その叫びは、彼女に向けて
シュエマイ・チャンシーと、ピーター・ハンバートの戦い。
その場には、ピーター達とシュエマイ、そしてもう一つ。
第三勢力の存在があった。
ミク・チャンシーである。
彼女は、この戦いにおいてどちら側でもなかった。
ピーター側に与して、父親を討つために戦うわけではない。
それは当然ではある、最近あったばかりの他人と、父親であり所有者。
だがしかし、シュエマイに与しているわけでもない。
父親とともにピーターを攻撃するわけでもなければ、彼の指示に従ってその場から退避することもしなかった。
どちらも選ぶことをせず、否、できなくて。
ただ、何もせずにその場で立ち尽くしたまま、見ていただけ。
ピーターが、リタとスキルを使って融合してシュエマイに躍りかかるところも。
シュエマイが、それを魔術で捌くところも。
さらに負けじと、ドラゴンスケルトンをピーターが呼び出し、あっさりと打ち負かされるところも。
ピーターが、それでもなお諦めずに挑むところも。
そして、ピーターがあっさりとシュエマイの魔術で、噛み砕かれたところも。
すべて、見ていた。
何もできないまま。
しないまま。
「おおおおおおおおおおおおおおお!」
ハルが、シュエマイに飛び掛かる。
「おやおやあ、ここでここまで鋭い動きをしてくるとは予想外だねえ、まあでもこの程度で僕を捕らえることは出来ないよ」
魔術で素早く距離を取りつつ、【爆符】を複数起動。
爆炎をうまく巨体を動かして躱しているが、そんなものがいつまで持つはずもない。
そう考えて。
突如、前触れなく出現したハルに、本気で驚いた。
とっさに、魔術で対処しようとして。
「ばあ!」
ハルが、見た目を変えた。
いや違う。
リタである。
リタが、本来の姿に戻っただけだ。
彼女はゴースト。
霊体であり、姿を自在に変えられる。
例えば、舞踏会の時のようにドレスに着替えたり。
例えば――ハルに擬態したり。
(こっちは囮、まずい!)
だが気づいた時に、もう遅く。
肉薄した本物のハルが、尾の刃を振るった。
「ぐああああああああ!」
斬撃を咄嗟に耐性の符で防ごうとするも、防ぎきれず。
腹の肉をえぐり飛ばされ、血が噴き出る。
そのまま、追撃しようとするも、それは距離を取られて不発に終わる。
「……ありえない」
傷を負わせられたことは不思議でない。
完全に初見の手札、先ほどのハルの奇襲を爆炎でしのぎ切ったときと同様、完全に無傷とはいかないのが常だ。
ゆえに、負傷したのは仕方がない。
「これは、指揮官がいないとできない動きだろう!」
幻影を使っただまし討ちなど、理性なきアンデッドだけでできるはずがない。
指揮官の指示がいなければそんなことは出来ない。
彼の牙で確かにぐちゃぐちゃにしたはずなのに。
ハルは、尾を一振り。
すると、土の竜頭が崩れる。
そして。
「ああ、ありがとう、ハル」
「ぴーたー!」
「主様!」
「…………!」
魔術が崩壊して、ピーターが現れた。
無傷ではない。
あちこちに傷があり、【降霊憑依】や、他の何かの反動で口や目、鼻から血を垂れ流している。
それでも、致命症というには程遠い。
その場にいた、ピーター以外のものは表情を一斉に変えた。
リタは、歓喜に。ミクは驚愕に。
そして、シュエマイは憤怒に。
「莫迦な、【地伏龍牙】を喰らって、無傷で済んでいるはずがない!」
先ほどの打ち合いで見抜いていた。
霊人体の防御力は決して高くなく、【地伏竜牙】なら確実に重傷を負わせれらると。
【地伏龍牙】。
〈道士〉系統上級職、〈霊道士〉の奥義である。
その効果は二つ。
一つは、対象を重力で中心に固定する。
これは、浮遊している彼等には特に意味がない。
二つ。
固定した対象を地面を硬化させて作った牙によって破壊する。
それが、彼の必殺である。
たかがそれだけと侮ることなかれ。
重力の檻は、強力でありハルの骨でさえも粉々に砕く。
さらに、牙は一本一本がオリハルコンの杭よりも固い。
オリハルコンの鎧さえも、紙細工のごとく割くことができる。
一見、アンデッドを扱う〈霊道士〉とは無関係の技のように思えるが、違う。
〈霊道士〉の本質は、操作。
死体を動かし、操る。
対話で動いてもらう〈降霊術師〉とはまるで違う。
むしろ、魔力で無理やり動かす。
原理的にはテレキネシスに近い。
それが、〈霊道士〉の力で、本質だ。
それが転じて、土に還った死体をも操る力となった。
そしてそれは読めない、読まれない。
邪属性の使い手と認知される彼の地属性魔法は警戒されない。
これにより、彼は今までのすべての敵手を葬ってきた。
その中には、犯罪者の超級職さえもいた。
だが、それを食い破れない牙など今までいなかった。
そして、たった今一人を仕留め損ねた。
シュエマイはわからない、どうやってしのいだのか。
「僕一人じゃあ、無理だったかな」
「――は?」
「加えて、一度見てるからな。対処は楽だったよ」
「何を――!」
そこまで言われて、シュエマイは気づく。
彼は、ダンジョンで一度似たようなものを見せている。
捕獲用のキョンシーだ。
だから、ピーターの対応が間に合った。
そしてその時に得た記録映像から、うっすらと何をどうしたのかがわかる。
自分に向けて、マジックストーンを使用。
土を柔らかくする魔法でダメージを軽減。
さらに、氷を作り出す魔法で氷の壁を作り、クッションとしたのだ。
最後に、ピーターが杖を用いて【蒼星障壁】を展開した。
魔法職である、ピーターの魔法耐性と耐久なら、耐えられると信じて。
それでしのぎつつ、戦闘不能になったと思わせ、不意打ちを決めた。
そこまでが策。
【降霊憑依】の時間内に倒せないなら、切れた後に攻撃すればいい。
それだけの話だ。
「そんな、方法でえ!」
「さて、これでこっちが有利だな」
「ーーっ!」
傷を治さないことから、わかる。
シュエマイは、回復手段がない。
回復魔法の適性はないし、なおかつ回復魔法を詰め込んだマジックストーンなどもアンデッドへの悪影響を懸念して所持していない。
また、ポーションを出し飲んでいる余裕もない。
傷をふさげないのであれば、いずれは出血でピーターが勝つ。
「どうしてそこまでするのかな?」
「決まってる。証明するためだ」
「証明?何を?何に対して?一体君程度の雑魚が、どこに研究成果を発表するつもりなのかなあ?そんなもの何処の国でも認められることはないと思うけどねえ!」
傷つけられた怒りからか、先ほどよりもはるかに誤記が荒い。
ピーターもまた、口調は荒々しいが、どこか冷静だ。
「一人の女の子に、言わなきゃならないことがある。そのためだけに、ここにいる」
ミクは、ひゅっという音を聞いた。
それが、自分で息を飲む音だと少し遅れてから気付いた。
ピーターは、それには気づいていない。
シュエマイは、目をそらした状態で勝てる相手ではないから。
それでも、口は動く。
彼の本心を、そのままに告げる。
「もしも、社会から爪弾きにされてしまって、家族にも切り捨てられようとしていて。自分が生きてちゃいけないって思ってるのなら、そんな事はないって教えてあげたい」
ミクは、何もしていない。
動いていない、動けない。
それは、父への畏怖でもピーターを心配してのことでもない。
ただ、ピーターの言葉が、聞こえているから動けなかった。
とうに血など流れなくなったはずなのに、胸が痛い。
「隣に、前に、後ろに、居てくれる誰かがいるんだって、伝えてあげたい。優しい人もいるんだよって、人に、自分に絶望しているなら示してあげたい」
それは、ピーターの経験によるもの。
隠していた秘密が暴かれ、それが原因で家族から、そして故郷から追い出されて。
一度全てに絶望したあと、ピーターはさまざまな人と出会った。
彼等に助けられて、あるいは助け合って、今ピーターはここにいる。
ここで生きている。
シルキーが、ラーシンが、アランが、ルークが、ユリアが、ラーファが、ハルがいる。
ーーそして何より、リタがいてくれた。
一緒に居ようと、言ってくれた。
いつまでもいて欲しいと、願ってくれた。
だから、ピーターは絶望しない。
どれほど傷ついても、追い詰められても、隣に人がいれば、それだけで救われるんだって知っているから。
ピーターは、だから伝われと、届けと声を張り上げる。
「もし、他に誰も居ないなら、僕がこの子の、ミクの手を掴む。この子の大切な人に、生きる理由に僕がなる。絶対に、放さない!守りたいんだ!死んでほしくないんだ!こんな優しい子が、生きることを、諦めないで欲しいんだ!」
いつかの、家族に勘当された少年のように。
生きることを諦めないでくれと、彼女に叫ぶ。
彼は、世界を変えたいわけじゃない。
不条理で、理不尽な世界を憎んでは居ない。
ただ、世界に苦難を押し付けられた人に、生きることまで諦めて欲しくないだけだ。
それだけは失ってはいけないと、彼の心が叫んでいるから。
かつての彼と重ねてしまい、他人事だと思えないから。
「お兄、さん……」
もう、涙などとうに枯れたと思っていたはずの、ミクの目元が熱くなる。
視界が、にじむ。
その言葉が、行動が、死闘が。
彼女のためであると、理解できたから。
シュエマイは、彼女の方を見ない。
気にもかけずに、言葉を発する。
「安心しなよ、ピーター君、君もあの子も、まとめてキョンシーのコアにするから、ずっと一緒さ!」
「安心したよ、あんたが本物の外道でな」
それが、皮きりの合図。
ピーターとシュエマイと。
「ーーお兄さん」
もう一人の、最後の攻防が始まった。
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余談。
〈霊道士〉
地属性魔法と、アンデッドの扱いに秀でた職業。
邪属性魔法とアンデッドの扱いに長けた〈降霊術師〉とはまた別の職業である。
余談2。
リタは割と自由に見た目を変えられる。
普段はピーターが嫌がるので、その気になれば化け物の見た目にもなれるが、生前の姿。
今回のは本当に非常時の切り札の一つ。




