表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

94/164

ミクの選択

 ミクというものについて。

 或いは、ミク・チャンシーについて。



 彼女は、生まれた時から〈僵尸〉だった。

 しかし、彼女は生まれながらに死んでいたわけではない。アンデッドだったわけではない。

 元々は、彼女とて文字通り血の通った人間だった。

 父とともに、平穏な暮らしをしていた。

 少なくとも彼女にとっては、それが幸せであり、それで十分だった。

 そんな生活に転機が訪れたのは、十年ほど前のある日のこと。

 そしてその日が、ミクの命日だった。



「ーーああ、良かった。ちゃんと死んでくれたか」



 父が、ミクを殺して(・・・・・・)最初に言った言葉はそれだった。

 その後、父は私に自分の〈僵尸〉としてのスキルを調べるように言った。

 〈僵尸〉は、そのスキルのすべてが、死んで初めて機能する。

 アンデッドとして蘇る、【僵尸転生】。

 アンデッドとしての【自己修復】のスキル。

 MPをもちいて、自身を硬化、硬直させる【死後硬直】。

 念動力を使い、自身の肉体を浮遊させ、操作する【尸回旋】。

 それらすべてが、一度死んでから初めて(・・・・・・・・・・)機能する。

 だから、ジョブスキルを活用しようと思ったら、自分で死ぬか誰かに殺されなくてはならない。

 それは理解できた。

 理屈の上では当然の道理だ。

 だが、それを躊躇なく行える理由がわからない。



「ようやく、ようやくだ。私たちの使命が果たされる」



 自分を殺した男は、そのことには頓着していない。

 その時はじめて、ミクは気づいた。

 父の目に、彼女のことは最初からずっと映っていないのだということを。

 父が、自分という存在を道具としか見ていないということを。

 それは、後に嫌というほど知らされた。

 いやになるほどの、回数をもって、教えられた。

 父親の、そして一族の悲願である、職業である〈僵尸〉を核とした最強のキョンシー。

 何度も何度も、巨大アンデッドとの同機のための実験は繰り返される。

 キョンシーになったことで、痛覚を失った彼女だが、あの自分以外の何かと無理やりつながらせられる嫌悪感は痛み以上に気持ちが悪い。

 苦しさの度合いで言えば、殺された時より大きいかもしれない。

 そんな比較には、きっと何の意味もないだろうけど。

 どのみち、もう実験の苦しみだけの日々。

 もはや人間ですらない、ただの実験材料として扱われる日々。

 それこそ、バラバラにされるのなんて日常茶飯事である。

 そんな時だ。

 


 ある日、彼と、彼等と出会ったのは。

 最初の出会いは、図書館で、いつものように父に言われて本を借りようとしていた時のことだ。



 異国の本は、図書館で手に入れなければ、それ以外に手に入れる手段はほとんどない。

 キョンシーの理論は、彼以上に詳しい者はいないが、巨大キョンシーは、怨念も用いるため、フレッシュゴーレムに近く、西側のアンデッドの技術を学ぶ必要があった。

 東方から追い出されるように逃げてきたシュエマイには、西側へのつてがなく、それゆえにこうして図書館で本を借りることになる。

 その帰り、ミクはたまたま絵本のコーナーに行った。

 理由があったわけではない。

 少なくとも、父に命じられたわけではない。

 ただ、なんとなくその場に赴いた。

 彼女は、そんな風によく絵本コーナーに足を運ぶ。

 幼き頃の、まだ人間だった記憶を思い出せるような気がして。




 そして、彼等を見た。

 ゴーストの少女と、〈降霊術師〉らしき青年。

 ミクは、自分の父以外にアンデッドを使役するものと出会ったことはなかった。

 父親の許す行動範囲が狭かったのもあるし、そういった魔法を使うものが比較的少ないということもある。

 しかし、彼女にとっては意外なことに、彼等の関係は穏やかだった。

 ほどなく、念話でもう一体と会話していることも気づいた。

 【交霊術】の念話は、あくまでアンデッドとコミュニケーションをとるためのもの。

 すなわち、そばにアンデッドがいれば、未契約であったとしても、聞き取ることができる。

 だから、はっきりとわかった。

 彼らは、支配者と従魔の関係ではない。

 少女が騒ぎ、青年がそれをいさめながらも気持ち悪い笑みを浮かべ、竜がフォローを入れる。

 それこそ、本当の家族のような、温かく穏やかで、楽し気な関係。

 あるいは、自分もこうだったらよかったかもしれない。

 娘ではあるが、まともに娘として接しては貰えなかったから。

 自分がアンデッドとなってから特にだ。

 以前は作られていた食事さえも与えられなくなり、衣服も買い与えれらることなくボロボロの服を着ていた。

 そんな彼らを見ていると、浮遊椅子を使いだした。

 ミクは、【尸怪旋】によって飛行ができるので使ったことがないが、

 彼らはそれを使って上に行くと、上でそのまま本を読み始めた。

 ミクは、張り紙を見た。

 そこには、「あまり長時間の浮遊は、危険です。本を取ったらさっさと降りましょう」と書いてあった。

 はらはらしながら、和やかに本を読んでいる彼らを見守っていた。

 そして、案の定というべきか、バランスを崩してしまって落ちたピーターを、【尸怪旋】によって助けることができた。

 その後、彼は礼をしたいと言い出し、更には固辞する彼女にも折れなかった。

 それが、下心の類ではなく、純粋な善意と感謝であることは人間関係のほとんどない彼女にもわかった。

 彼の、あまりに幸せなまぶしい在り様は彼女にとって()だった。

 


 手を振り払って、逃げだした後から、ふと気づいた。

 彼の手は、彼女よりずっと温かくて、それでいてずっとでこぼこだった。

 


 もう一度、彼と再会した時。

 彼にけがをしているのでは、と純粋な善意と心配を受けた時、気づいた。

 彼の手は、傷だらけだった。

 知っていた。

 アンデッドと、それに関する職業について調べたから。

 〈降霊術師〉という、西側の職業は、差別的な扱いを受けている、と。

 彼女とシュエマイもまた、アンデッドを扱うというだけで、心ない言葉を浴びせられることがあったから。



 ダンスパーティで再会した時、彼はミクを見て腹を立てていた。

 服も着ることができず、物のようにばらして、再構築される。

 意識が消えかける中、つかみかかる彼の様子を、彼女は感じ取っていた。

 無理もないだろう、とも思った。

 彼にしてみれば、アンデッドと家族のような絆を結ぶのは普通である。

 彼の師匠――シルキー・ロードウェルが止めてくれたからよかったものの、そうでなければ彼はあの時返り討ちに会っていたかもしれない。

 その時、気づいた。

 なるほど、自分の扱いははた目から見れば腹が立つものなのか。怒っていいものなのか。

 あるいは、彼が特殊なのだろうか。



 そして今、彼は戦っている。

 逃げだせばいい。にもかかわらずそれをしないのは、ミクとともに生きるため。

 一人の人間として扱ってくれて、なおかつ生きることを諦めないでくれとまで、言われてしまった。

 それを言われたら、もうどうしようもない。

 


「ズルいです、卑怯です」



 自分が人間だなんて、思えない。

 自分は、生まれながらにアンデッド。

 死ぬために生まれた存在だ。

 その事実は変わらない。

 けれども。

 人間だと、生きていると。

 言われてしまったのならば。



「ズルいですよ、お兄さん」



 もう彼女には、その言葉を頼りに生きる以外に道がなくなるではないか。。



 もしも、自分に選ぶ権利があるのであれば。

 彼等だけは、助けなくてはいけない。

 いや違う。彼等を助けたい。

 だから、許して欲しい。

 一度だけ、使命を、裏切ることを。

 一度だけ、家族を、裏切ることを。

 もう一度だけ、心のままに生きることを。



 だから、彼女は選んだ。

 人間として、生きることを。

ここ数話、場面が飛んだりして申し訳ありません。


そろそろいい感じになると思います。


感想、評価、ブックマークよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ