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霊人と魔人

 ピーターとシュエマイの戦い。

 その戦いは、一見するとピーターが有利なように見えていた。

 【降霊憑依】によって、ピーターのステータスは格段に上がり、その速度は、少なくとも魔法職でAGIの低い〈神霊道士〉対処できるようなものでは決してない。

 単なる速度で上回ろうとすれば、上級の前衛職でも足りないだろう。

 実際、シュエマイには、彼の姿は見えず、なおかつ傷一つつけることは出来ない。



「予想の範囲内ではあったけど、厳しいな」



 【降霊憑依】でリタと融合したピーターは、その全力を使って攻撃を仕掛ける。

 幽人体ーー青年の骨格と、屋敷を連想させるレンガ模様のコート、そしてリタの容姿そのままである青い目と黒い髪の怪物は、戦闘特化の上級職すら屠れる。

 上昇したAGIを使って手数を増やし、さらに浮遊能力を生かしてあらゆる角度から殴りつける。

 だが。



「【爆符】」

「ちいっ!」



 シュエマイの宣言と同時、彼の持っていた符が起動し、爆発。

 互いにわずかな傷を負うが、そちらは問題ない。

 アンデッド特有の修復能力で、軽症であれば瞬時に治る。

 しかし、爆風にピーターとシュエマイの間に距離ができた。

 そして距離ができれば、シュエマイが有利だ。



「【氷花連綿】!」



 あちこちのばらまかれた符を媒介として、彼の大技が起動。

 氷の蔓が、床から無数に現れる。

 蔓はピーターをからめとろうとする。

 氷魔法にはよくある、拘束魔法だろう。



「ハル!」

「おおおおおお!」

「おっと」



 【霊安室】から、ハルを呼び出す。

 その巨体をしならせながら、ハルは全力の一撃を見舞う。

 渾身の一撃は、あっさりとシュエマイによって躱される

 が――そこに隙が生じた。

 ピーターは、つかみかかる、と見せかけて、沈み込む(・・・・)



「あ、れ?」



 対処しようとピーターの方を向いたシュエマイが、予想外の行動にたたらを踏む。

 今のピーターは、リタと融合した状態。

 すなわち、人とゴースト、両方の性質を併せ持つ。

 床に潜って、地中より奇襲する。

 ピーターにとって、黄金戦術の一つ。

 床をすり抜け、アッパーをみまおうとして。



「惜しいな」



 あっさりと、床から飛び出た拳が空を切る。

 いつの間にか、シュエマイが、十メートルも向こうに逃げ延びていた。



(なんで、そんな位置に?)

「【軽重】といってね、重力を軽減させる魔術さ。そんなもので、僕が移動できるのかって?できるんだよねえ」



 重力を軽減させれば、ジャンプした際の飛距離も伸びる。

 さらに言えば、ピーターが起こした風圧でも飛んでいく。

 一見したとこと馬鹿げているように見えるが、戦術としては無理がない。

 純粋な殴り合いからは距離を取り、魔法を撃つ。

 魔法職としては、この上ない理にかなった戦術なのだから。



(思った以上に、手札が広くて攻めきれてない。隠していたハルまで出したのに!)



 〈道士〉系統は、符を媒介にすることで魔法を行使することを特徴とした職業である。

 魔力を用いて符というアイテムをあらかじめ作成し、それを消費することでチャージなどをせずに即魔法を発動できるのが強みだ。

 その派生としては様々な上級職があり、ほぼすべての属性に分岐する。

 それ故に、アンデッドの扱いと、もう一つの属性に秀でた〈神霊道士〉であってもなお他の属性の魔法に適性を持つものが多い。

 シュエマイも、ある程度は適性があったため、他の属性の魔術を組み、行使することができている。

 重力を操作する【軽重】は地属性、【爆符】は火属性、【氷花連綿】は水属性派生の氷魔法である。

 あまりにも範囲が広すぎて、対応で仕切れない。

 これが、真の魔術の使い手。

 ピーターも、いくらか習得した魔術はある(・・・・・・・・・)が、それとは比べ物にならない。

 手札の数、練度、使い方、全てが桁違いだ。

 加えて、先ほども見せていた読みの能力が速度の差を補って余りある。

 予知でもしているのかというほどに、こちらの動きに対応できる。

 



 ピーターには、わかっていた。

 この戦いが、ピーターが攻めに回り、シュエマイが受けに徹するであろうことが。

 基本的に、彼自身の戦術は、タンクアンドウィザード。

 配下であるキョンシーを前衛として、本人が裏で絡めてとなる魔術を使う。

 それ自体はピーターと同じだ。

 ゆえに、今彼はキョンシーという矛を欠いた状態である。

 シュエマイの勝ち筋は、持久戦に徹して、時間を稼ぐことのみだ。

 加えて魔法職は、MPが切れればそれで終わりである。

 ゆえに、魔法職同士の戦いでMPに勝るものは持久戦を強いるのもまた、セオリーである。



 そもそもピーターの戦い方はお世辞にも持久戦向きとは言えない。

 上級職になりある程度レベルや、スキルの熟練度も上がったとはいえ、未だハルやリタと融合できるのは一分にも満たない。

 ゆえに短期決戦で仕留めるために二重のわなを仕掛けたが……それに完璧に対処されてしまっている。

 今までの攻防で、既に三十秒。

 後もって二十秒である。

 その間に倒せなければ、勝ち目はまずない。



(勝てない……このやり方じゃ、絶対に)



 認めざるを得ない、正直、舐めていた。

 相手は、最大の強みであるキョンシーを使えない状況にある。

 加えて、今この瞬間も、外の無数のキョンシーを制御しながら、片手間にこちらの相手をしている。

 それならば、流石に勝てるだろう、と思っていた。

 


 わかっていた。 

 わかっていたつもりだった。

 アランを、シルキーを、そしてほかの超級職と接して、ピーター達との差を知っていたつもりだった。

 けれども。

 ここまで、差があるとは思っていなかった。

 例えるなら両手足を封じた状態。

 それでもなお、口一つで、言葉一つで弄ばれる。

 それだけの、実力差。

 


 そもそもが、シュエマイが受けに徹しているのがおかしな話だ。

 これだけの実力差があれば、もっと楽に制圧できるはず。



「さっさと片付けなきゃならないのに……」



 だが、魔術を使われ続ければ、二十秒などあっさりと稼がれてしまうだろう。

 ならば、どうすれば勝てるのか。

 現状使いうるあらゆる手札を、すでに行使している。

 もはや、真っ向勝負でシュエマイ・チャンシーに勝つ術はない。

 


 ならば、ピーターのやるべきことはもう決まっている。



『ハル、リタ、今から言うことをよく聞いておくれ。――――』

『わかった!』

『承知しました』



 ピーターは、ハルとリタに指示を出し、彼女たちは承諾した。



『これから、特攻するよ(・・・・・)



 そう一言、念話で通達してピーターは全力でシュエマイの懐に飛び込んだ。

 彼に出せる全速力。

 自重がゼロに近いこともあって、ほとんど音速に近い。

 文字通り、眼にもとまらぬ速さで肉薄し。

 



「君のその姿、アンデッドと融合するスキルだよね?素晴らしいけど、欠点もあるようだ」



 あっさりと、動きを止められた。

 いつの間にか、床から生えた石の腕が、がっしりとピーターの足を掴んで、止めている。



「透過がすべて、君の意思で制御されているんだろう?つまるところ、君が知覚していない攻撃はすり抜けられないってわけだ」

「ーーっ!」



 図星である。

 たかが三十秒の攻防で、すでにそこまで見抜かれていた。

 人と霊体と、ゴーストハウスの融合体であるがゆえに、リタとは違い、透過能力の発動がすべてアクティブで行っている。

 どこまでも、シュエマイ・チャンシーが一枚上手。

 ピーターは、透過して拘束を振りほどく。

 だが、その一瞬が致命的。

 ――来る。

 何か攻撃が、どこかから来るとピーターは直感して。

 しかしそれが何処かはわからない。


 

「まあ、そこそこ楽しかったよーー奥義【地伏竜牙】」

  


 彼の宣言と同時、三つのことが同時に起こった。

 一つ、ピーターの足元にあった符が一斉に輝いた。

 二つ、ピーターの周囲の石床が、変形して、竜の顎の形をとった。

 三つ、それが、一瞬で閉じ、中にいたものを――ピーターを咀嚼した。

 その三つが、同時に起こった。

 ピーターをして視認できないほどの速さで展開された攻撃が、発動したのだ。




「制圧一丁上がり、と」



 直後、チャージした魔力も尽き果てて。

 【降霊憑依】が解除された。

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