全身全霊を使って
今回短めです。
(参ったな)
(まずいね)
ピーターとシュエマイは、向き合った状態で、上にわずかばかり意識を割いた。
おそらくは〈教皇〉の方。
広域殲滅魔法を使い、この研究所を薙ぎ払う意図があるらしい。
これが意味するのは、短期決着の必要性。
ピーターは、さっさとシュエマイを最低でも戦闘不能にまで追い込み、そのうえでミクを連れて全員で脱出しなくてはならない。
シュエマイは、ピーターを即時拘束し、ミクとともに巨大キョンシーに融合させなくてはならない。
「ここからは、ただの力比べだよ。やろうか、〈神霊道士〉」
「来なさい、餓鬼が。制圧してやる!」
最初に突っ込んだのは、ハルと、もう一体のモンスター。
透明な翼と、白い胴体、細長い手足。
細長い、針のような口と、それに不釣り合いな平べったい顔面。
いつの間にか現れた、蝉型のキョンシーである。
ハルやリタよりも速度で勝る。
さもありなん。
そのモンスターこそは、彼の切り札が一体。
「無敵甲殻」という名の、一点もののキョンシーである。
◇
「無敵甲殻」というモンスターは、元々羽化したばかりの蝉型モンスターの死骸を元に作られた。
今ピーターと対面している白蝉体と、外でアンバーやペリドットを相手取っている抜殻体が存在する。
つまり、蝉としての本体と抜殻としての分体があるということだ。
分体の能力は、HP上限の共有。
本体のHPが満タンであるとき、抜殻である分体もまた、決して傷つくことはない。
外からの侵入者はどれだけ抜殻を攻撃しても無駄だ。
内部にいる本体をたたかない限り、倒すことは叶わない。
ゆえに、シュエマイも本来は本体を使う予定はなかったが、〈精霊姫〉と〈教皇〉が原因で、戦力を切らしてしまっている現状、使えるのがこれくらいしかなかったのである。
本体は、速度型。
速度に特化しており、AGIはハルの倍近くある。
それは、到底ピーターが反応できる速度ではなく。
ピーターは。
「【ネクロ・スロウ】!【ネクロ・スピード】!」
ハルに、アンデッド専用のバフを、白蝉に対してデバフをかける。
これで、速度の差はわずかに埋まった。
だが、それでも未だ速度では上回られている。
蝉は、ハルに突っ込む――ことはしなかった。
「主様!」
彼の目的は、ハルの撃破ではない。
そこには何の価値もない。
ただ、ピーターの確保だけが目的である。
ゆえに、盾役を無視して、本丸をたたきに来るのは当然の反応ではある。
だが、それをピーターもまた察している。
「ぴーたー!いま!」
「了解!」
彼女の言葉に合わせて、リタの本体を展開。
家屋で物理的に、【トリック・ルーム】によって視覚的にふさがれる。
そして白蝉を閉じ込めて、ピーターは、扉を開けてゴーストハウスの外に飛び出した。
最後の切り札を当てるために。
「【スロウ】」
「な、に?」
ピーターが使った魔術は、【スロウ】。
〈呪術師〉などが使う、ごく初歩的なデバフだ。
が、ピーターは魔法としては習得していない。
ゆえに、一から術式を理解して、【ネクロ・スロウ】を元に魔術を構築していった。
今はまだ、【スロウ】以外の魔術は使えない。
彼の才能では、二か月以上努力しても、ただ一つだけ習得するのが、精いっぱいだった。
けれど、今はそれで十分。
その一手で、対応が遅れる。
遅れれば、それでハルの全力の一撃が決まる。
「【ハルバード・ブレイク】!」
「【金剛符】!」
ハルの全力を、シュエマイもまた、魔法で硬化した符で受けとめ、はじき返した。
シュエマイは受けきれず、バウンドして地面を転がるが、一方でハルは今度こそ動けなくなる。
力尽きたのだ。
死ぬことはないが、もうまともに動けないし、修復も働かない。
【霊安室】で怨念に制限があるハルゆえの弱さである。
「競り負けた……。まだだ!」
【金剛符】の硬度がハルを上回ったがゆえに、負けてしまった。
だが、それでもまだできることはある。動かなければならない。
ボロボロの体を突き動かして、走り出して。
シュエマイもまた接近し、勝利を確実に決めようとして。
動きが、止まった。
「はあ?」
「申し訳ありません、お父様」
誰かが、シュエマイの手を掴んでいたから。
誰かは、ミクだった。
この土壇場で、完全にミクはピーターの側に就いたのだ。
ようやく、シュエマイもそのことに気付く。
「ふざーー」
「おい」
声に反応し、シュエマイは振り向く。
そこには、ピーターの拳があった。
この二か月、体を鍛えた成果が。
最後の一滴まで絞り出した、彼の全身全霊の一撃が。
「があっ」
「これで、終わりだ」
顔面にめり込み、シュエマイは地面を転がって。
動かなくなった。
ようやっと、戦いは終結した。
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