〈教皇〉と〈精霊姫〉
〈冥導師〉ピーター・ハンバートと、〈神霊道士〉シュエマイ・チャンシー。
その戦いが始まる、ほんの少し前。
シルキーは、いつものように、カバ型のぬいぐるみ――に擬態した精霊に腰掛けながら、屋敷でアンバーと通話していた。
ピーターがそうであり、また多くの従魔を従える職業は
『――という次第でございます』
「なるほどね」
ピーターの後についていかせたアンバーからの報告を受けながら、シルキーは事態を把握していた。
〈精霊姫〉シルキー・ロードウェルは、内心で納得していた。
あの男が、ピーターに対して執着しているのは知っていた。
ゆえに、何かしらを仕掛けてくるのは想定内だった。
それを防ぐために、アンバーに監視させていたのだが、あっさりと捕獲された直後、逃げられてしまった。
アンバーからの念話によれば、シュエマイは、ピーターを捕獲した直後、餌と一緒に転移能力を持ったキョンシーを使って撤退したらしい。
転移スキルのような空間操作能力を使うアンデッドなどごくまれにしかいない。
たいていは、修復能力と、聖属性の弱点化のみであることが多い。
だが、アンデッドの製作と支配を極めた〈神霊道士〉ならばそういった配下を所有していても不思議はない。
シルキーは、ラピスラズリーーカバ型の精霊に乗って、追いかけ始めた。
ラピスラズリが展開する【蒼星障壁】による足場の上から、シュエマイが所有する
うっすらと、結界が敷かれていることに加えて、あたり一帯にステルス機能を展開したキョンシーがいるのがわかる。
おそらくは、偵察用のキョンシーだろうと推測できるが、正確な位置はわからない。
だが、それでいい。
そこにいることさえ知っていれば、対処はたやすい。
「【フリージング・ウェーブ】」
シルキーの宣言と同時に、あたりに、寒波が吹き荒れる。
気配を消していたはずのキョンシーが次々と落ちていく。
シルキーの、あたりを凍結させる広域制圧魔術であたりの空間ごと、全員を凍り付かせたのだ。
彼女は、自分の傍らにいる三体の精霊に指示を出す。
普段のような、ぬいぐるみとしての偽装をはぎ取った彼ら。
足元にいる、文字通り彼らの足である体長十メートルを超えるであろう星を敷き詰めた夜空のような肌をしたカバのような外見。
障壁の精霊、ラピスラズリ。
白と紫の稲妻によって構成された一頭の虎型。
稲妻の精霊、アンバー。
緑色とも水色ともどちらともいえない不可思議な色をした、人の背丈ほどもある体高のカラスのような見た目。
冷気をつかさどる精霊、ペリドット。
全員、シルキーの配下であり、その戦闘力はそれぞれ戦闘系超級職に迫る戦力がある。
「ペリドット、アンバー、アンタ達は結界破ってピーターを救出、救出出来たらこっちに戻ってきなさい。キョンシーやシュエマイ本体との戦闘は、可能な限り避けてアンタ達自身とピーター達の生存優先で」
「シルキー様は?」
「私は、老害の相手をしてあげるわ。ボケ老人の幼稚な振る舞いほど、本当に手に負えないものはないもの。引導を渡してあげるわ」
「おいおい、ボケ老人は、失礼じゃないか?たかだか二百を少し過ぎた程度だろ?エルフの君たちにとっては、せいぜいで一瞬なんじゃないの?」
「それとこれとは別よ、身の程知らずのクズが」
白い修道服、少年の様な顔立ち。
フランシスコが、シルキーの尖った耳をちらと見て茶々を入れる。
いつの間に接近していたのか、彼が展開した結界の上に乗っている。
ちら、と二人の様子をうかがってから、アンバーとペリドットが下に降りていく。
己の主から与えられた役目を全うするために。
「結局、何しに来たの?」
「ああ、まあちょっとやることがあってねえ」
「言い方が悪かったわね、単刀直入に訊くわ。誰を殺すつもりなの?」
フランシスコは笑顔だ。
笑顔を顔に張り付けて、殺気を隠しているのが丸わかりだ。
シュエマイならば、それでもいい。
どうでもいい。
だが、問題はそうでない場合だ。
「ああ、そういえばあの子は君の弟子だもんねえ、それで警戒してるわけか」
「申し訳ないけど、そこは妥協できないよ?僕たちの国の、あるいは世界の安寧のために、ね」
「……アンタたちが、教会側の過激派がしつこく〈降霊術師〉達を弾圧してるのは知ってるわ。でも、それを国外にまで持ち込む気?」
彼女とて、国の外の事情を何も知らないわけではない。
元々、ハイエストは聖職者や騎士といったアンデッドたちを疎むものが集ってできた国。
さらに言えば、建国と救国の英雄である、〈天騎士〉が〈不死王〉を討伐したというのもい大きい。
「いやまあそれもあるけどねえ、もっと別の事情があるんだよ」
「…………?」
「〈女教皇〉の予言が、十年ほど前にあった。まあそれ自体はいつものことだけどね」
〈女教皇〉。
〈教皇〉と同じ、聖職者よりの超級職ではあるが、回復魔法や浄化魔法を得てとする彼とはその能力特性はまるで異なる。
〈女教皇〉のスキルである【女教皇の権威】は、未来を見る能力である。
その発動条件はランダムであり、いつ未来が見えるのかは、彼女自身でも制御できない。
そして、未来の見え方もその時によって違う。
文章として出てくる場合もあれば、映像や音声が流れる場合もあるなど、規則性はない。
だが、その未来は干渉しない限りは必ず的中するということだけは、確かである。
この百年以上のハイエスト聖王国の歴史が証明している。
「んで、その予言の内容が、『ハンバート村に、世界に対して災厄を起こすものが現れる』ってやつだったんだよね。だから、村を村民ごと消しちゃったんだけど、生き残りがいたみたいなんだよね、だから念のために消すの」
それは、気軽な口調だった。
「オレンジの皮、捨てるの忘れてからゴミ箱に捨てておいたよ」という程度でしかなかった。
村丸ごと滅ぼしておきながら、更に何の罪もない人をさらに殺すと言っておきながら、それを何とも思っていない。
それを、シルキーは理解したし、納得した。
「わかったわ」
「おや、理解していただけるとは、嬉しいねえ」
「【ボルト・キャノン】」
手から、極太の雷光がほとばしり、フランシスコに直撃する。
「おやおやあ、何のつもり?ーー【エクス・ヒール】」
焼け焦げた腹部の穴を、フランシスコは一言で治す。
「話が通じる相手じゃないってことが、納得できるって言ってんの」
「あーなるほどね、確かに話通じないよね、君」
やれやれ、とフランシスコは首を振る。
「どうせもう死んでるでしょ、順当に考えれば、アンデッドに殺されたと考えるのが自然だ。さっさと滅しておくのが死者に対するせめてもの供養だと――」
「ごちゃごちゃうるさいわね」
シルキーは、ぴしゃりといった。
その言葉に気圧されて、フランシスコは一瞬固まる、押し黙る。
「死んでるわけないでしょ、私の弟子が。それに、殺させもしないわ。アンタは黙ってこの私に従えって言ってるの」
「傲慢だねえ、なるほど“妖精女王”何て言われるわけだ」
フランシスコは、アイテムボックスから、一本の杖を取り出す。
白と金を基調としつつ、赤い宝石の埋め込まれた、豪奢な杖。
彼が大枚をはたいて作らせた一点モノであり、今の彼が持ちうる、最強の装備。
「彼を助けたいならさあ、僕を倒してからにしなよ」
「その挑発、乗ってやるわ」
彼女もまた、戦闘態勢に入る。
両手から、魔力を変換して雷光がほとばしる。
フランシスコもまた、杖に魔力をともして、業火を噴出する。
ここに、超級職――神のごとき存在の戦闘が始まった。
〈教皇〉と、〈精霊姫〉。
そして、〈神霊道士〉の戦いが。
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補足
ハンバート村は、リタの故郷です。
ちなみに、ピーターは村長の娘であるリタの家名を勝手に使っているので、村人とかではないです。