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シルキーの願い


 ピーター達がアンバーと合流した直後、聖なる炎が降り注いだ。

 その轟音で、ピーターは目を覚ました。

 体はまだ凍結していたが。



「無事……だね」

「これは、一体?」

「さっきの炎は、聖属性の攻撃魔法だよ。それを僕のギフトで防いだんだ」



 聖属性と炎魔法の融合魔術。

 人も、アンデッドも全てを焼き払う聖なる浄火

 アンデッドはその炎を防げない。

 確実に焼けて死ぬだろうが、ピーター達は例外だ。

 彼は、どちらを狙って攻撃したのかな、とピーターはぼんやり考えた。



 ◇



「まずいね、最悪だ」



 〈教皇〉フランシスコ・チャイルドプレイは焼け跡を……ピーターを見ながらつぶやく。

 それは、今までのような叩き潰したい羽虫を見る目ではない。

 根本的に、彼を恐れる目だった。

 ただ単に、彼の攻撃を無傷で耐えられたから、というだけでもない。



(【邪神の衣】か……。なんてことだ、最悪のギフトがよりにもよって最悪のやつにわたってしまっている)



 彼が見ているのは、防がれたその原因。

 まるで、ピーターではない、もっと強大なものを見るかのような。



(彼女の予言と組み合わせて考えると、間違いない。彼が災厄(・・)だ)



 彼は、〈女教皇〉による予言を思い返して、戦慄していた。

 あれは、国への脅威どころではない。

 あれは、世界を滅ぼしかねない脅威だ。



(賭けてもいい。()に誓ってもいい。今この世にいる生物の中で、最も存在してはいけない生き物は、君だよ、ピーター・ハンバート)



 杖を――魔力を火属性魔法に変換するマジックアイテムを取り出して、向ける。

 聖属性ならばともかく、純粋な炎熱魔法の攻撃ならば殺せるはずだ。

 精霊が二体ほど周囲にいるが、問題ない。

 弾幕を全て防ぐことは出来ないはずで……。




「――よそ見してんじゃないわよ【エレキ・ネット】」

「っ!」



 パンを紫色の雷光で造られた網が包み、拘束する。

 それは、文字通りの雷の結界。

 彼を焼き焦がしながら、それでいて決して逃がさない。

 本来は外部からの攻撃を焼き尽くす防御用のスキルだが、シルキーがアレンジを加えることによって、このように内部の敵を拘束しながら焼く檻として使うこともできる。

 相手が〈教皇〉パンでなければ、墨屑になり果てているだろうが、彼の回復魔法と相殺して拘束するにとどまっている。



「君は、知っているのか?あれ(・・)のギフトを」

「【邪神の衣】のこと?」



 シルキーは知っていた。

 当然だ。

 元々アランから手紙で聞いていたし、ピーターからも聞いていた。

 ピーター自身はむしろあのスキルを危険なものというより回復魔法の効かないある種のハンデだと思っていたようだった。

 回復魔法の恩恵を受けやすい国で生まれ育ったので、無理もないとは思うが。

だが、その実態を知っているシルキーや、目の前のフランシスコは違う。



「そうだ、わかるだろう!あれをここで殺さないと、また悲劇が繰り返されるかもしれない!いや、されるんだよ!予言があったんだから!」

「一つだけ言っとく」



 雷に打たれながら、それでもなお喋ることを止めない彼に、シルキーはただ一言で応じる。



「私の弟子を、侮辱するな」

「世界を滅ぼすかもしれないんだよ?」

「それは……あの子が、”邪神”〈不死王〉と同じギフトを持っているから?」

「そうだよ!また”邪神”がーー世界最悪のコンボが誕生してしまう!」



 かつて、”邪神”と呼ばれたものがいた。

 昼も夜も動き続ける不滅の軍団を操り、数多の魔法を行使し、多くの配下を従えていた男がいた。

 村を潰し、街を焼き、国を滅ぼし、世界を滅ぼさんとした悪逆の怪物。

 その正体は、一つのコンボ。

 弱点を多数持つ代わりに、それを無視できれば最強の超級職である〈不死王〉と、その弱点をすべて無効にできる【邪神の衣】。

 その組み合わせによって、手のつけようのない化け物が完成してしまった。

 国と国が手を取り合った結果として、”邪神”は討伐されたが、また現れた時、討伐できる確証はない。

 本当に世界が滅びかねない。

 それが彼の危惧だったが。

 



「アンタは、あの子の目の色を知ってる?」

「はあ?」



 初めてフランシスコは戸惑った。

 返答があまりにも意味不明なものだったから無理もない。



「そうね、知らないでしょうね。アンタは、あの子のことを何も知らない」



 シルキーは思い返す。彼の緑の目を。

 最初に、彼女は圧倒的な実力差、というのを見せつけた。

 それ自体はいつものことだ。

 超級職でもなく、ネームドモンスターでもない存在が自分に届くはずがない。

 シルキー・ロードウェルは最強である。

 少なくとも正面切っての戦闘で彼女に勝てる人間はこの国にはいない。精霊の援護がなくても十賢で上位3位には入るだろう。

 フランシスコは【教皇権限】を温存しているが、していなくても回復魔法を失っては彼女に削り切られて負けるだけだ。

 他も似たり寄ったりであり、彼女に勝てるものはいない。



 だから、彼女の振る舞いは常に尊大だ。

 慢心ではなく実力相応の言動をとった結果として。

 誰もが、自分に傅き、屈服すること。

 それが当たり前になっていた彼女にとって。

 心を折れなかったのは、未知の経験だった。

 あえて精霊に頼らず、力の差を見せつけて心をへし折る。弟子入りの志願者に対する選別であり餞別でもある。

 突破不可能な試練だが、それでいい。もとより弟子を取るつもりなどなく、適当なほかの教授に押し付ければいい。

 例外は既に超級職についていた不死王くらいだが、あれは共同研究者というのが一番近い。

 


 そしてもう一つの例外は、ある日あっさりと現れた。

 最初に見たときの印象は、凡庸、だった。

 動きを見ればある程度わかる。

 戦闘におけるセンスというもの。

 それが微塵も感じられない。

 天職が支援系のものにはまま見るタイプだ。

 実践経験はかなり豊富に見えるが、逆を言えば豊富でなおその程度。

 さっさと試練を終わらせて追い出す。

 どうやら命が危ないらしいが、まあ最悪〈禁呪王〉ナタリア・カースドプリズンに預ければいいだろうとも思っていた。

 けれど、折れなかった。

 【エレキ・ネット】は二種類の用途がある。

 一つは言うまでもなく拘束用。

 ダメージはほぼなく、雷の網で覆いつつ、筋肉に電流を流して相手の行動を阻害する。



 そしてもう一つは尋問用、

 激痛で相手の心を挫くための魔法。

 激痛と、拘束される屈辱で、心を砕いてきた。

 しかし、彼は違った。

 激痛の中もがき、シルキーが試験終了を宣言するまでありもしない勝ち筋を必死で探っていた。

 彼の緑眼に宿る闘志が、まるで尽きていなかった。



 後に、理由はわかった。

 ダンスパーティーに行く前に、彼に服を着替えさせた。

 そして見た。

 全身を覆い尽くすほどの傷を。

 そんなものはあり得ない。

 回復魔法が効かないとはアランから聞いて知っていた。

 しかし後衛ならそもそもそこまで傷を負わないはずだ。

 大半は、おそらく人間によるものだ。

 〈降霊術師〉ゆえに白眼視される彼にとって、世界そのものが敵である。

 それでも、彼は折れなかった。

 彼の目が、その証明だった。


 

 別にそれで心が動いたわけではない。

 気持ちだけの弱者や愚者には何も為せないし、最強たる”妖精女王”も動かせない。

 ただ、見込みがあると、見てみたくなったのだ。

 自分と真逆で、それでいて折れない心を持った青年がこれからどうなるのか。

 その道の果てに、何を見るのか。

 未知の光景を、見てみたくなったのだ。

 だから彼女は、彼を選んだ。

 最初で、きっと最後の弟子として。



「あの子は世界を滅ぼさない。少なくとも、あの子の世界が滅びないうちはね」



 シルキーは、〈不死王〉に会ったことがある。

 といっても、彼が邪神認定され、世界のすべてを敵に回すよりさらに十年以上前の話だ。

 その時点で彼は超級職……世界でほんの一握りの実力者であったがすでに危険思想を抱いていた節があった。

 お互いに共同研究者として得られるものこそあったから協力したものの、そうでなければかかわりたいとも思わなかっただろう。

 彼は、〈不死王〉のように危険な思想を抱いているわけではない。

 無論、これから歪む可能性もあるだろう。

 大切なものを失い、暴走する可能性もある。

 それでも、その可能性を彼女は信じない。

 それは、彼女の役割ではない。

 彼女が信じるべき可能性は、一つだけ。



「私は、その可能性を信じてる。私の弟子が幸せに生きられる可能性に賭ける」

「理想論だ……」

「そうね。でも、それが私だもの。私の意思と信条は歪まない」



 シルキーは、毅然とした表情で言い放った。

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