、符があるようには見えない。
であれば、どこに符があるのか。
内部に、符があると考えるのが自然である。
「あの骨が、符で構成されているのね」
それこそが、〈継炎肉像〉のもととなった「無限尸巨」の根本的な構想。
骨組みを全て大量の符を使って構築する。
骨組みさえ無事であれば、肉がすぐに盛り上がり修復される。
そういうコンセプトであった。
だが、逆に言えばそれは……。
「あの骨組み、全部焼き尽くせば止められそうね」
視線の先にある骨は、部分的に焦げ付いており――それらは再生していなかった。
骨の部分、すなわち符は再生しない。
肉体ではないので、当然と言えば当然である。
「それに、再生力も落ちてるねー。僕の魔術を無理やり制御しているんだから無理もないけどさ」
炎の鎧を制御するのは、膨大な体力と魔力を消費する。
ゆえに、当然再生速度も低下する。
その再生速度が追いつかない速度で、滅ぼし尽くせば倒せるはずだ。
「じゃあ、滅ぼしましょうか。アンタは、さっきの指示通り準備してなさい」
「了解了解」
そういって、シルキーは、攻撃を再開した。
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