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膠着を破る


 ピーターとシュエマイの最後の一合が始まったちょうどその時、シルキーとフランシスコの戦いは膠着状態の様相を呈してきた。



(――攻めきれない)



 シルキーは、フランシスコに雷光を打ちながら、考える。

 〈精霊術師〉は攻撃に比重を置いた職業だが、それでも支援職に過ぎない。

 先頭向けではないはずなのに、潰しきれない。


 理由は明白。

 彼女は、精霊を一体しか出していない。

 彼女には、四体の精霊がいる。

 カラスのような見た目をした、ペリドット。

 白い虎の見た目をしたアンバー。

 芋虫のごとき姿のガーネット。

 そして、カバのような、いま彼女が乗っているラピスラズリ。

 アンバーとペリドットを、ピーターの救出のために向かわせて、彼女自身は足止めに徹する構えだ。

 それでも、フランシスコが隙を見せれば押し切るつもりだったが、彼の展開する聖属性結界の防御が厚く、生半可な攻撃では貫けない。

 その防御を貫いても、自動回復魔法ですぐに治ってしまう。



「そこらのアンデッドより、よっぽど不死身ね……」



 攻勢よりも守勢に寄ったタイプ。

 マギウヌスには、あまり多くない。

 個人生存と支援に特化し、自分は死なずに、味方を支援して敵を倒すのが本領だ。

 続いて、フランシスコが反撃に転じる。



「【フレア・ボム・ハウンズ】」



 彼の手に持った杖が発光し、予め設定された術式が起動。

 杖から、無数の追尾機能付きの炎弾を放たれ、彼女に追いすがる。



「温いわ」


 

 しかし、その炎弾も、シルキーの足元にいるラピスラズリが展開する【蒼星障壁】を突破できない。



「ごめんごめん、火力が足りなくてさあ……」



 攻めあぐねていたのは、フランシスコも同じ。

 もとより、支援職。

 単独での戦闘には向かない。

 とはいえ、全く突破する手段がないわけではない。

 切り札である【教皇権限】を使えば、あるいは彼女に勝てるかもしれない。



 【教皇権限】。

 それは、〈教皇〉が持つ唯一の固有スキルにして最終奥義。

 その効果は、浄化、回復対象の書き換えである。

 そもそも、聖属性や邪属性の魔法の本質は、都合の良いものを生み出し、都合の悪いものを消去することである。

 通常であれば、何を生み出し、何を消すのかはスキルによって設定が違う。

 その設定を書き換える。

 例えば、回復魔法で言えば、人の肉体を巻き戻して再構築し、雑菌や毒物を消し去るのがデフォルトの設定だ。

 そのデフォルトの設定を書き換える。

 回復魔法の効果範囲を狭めて出力を引き上げたり、効果を弱める代わりに負傷した状態からの時間経過による効果の減衰を抑えることができる。(回復魔法は、本来は傷を負ってからの経過時間に比例して効果が落ちていく)

 そして、|人間そのものを消し去る設定・・・・・・・・・・・・・にすることもできる。

 ウイルスや汚れなどを浄化する効果を、人間に適用して消し去るということだ。



 加えて、絶対に防げない。

 通常の攻撃魔法ならば、人が持つ魔法への耐性が機能するだろう。

 だが、【教皇権限】による消滅は、あくまで回復魔法である。

 攻撃魔法やデバフではないために、レジストが働かない。

 【聖属性耐性】などのスキルも、あくまで聖属性の攻撃魔法の身を防ぐために作用しない。

 例外は、「あらゆる聖属性魔法の効果を無効にする」というギフトくらいのものだろう。

 使われたら、原則的に誰であろうと消滅する、最凶の切り札。

 ハンバート村を含め、多くの敵対、あるいは敵になりえる勢力を粛清してきたフランシスコの必殺技である。

 だが、それはいまだこの戦いでは切られていない。

 【教皇権限】には、とあるリスクがある。

 クールタイムだ。

 一度【教皇権限】を使ってしまうと、再設定するのに二十四時間(・・・・・)かかる。

 つまり、一度殺人魔法に設定してしまえば、二十四時間フランシスコは普通の回復魔法が使えなくなる。

 あらかじめ事前にかけておいた分の継続回復魔法は対象外だが、それでもリスクが大きいことに変わりはない。

 なので、この盤面では切れない。

 今も、キョンシーが横やりを入れようとしているこの状況では――すぐさま二人に消し飛ばされるので入れられてはいないが――そんなリスクは侵せない。




(切るべきかしら、あと三つの切り札のどれか)



 切り札を切ることをためらっているのはシルキーも同じ。

 理由が二つある。

 一つは、切り札のすべてに、リスクが発生するから。

 チャージが必要で隙が生じたり、そもそも切り札ゆえに強すぎてピーターまで巻き込んでしまう危険があったりするため、未だ決断できずにいた。

 もう一つは、アンバーたちが戻ってくれば、切り札を切る必要もないから。

 ただ、それも難航している。

 


 アンバーからの念話によれば、結界の一部から出てきたシュエマイのアンデッドに苦戦しているらしい。

 ほぼすべてのアンデッドは倒せたが、三体だけ強力なアンデッドがいて倒しきれないらしい。

 影から影へと潜り込み、移動するクワガタのキョンシー。

 針を六本所有し、毒をまき散らす、ねじくれた蜂のようなキョンシー。

 そして、いかんなる攻撃も通らない蝉の抜け殻のような見た目のキョンシー。

 報告を聞きながら、シルキーは「そういえばこいつの出してた論文で、蟲の死骸をキョンシーとして運用することの有用性ってのがあったわ」思い返していた。

 


(おそらくは、パーティー枠を消費する虎の子たちね)




 シュエマイの戦闘スタイルは三つ。

 一つは、数に任せた蹂躙。

 通常、一人の魔物使いがモンスターを使えるのには制限がある。

 基本的には、自分を除いたパーティ枠の五体のみ。

 それゆえに、魔物使いはパーティに入るのには向いていない。

 〈従魔師〉の「武器の装備枠を消費して従魔の枠を増やす」効果のある【従魔装備】や〈騎士〉や〈騎兵〉が習得できる「騎乗モンスターを乗騎の装備品として扱うことができる」という【騎乗権限】などはあるが、基本的には五枠が限度。

 パーティに含めずに運用しようとすればステータスの補正といったスキルの恩恵が入らなくなってしまう上に、主の命令を聞かなくなってしまう。

 だが、それでいい。

 なぜなら、彼のキョンシーは、すべて彼が死体と魔術で作ったもの。

 彼と周囲のアンデッドを攻撃しないようにプログラムしておけば、制圧には支障がない。

 最も、戦闘力の低さは改善されないが、そこはあと二つでカバーすればいい。


 二つ目は、彼自身の魔術、小技を絡めて戦うスタイル。

 

 そして三つめが、虎の子のキョンシーを主軸の全力戦闘。

 

 一つ目と三つめはないが、二つ目だけでもピーターには十分脅威。

 早く行くべきか、或いは。

 シルキーは、そういう選択の岐路に達していた。

 だがしかし。


 


(使ったほうがいいよねえ、あっちの切り札を)



 お互い、全力を出せない状況ではあるものの、それとは別にフランシスコは隠し玉も持っている。

 持久戦は、不利なのはフランシスコの方。

 彼女が何かの気まぐれで戦力を呼び戻せば負け。

 ゆえに、先に動いたのは、フランシスコだった。



 アイテムボックスから、大量のスクロールをばらまく。

 スクロールは、マジックストーンに似た、魔術媒体だ。

 同じ使い捨てのアイテムだが、まるで違う。

 マジックストーンが魔法や魔術そのものを封じ込めるのに対して、スクロールは術式を書き込む。

 そして使い捨てであるがゆえに、同じ魔法を使うことしかできない杖やマジックストーンと違い、術式をその場で書き換えることで即興改変ができる。

 欠点としては杖と違って消耗品であることと、即興改変を行うにも技術がいること。

 そのため、使い手は少ないが、はまれば強い。



「【改変術式――善悪の天秤】」



 宣言と同時、彼女と、フランシスコの足元に、結界が出現する。

 まるで、天秤の皿を連想させるようなものだ。



(これは……まるで効果が違う。私の方は普通の結界だけど、アイツはたぶん外部からの干渉だけを防ぐ術式。勝負を決める一手じゃない、詰めろをかけるためのもの。時間稼ぎが狙い!)



 彼の狙いに気付いたシルキーが念話で外の精霊に指示を出そうとするが、結界ではばまれる。

 さらに破壊するより、彼の詠唱(・・)が終わるのが早い。

 通常、魔法の行使に、詠唱は必要ない。

 だが、自身の力量によって魔力を制御する魔術では、制御の手段の一つとして用いられることがある。



「――聖なる灯し火を灯す」



 魔術発現の対価として、手に持っていたオーダーメイドの杖が砕け散る。

 物品をささげて出力を上げる。

〈道士〉や〈呪術師〉などがよく使う手ではあるが、聖職者にもできないわけではない。(実際、〈拝魔師〉や対価をささげて天使を召喚する職業も存在する)



「――灯し火は、人より人へ、手より手へ、心より心へ」



 術式が完成へと近づくにつれて、彼の手元ではなく。頭上が明るくなる。



「――灯し火は、人を救わんと、灯し火は、悪を穿たんと」



 彼の頭上百メートルほどに、数百の、星のような明かりが灯る。



「――【セイクリッド・トーチ・トーチカ】」



 スキル宣言とともに、一つの魔術が完成する。

 それは、複合魔法。

 聖属性と、炎熱魔法の両方の性質を併せ持つ弾丸を、大量に打ち出す魔術。

 聖属性でアンデッドや悪魔を薙ぎ払い、熱量をもって、アンデッド使いや悪魔使いを焼き払う必殺技。

 狙いは、シルキー……ではない。

 白い、聖なる炎の雨が。

 一斉に、降り注ぐ。

 チャンシーが保有する、研究所へと。



「ーーっ!」



 すなわち、ピーターがいる場所へと。

次回はまたピーター達の方に戻ります。


感想、評価、ブックマーク、レビューなどよろしくお願いします。


【善悪の天秤】

フランシスコの魔術。相手を閉じ込めることに特化した結界と、自分を外から守るのに特化した結界を同時に展開する。

因みに、あらかじめ設定した距離に相手がいないと使えない。


余談。

・蟲のキョンシー

本来自我の希薄な蟲は自然にアンデッドになることはほぼない。

ただ、人工アンデッドのキョンシーは例外である。

加えて蟲は再生力がないことを欠点としており、その補完も取れている。

また蟲は繁殖力が強いため、材料もそろえやすい。



なお、無数の蟲型キョンシーはほぼ全部二人に吹き飛ばされた模様。


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