血肉の巨人
聖なる炎が降り注いだ直後、ピーター達は、空中にいた。
ミクは、固有スキル【尸廻旋】で浮遊しており、ゴーストであるリタも【物理無効】ゆえに、重力を完全に無視して浮かぶことができる。
精霊二体も同じ。
雷で作られたアンバーと、冷気その者で構成されているペリドットも、飛ぶことが可能。
人にすぎないピーターにそんなことは出来ない。
が、ミクが抱えることでピーターも落ちずに済んでいる。
お姫様抱っこ、ピーターとしては最初に抱きかかえられたことを思い出す。
彼女と関わるたびに、お姫様抱っこをされてばかりだな、とピーターは改めて思った。
彼らは、既に研究所を離脱し、少し離れた上空で待機している。
なぜそんなことをしているのかと言えば、研究所がすでに焼け落ちているからだ。
〈教皇〉によって放たれた、聖属性と炎属性の複合魔法。
炎熱と爆炎により建物と結界は崩壊し、聖なる光によってアンデッドは文字通り骨も残らず消滅する。
【邪神の衣】で聖属性は無効化できても、建物の崩落に巻き込まれてしまえば元も子もないので、こうして撤退することになったのだ。
因みに、アンバーとペリドットはそもそも熱量に耐えられない。
超級職に限りなく近い存在ではあるものの、全力の攻撃を受け続ければただでは済まない。
ましてや、彼等はラピスラズリとは違い、耐久に特化した精霊ではないから。
「あの、師匠は大丈夫なんですか?」
「完全勝利。問題皆無」
「すでに、シルキー様は勝利しております。〈教皇〉様も、撤退の用意を進めております」
「そうなんですか……」
ここで引くのなら、狙いはシュエマイの方だったということになる。
まあ、たかだか一人のアンデッド使いに過ぎないピーターをわざわざ〈教皇〉が直々に処分しようとすること自体あり得ないだろう。
というか、そうであってほしかった。
「壮観ですね……」
「きれー!」
「あれ一応聖属性なんだけどねー」
アンデッドでありながら、聖なる白銀色の炎を美しいと称賛する彼女たちに、ピーターはため息を吐いた。
最も、彼女たちがそんな感想を抱けるのも【邪神の衣】の影響下にあればこそ。
本来であれば、アンデッドにとっての二重弱点――炎熱と聖なる輝きによって燃え散っていたはず。
しかし実際は、焼けも消えもせず、ただ目を輝かせているだけ。
今、そのせいでピーターは傷を治せなくなっているが、そういう声が聞こえるならば悪くないと思える。
そもそも、【邪神の衣】の効果がなければ、今ピーターを覆う氷の膜も聖なる炎で融けてしまうだろう。
「「…………」」
「どうかしたのですか?」
「ピーター様、あそこにいた人間は、シュエマイだけですか?」
「そうですけど。まあ死んでるとは思いますが」
ピーターは、アンバーの質問に答えつつも、「どうしてそんなことを訊くのだろうか」と思った。
建物も結界もなく、ましてやキョンシーもない。
あるのは、岩の塊と、その表面を舐めるように存在する銀世界のみ。
炎が降り注ぐ前の時点では、間違いなくシュエマイ・チャンシーは生きていた。
そしてこの炎で死んだのであれば、間違いなく殺したのは〈教皇〉ということになる。
シルキーも、殺さなければよしといっていた。
ここまで彼女が想定していたとは思えないが、法的な問題は彼女に任せれば恐らくどうにかなるだろう。
そもそも、ピーターは殺されかけたので、まず間違いなく正当防衛が成立する。
相手が、権力者などでなければ、それこそ殺しても罪に問われることはないはずだから。
ミクの件についても問題ない。
スキルを通じて正式な契約を結んでいる。
シュエマイはミクと契約していなかったらしい。
パーティなどの枠を割くのを嫌ったのかもしれない。
だとすれば、最期まで非道だった。
「中に、何かの気配がございます」
「「「……え?」」」
ピーターは、固まった。
ミクとリタも同じ。
ミクに至っては、顔が真っ青になっている。
「いや、でも、あの炎ですよ?シュエマイが生きているとは思えませんし、アンデッドだってこの炎に耐えうるはずがない」
「気配一体。強敵判定」
いや。
いま、何を考えていたのか。
そう、超級職だ。
この炎を使ったのも超級職なら。
それを受けたのも、また超級職のはずだ。
つまり……耐えられる可能性があるということだ。
(そうだ、そもそも聖属性の対策が僕以外にないなんてことがあるのか?)
もとよりアンデッドの専門家で、この世で追随を許さないほどのもの。
まして、聖属性への耐性を符で獲得できることは知っている。
であれば、そこから推定できる結論は。
(まだ、生きて――)
その時、何かが、起き上がった。
だが、それは、シュエマイではなかった。
シュエマイは、あそこまで大きくなかったから。
「なにあれー?」
「何だろうね……」
ピーターは、ソレを見た。
ソレは、百メートルを超える体高の巨人だった。
ソレの肉体には、聖なる炎が引火して燃えていた。
にもかかわらず、ソレは健在だった。
燃えるよりも速く、浄化されて消えるよりも速く、ソレの肉が盛り上がり、再生していたからだ。
ソレは……巨大なアンデッドだった。
「シュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
ソレは、叫んだ。
「あれは、無限尸巨!どうして動いているの?」
「あれって、さっき言ってた僕とミクを核にして動かす予定だったアンデッドってこと?」
「そうです。でも、あれは人が核にならないと起動もでき、な、い」
「…………」
ミクが、発言の途中で気づいて押し黙った。
ピーターも同じ結論に達した。
それは、あまりに馬鹿馬鹿しく、あまりにも救いようがない。
「自分をコアにした、ということですか」
「そうなりますね。とはいえ、それで正常に作動するのかどうかですが……」
元々、理屈の上ではミク以外をコアにすると、怨念に汚染されて暴走されてしまうというのがあのキョンシーの欠点だったはずだ。
それはシュエマイも例外ではないはず。
そうでなければ、彼はさっさと自分が乗り込んでいただろう。
研究を、一族の悲願を第一義とする彼なら、絶対にそうするはずだ。
もうよほど切羽詰まっていたのか、あるいは出血でもうろうとしていたのか。
いずれにしても、もう制御されていないモンスターだと思って差し支えないだろう。
「シュオオオオオオオオオオオオオ!」
アンデッドは、足を挙げて、踏み抜いた。
その衝撃で、島が砕けた。
踏みつけ一つで、直径数百メートルはあるであろう小島が、砕けて崩れて塵になってしまった。
しかも、それはスキルによるものではない。
おそらくは、ただ「アンデッドの力が強い」から起きる現象なのだ。
「ふざけてる……」
加えて、足場がなくなったことで落ちていくのかと思ったが、スキルによるものか、普通に浮いていた。
「シュオオオオオオオオオオオオ!」
「撤退!」
その目が――炎でよく見えないが、目はあるーーピーター達を向いていた。
『一定以上の戦闘能力を確認』
『人間との、一定以上のかかわり及び脅威を確認』
『対象個体をネームドモンスター、〈継炎肉象〉と命名します』
「今のって……」
「ねーむどもんすたー?」
「これは……」
スキルを獲得した時と同様の、無感情で無感動なアナウンスが、響いた。
ピーターには、それが死刑宣告のように思えた。
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ネームドモンスターについては次回。




