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流した血、流れる血

 殴り飛ばした直後、ふらふらとピーターは倒れこんだ。

 あちこちから噴き出した血で、顔を赤く染め上げつつ、ミクを見た。



「ミクさん、時間がありません、単刀直入に言います」

「は、はいなんでしょう」

「僕たちの家族になっていただけませんか?」

「……は?」

『主様、言葉が足りておりません。ミク殿、契約してほしいという意味でございます』



 ピーターが、言葉足らずの理由。

 そして、ハルが契約を促す理由は、同じ。

 単純にもう、時間が残されていないからだ。

 もうすぐ、この研究所には、〈教皇〉の使う大魔術が降り注ぐ。

 おそらく、聖属性魔法攻撃。

 喰らえば、ピーター達はともかく、耐性のないミクたちは跡形も残らないだろう。

 それを観測してからすでに一分。

 せいぜいで、あとは二分程度だろうか。

 正直、もう時間がない。

 契約する、或いはパーティに入れることで【邪神の衣】の影響下におくことができるようになり、ミクを攻撃から守ることができる。



「いいんでしょうか?」

「はい?」

「私は、自分の親を裏切りました。そんなものを、信用できますか?それでも人だと思ってますか?」



 ミクは、どこか不安そうだった。



「僕は、正直あの男は死んでも仕方がない程の、外道だと思っています」

「…………」

「でも、貴方は違う。貴方が、自分の意思で選んで、行動して、僕を助けてくれたから。見ず知らずの人を助ける優しさを、持っているから」



 ピーターは、彼女の行動が間違いとは思わない。

 そも、人を殺すことが絶対悪だと思っていない。

 彼がよしとしないのは、弱者に与えられる一方的な理不尽のみであり、戦いの果ての傷や死はどちらが悪などと言えるものではないと思う。

 ピーターは、右手を差し出した。



「僕は、君を信じられる。貴方のような人に、怪物や人形という言葉は似合わない」

「…………」

「だから、僕を選んでほしい。僕の家族になってください!絶対幸せにしますから」

「あ……」



 ああ、この人で良かったと、ミクは思った。

 彼女も、右手を差し出して。



「はい、喜んで!」



 少女は、震える手と声で青年の、手を掴んだ。



『個体名:ミクと契約しました』

『ミクが、【霊安室】に登録されました』

『ミクが、パーティメンバーに加わりました』


 

 そうして、ふたりが契約を結び。

 その直後。



「ごふっ」



 ピーターが、血を吐き出した。

 それは、当然のこと。

 【降霊憑依】の副作用であり、もう一つのとあるもの(・・・・・)の反動。

 


「ごほ、ごほごほごぼおっ」

「ぴーたー!」

「主様!」

「お兄さん!」



 リタとハル、そしてミクが叫び、ミクがとっさに駆け寄って支える。



「出血量が多すぎます。いったいどうして?」



 口から出た血に、何かが混じっているのをミクは見た。

 それは、一枚の葉っぱ(・・・)だった。



「まさか……魔薬の原料を、直接?そんな、そんな馬鹿な真似を?」



 魔薬。

 このマギウヌスでは唯一法で認められている依存性の高い薬物である。

 その効果は、魔力回復速度の上昇。

 本来は薬効成分を抽出して使うのが常道だが、直接原料となる葉を摂取しても効果はある。

 ただし、この魔薬には明確な副作用がある。

 


 実のところ、ピーターは【降霊憑依】が解けた時点ですでに魔力を使い果たしていた。

 当然だ。

 すべてのMPを捧げてもわずか一分と持たないのがハルやリタといった強力なモンスターとの融合。

 であればこそ、出し惜しみしている余裕などない。

 ゆえに、【降霊憑依】が解除されて、ハルに【地伏龍牙】から救出された直後、彼はポケットにたまたま入っていた麻薬の原料を取り込んだ。

 無論、うまくいく保証など、どこにもない。

 ピーターは、その植物の詳細を知らない。

 薬の材料と言えど、毒でしかないパターンは多く見られる。

 完成品の薬でさえ、命を削ることがわかっているのだから。


 しかし、ピーターは賭けに勝った。

 魔力の回復は間に合い、それゆえにデバフが間に合った。

 その結果として、シュエマイを打倒することもできた。

 だが。


 

 代償は、大きかった。



 ◇

 

 

「血が、血が止まりません!」

「そんな!」



 ピーターの口から、目から、鼻から、流れる血が止まらない。

 理由は二つある。

 一つは、【降霊憑依】の反動。

 もう一つは、魔薬のデメリット。

 まず、体内への継続ダメージ。

 そして、心拍数を早めて、血流を促進する。

 つまるところ……命を削る、文字通り寿命のカウントダウンを加速させる副作用がある。

 既に、生命の維持に危険な領域まで達している。

 治癒限界に達しており、回復魔法も効果がない。



 ミクは、傷をふさごうとするが、内部の出血だ。

 専門的知識がなければ、できることも限られる。

 【尸廻旋】による念動力は、彼女自身にしか適用されず、傷口をふさぐことは出来ない。

 リタは、実体を持たないためにピーターに干渉できない。

 手傷を負わされ、まともに動けないハルは論外。

 どうにもこの場にいるメンバーでは、手の施しようがなく。



「え?」



 ピーターの体が、凍り付いた。

 


「仮死状態。急速凍結」

「ご無事……ではないようですね皆様」

「うん、ぴーたーとはるがぼろぼろ!あと」



 いつの間にか、緑色のカラスと、白雷と紫電で構成された虎が現れた。

 直感で、リタたちはそれがシルキーの精霊たちであると理解した。



「なぜか、セミの抜け殻が勝手に崩れたので、どうにか突破できました」

「毒蜂撃破。鍬形破壊」

「ぬけがらー?」



 本体を【トリック・ルーム】の幻覚で自滅させたリタが、無自覚に問う。

 本体が死んだことで、抜殻の方も崩れてしまったのである。

 他のキョンシーも、シルキーの攻撃の余波や、ペリドットとアンバーによって倒れていった。

 そうして彼等は周りの結界も全て壊して、ピーターのいる場所に到達できた。

 



「ここを離れましょう、危険です」

「わかりました」

「わかった!」



 最後に、一瞬だけ、ミクは彼の方を向いた。



「さよなら、お父様」



 そんな挨拶をして、彼女は立ち去った。

 重傷を負った父に、駆け寄ることもなく。



 ◇



「うっごぼ、ゲホゲホっ!」



 シュエマイ・チャンシーは、死んではいない。

 ピーターの打撃、ハルによる全力の攻撃。

 防御用の符を使ってもなお、重傷であり、意識はもうろうとしている。

 血を吐きながら這いずって進む。

 彼は、自分の命がそう長くは続かないことを自覚していた。

 回復魔法の類はあいにく持ち合わせがない。

 もとよりアンデッドの扱いに長けた者。

 暴発によるアンデッドへの被害を恐れて基本的に治癒魔法などを使っている。

 だが、今回はそれが仇となっている。

 そもそも、彼をそこまで追い込める相手もそういないはずだった。

 何しろ彼は戦闘系超級職。この国でも、十指に入るほどの実力者だ。

 ハルと同格かそれ以上のアンデッドを無数に従えている。

 しかし、彼にしてもあの〈精霊姫〉に加え、〈教皇〉まで出てくるのは想定外である。

 さらには、彼にとって天敵でもあるアンデッドのデバフスキルを持つ相手との戦闘。

 無論、彼の誘拐と実験の利用を企てた彼の自業自得ではあるものの、それにしても相手が悪かった。

 ちなみに、シュエマイの主観では、特にそれが悪いことだとは考えていない。

 良き素材があれば、実験に活用するのは当然であり、しない方がそれに対して失礼であると考えているからだ。



 ともあれ、彼にとって最大の誤算は手駒であるはずの娘の離反だった。

 何かの間違いで、超級職二人に攻められても、アンデッドへの特効スキルがある相手と正面切って戦闘をしたとしても、それだけで負けるような備えはしていなかった。

 逆らわぬ、物言わぬ資源であるはずの彼女の離反だけが、彼の想定外。

 それさえなければ、彼がここまで追いつめられることはなかった。



 ――さようなら、お父様。



 どうして、裏切ったのか。

 どうして、主人である自分を攻撃したのか。

どうして、彼を助けたのか。

 そもそも。どうして、自分の許可なく発言しているのか。

 どうしてどうしてどうしてどうして。

 思考ができなくなってきた。

 もとより出血が、ダメージが多すぎる。

 生きている方が異常なのだ。



「まだ、だ」



 それでも、止まれない理由がある。

 彼には、使命があった。

 それだけが、きっと今彼のことを活かしていた。

 


 チャンシー一族は、元々〈霊道士〉の家系ではない。

 むしろ彼らは〈僵尸〉の家系だった。

 シュエマイの父も、兄弟も全員が〈僵尸〉だった。

 しかし、それでは生きていけない。

 何度も〈霊道士〉などといった魔法職の血を取り込んでいる。

 彼は、彼等は最高のアンデッドを作り出さんと考えるようになった。

 魔法の使えないものよりも、魔人を。

 そして、より強力な兵器を。

 そうして、キョンシーを運用する研究を進めていくことで発展してきた。

 しかして、制御が困難である。

 ゆえにくみ上げられたのは、〈僵尸〉を巨大アンデッドの制御装置として使うという術式。

 【霊魂固着】の保護下にあるが故、怨念に接していてもなぜか暴走することはない、アンデッドの中でもイレギュラー中のイレギュラー。

 しかし、〈僵尸〉の適性を持つものは非常に少ない。

 そもそもが、人間は本来生者である。

 死者になる適性を持った者など、本当にごくまれであり……それこそ彼らは彼ら自身しか〈僵尸〉への適性を持った者を知らないほどだった。

 すなわち、一族を道具として使うという術式である。



 だから、犠牲を顧みない。

 彼の中では矛盾していない。

 娘を愛するということと、娘を道具として扱い虐げること。

 それには間違いがないと考えていた。

 一族の悲願のためなら、一族を道具にしてもいい。

 なぜなら、ずっとそうしてきたから。

 だから、この時も躊躇いはなかった。



「父上、兄さま、姉さま、待ってて、今、私が、みんなの夢を」



 体はすでにボロボロで、今にも死にそうなのに、それでも体は動く。

 それは、死体を動かす〈霊道士〉としての力か。

 あるいは、一族としての彼岸を成し遂げようとする強い使命感かその両方か。

 いずれにしても、関係はなく。

 彼は、自分をコアにして、術式を起動した。



「【術式・無限尸巨】発動」

「コアに重大な欠陥を確認」

「実験を停止しますか?」

「停止命令を確認できず。術式続行」

「無限尸巨、起動します」



 それを何と形容すればいいのか。

 全身が紫色の変色した肉の塊である。

 不思議なほどに、ゾンビのような悪臭はない。

 その体の大きさは、百メートルを超えるだろうか。

 巨大な肉の塊が、動き出した。


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