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命の価値は

 言葉には、力が宿る。

 傑出したものが発せば、時に人の心を、体を兵器以上に動かしうる。

 シュエマイの冷たい声音を聞いて、ミクは動けなくなり、ピーターは警戒した鋭い視線を向ける。



「どうやって君が出てきたのかしれないけどね、僕は今忙しいんだ。あの聞き分けのない”妖精女王”がわざわざ出張ってきてね」


 

 が、その次に発した言葉には、冷たさはなかった。

 むしろ、緊張がほぐれた、と言わんばかりであり、ミクは少し警戒を解いた。

 ピーターの方は、未だ完全警戒体制であったが。

 彼女の対処で大変なんだよ、と彼は言うのを聞きながらチャージを開始する。



「……?」



 違和感があった。

 しかし何に違和感を感じたのかを考えるより先に、シュエマイが言葉を紡ぐ。



「まあ予想の範疇ではあったけど、あの二人が同時に来るのは最悪の展開だね」

「あの二人……?」



 一人はシルキーだろうと、先ほどの彼の言葉からわかる。

 ”妖精女王”はシルキーの通り名だ。

 ピーターがここに囚われたことに気付き、探しに来たのかもしれない。

 あるいは、それも彼女にとっては想定の範疇だったのか。

 攻め込むには、理由が必要であり、何もしていない相手に攻撃はできない。

 ピーターが攫われたという大義名分を得たことで、初めて攻撃ができるようになる。

 だが、そんなことは問題ではなく、もう一人が誰かということだ。

 一瞬シルキーの配下のことかと思ったが、〈神霊道士〉はモンスターを人数でカウントしたりはしないだろう。そもそも、彼等は四体いたはずだ。

 つまり、人間であるのは間違いない。

 なおかつ、彼が脅威に思うほどの戦力となると、限られてくる。

 そもそも、シルキーの性格からして人間の味方がいることに違和感はある。



「〈教皇〉のジジイだよ。本当に嫌になる、ただでさえ相性悪いのに……一対一なら楽なんだけど」

「…………」



 その言葉に嘘はないだろう。

 実際、〈教皇〉は彼の天敵と言っていい。

 聖属性耐性を付与した符などで対策はしているはずだが、それにも限度というものがある。

 加えて、シルキーもいるならばなおさらだ。

 〈教皇〉がシルキーに協力している理由はさっぱりわからないが、まあ彼なりの考えがあるのかもしれない、とピーターは納得した。



「まったく、余波(・・)だけでこっちにまで被害が及んでるの、勘弁してくれないかなあ?」

「……?」



 その言葉の意味は分からない。

 だが、わかることもある。

 すぐ近くに、シルキーがいる。

 であれば、さっさとここを出るべきだ。

 ――やるべきことを、やった後で。



「それはそうと、ミク、どうしてここにいるんだい?」

「え?」

「え?」

「は?」

「危ないからさっさと戻りなさい、君が消滅すれば計画はすべて水の泡なんだからね」

「「「…………」」」



 ピーターもリタも、そしてミクも、一瞬言葉の意味が分からない。

 先程から感じていた、違和感の正体がわかった。

 シュエマイは、ミクの裏切りを把握していない(・・・・・・・)

 状況証拠から間違いないことにも関わらず、ミクがピーターを逃がそうとしていることが理解できていない。

 彼は決して愚鈍ではない。

 むしろ、ここまでの読みを見ればその知性と能力に疑いはない。

 にもかかわらず、理解できて当然のことがわかっていない。

 わからない理由は単純だ。

 彼が、「ミクは絶対に裏切らない」と信じているからだ。

 それは、まさかの家族愛や信頼関係を見いだせる、どころではない。

 むしろ、その逆だ。



 シュエマイは、ミクを人として見ていない。

 道具だとしか思えない。

 ゆえに、彼女が意思をもって、自分の意に反する行動をとる可能性を考慮しない。

 例えるなら、麻雀で牌操作が行われている可能性を排除するようなもの。

 ありもしないこと(・・・・・・・・)、余計なことは考えるべきではないと考えているのだ。

 捉え方次第では、合理的とも取れるだろう。

 だがピーターには、その考え方が、悍ましい化け物にしか見えなかった。

 



「一つだけ、問いたい」



 切り札発動のための、時間稼ぎも兼ねて、ピーターは彼に問う。



「お前にとって、一番大事なものは、なんだ?」



 だが、質問内容は彼が本心から知りたいことだ。

 それをわかっているから、シュエマイは、訊かれたことに素直に答えた。



「もちろん、魔術研究の完成だよ。その為にあらゆるものを犠牲にしてきた」

「…………」

「君は言ったね。どちらが支配者かわからないと。君の言うとおりだよ、私は魔術の奴隷に過ぎない。だが、それでいい。私たちの宿願さえ叶えば」



 声音に、警戒の色はない。

 そもそも彼からすれば、研究所の外にいるシルキーやフランシスコこそ注意すべき相手であり、ピーターは取るに足りない雑兵でしかない。

 だから、その言葉には一片の虚勢もなく、ただ余裕と真実だけがあった。

 


「そうか」



 ピーターも、それを聞いて、理解する。

 彼の生き方を、あり方を。

 魔術研究がすべてで、彼も含めたすべてが彼の駒であり、消耗品。

 その考え方は、ピーターの対であり。



「お前は、馬鹿者だよ、シュエマイ・チャンシー」



 ピーターはそう結論づけた。

 決して相いれない存在だと。



「手段と目的を履き違えて、大事にするべきのことを蔑ろにして、道を外れた化け物だ」



 たしかに、魔術研究は素晴らしい。

 魔法を使うだけでは決して得られない知識を知見をピーターにも与えてくれた。

 また、魔術の勉強を通して友人もできた。

 加えて、魔術無くして、この国は成り立たないだろう。

 魔法職を圧制から解放し、国を作ったのは魔術に寄るものだし、今この国を物理的にも、政治的にも支えているのは間違いなく魔術だ。

 そして、これからもそうなのだろう。

 だから、魔術の研究をすることが悪だとは思わない。

 アンデッドを使った兵器開発、大いに結構。

 心からそう思う。



 けれど、シルキーは言った。

 自分の信念を貫くための力をつけろと。

 ピーターは修行を繰り返しながら考えた。

 自分の信念とは、家族と共に生き続けること。

 それが叶うなら、金も地位も名誉も、全ていらない。

 人に嫌われても、憎まれても、ピーターにとってはどうでもいい。

 金も力も、目的以外のものは、信念を貫く手段に過ぎないのだから。



 ただそれでも、許容できないことがある。

 それは、最も大事なはずの自分の命を取るに足りないものだと諦めてしまっている一人の少女であり。

 魔術のために、魔術で救われるべき人を贄にしようとする、命を弄ぶ外道である。

 どちらも止めなくてはならないと、ピーターの心が訴える。

 ちらりと、横できれいな目を見開いている、シュエマイを睨んでいる、リタを見る。

 彼女は、純粋だ。

 ゆえに、この短時間とはいえかかわったミクを、もののように扱っているシュエマイを、彼女もまた許容しない。

 ましてや、ピーターにも危害を加えようとしているのだからなおのこと。



「あんたの目論みは、何一つとして叶わない。なぜならここで、負けるからだ」



 ここで自分達がお前に勝つと、ピーター・ハンバートは宣言した。

 本来ならば、無謀だろう。

 相手は超級職。レベル差だけでも倍以上。

 更に、ステータスでは十倍以上の差があるはずだ。

 更に技術や経験だって比較にならない。

 瞬殺される、という言葉すら遅く、生ぬるいだろう。

 だが、こと今の状況に於いては当てはまらない。

 まず、〈教皇〉と〈精霊姫〉の攻撃の余波からの防衛に、神霊道士は戦力のほとんどを費やしている。

 迷彩と強力な毒を操る暗毒蜂や、影から影へ転移する能力を持つ影縫甲、何ものにも傷つけられない無敵化のスキルを持った現時点での最高戦力の無敵外殻など、一点もののキョンシーをはじめ、彼が動かしうる キョンシーのほぼ全てを使っており、戦力としては九割だ。

 更に、もう一つ不利たらしめる要素がある。

 シュエマイはピーター・ハンバートを傷つけることは出来ても、殺せない(・・・・)

 彼の目的の為には生きたまま確保する必要があり、なおかつ相手は回復魔法も蘇生魔法も効かない。

 故に、僅かながら戦況はシュエマイが不利であった。

 そのことを、ピーターは気づいている。



「リタ、力を貸してほしい。僕達と、僕の信念のために」

「もちろん!」



 二人は、スキル発動の瞬間を見計らって待機する。

 彼の意志を、貫くために。



 シュエマイも、彼の不利に気づいている。

 しかしそれでも。




 だからどうした。

 彼の名は、シュエマイ・チャンシー。

 〈神霊道士〉であり、キョンシーの支配者。

 数千人分の武力を持つともいわれる、超級職の一人。

 積み上げ、突き詰めた道の果てに至りし者。

 実力差を考えれば、ちょうどいいハンデである。

 この程度の試練ごとき、達成できなくては到底悲願は成就しないだろうと、彼は考える。

 ゆえに、悠然と構える。

 ピーターを制圧し、願いを叶えるために。

 



「勝たせてもらうよ、私の、私達の為にね!」

「かつのは、わたしたちだよ!」

「ーー【降霊憑依】!」



 シュエマイは、アイテムボックスから出した符をばらまき、ピーターは、彼の保有する最大最強のスキルを行使する。

 こうして、戦いが始まった。

 アンデッドを扱うもの同士の、それぞれにとって譲れないものを懸けた一戦だった。


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