蜂のように刺して
「最後って、言うのは?」
「ですから、最後なんですよ。私は、もう今日で終わりなんです」
「何を、言っているんですか?」
彼女の言うことが理解できない。
したくない。
彼女の目を今日最初に見た時、いやな予感はしていた。
いつかの、ピーターが、ピーター・ハンバートになる前の目と同じ。
現状に絶望し、生きることを諦めてしまったものの目だ。
彼女の言葉の意味は、明白だ。
子供でも理解できる。
彼女はもうすぐ死ぬと、そういったのだ。
病気ではない。
彼女はアンデッドだ。アンデッドは細胞の活動が止まっており、内部でウイルスや菌が増殖することも、体内に腫瘍が発生することもない。
誰かに殺されると、彼女は言っているのだ。
「だ、だめですよ。事情は分からないですけど、まだあきらめたらダメです。とりあえず事情を話してみませんか?」
仮にも首を切られて無事でいられる彼女は、早々なことでは死なない。
今日外出を許したのは、父親としてのせめてもの情だとでもいうのだろうか。
「私は、ダメなんです。生きることすら望まれていない、生きていたって仕方のない、そういう存在なんです」
「そんなことはない!」
「どのみち、私は今日ここまでです。許可されていませんから」
救う方法はないのか。
いや、或いはもう一つだけあるかもしれない。
彼女の言葉が、言葉通りの意味でしかないのであれば、或いは。
ピーターは、提案をしようとして。
「どうせ、私はコアになる以外何もできない」
「そんなことはーー」
「そうでもないよ、ミク」
声がした。
それは、今一番ピーターがききたくなかったはずの声。
ピーターも声を出そうとして。
出せないことに気付く。
出す余力が、すでに残っていないことに気付く。
いや、出す機構がもうないことにというべきか。
「……あ」
「ピーターさん!」
ピーターの体を、何かが貫いている。
その何かは、蟲のように見えた。
黒々とした、ドリルのようなものがピーターの腹部を貫いている。
ドリルの主は、蜂がねじくれたような造形をした化け物だった。
手足が、首が、ねじ切れかけた状態で取り付けられている。
蜂の尾部から、ドリル上の先端をした触手が六本、生えている。
その内に一本が、ピーターを刺したのだ。
されどそれは蟲ではなく……頭部に符の着いたキョンシーと呼ばれる、アンデッドの一種だった。
無論、何に貫かれたかというのは大した情報でもない。
原因が何にせよ、致命症なのだから。
「ご、ぼえっ」
ピーターが、口から盛大に血をまき散らす。
皮膚を切り裂かれるような痛みとも違う。
異物感と、違和感、圧迫感。
そして、体に空いた穴が致命的であるという死の予感がピーターを襲う。
とっさに、リタを【霊安室】に戻してしまった。
意識がもうろうとしており、再度リタやハルを出すこともできない。
【霊安室】の明確な両者の合意を必要とする性質が、デメリットとして働いた形だ。
淡々と、シュエマイはミクへと説明する。
「君がひきつけていくれたおかげで、彼を捕らえることができた。エサを撒いておいたかいがあったね」
「あ……」
もとより青白い顔が、更に白さを増す。
そもそもが、変な話だった。
ミクは、今まで一度も行動の自由を許されたことがない。
その程度の存在だ。
だというのに、いくらもうすぐ終わるからといって、自由に外出してもいいという話になるのか。
「先日のダンスパーティで確信した。理由はまるで分らないが、この青年はミクに強く執着している。であるのならば、彼女を自由にさせておき、出会わせておびき出せばいい」
加えて、ミクとピーターの行動範囲も似通っている。
基本的に、ミクが本当に行くのはシュエマイに言われて学院に行くときだけであり、当然学院の生徒であるピーターとかち合う可能性が高い。
あとは、張り付けた符の位置を探りながら、タイミングを見計らって仕掛けるだけ。
そこまで、完璧な読み。
乱数も絡んだろうが、それでもしっかりと読み切って見せた。
「うんうん、素晴らしい。ハネマンってところじゃないかな?」
これが、〈神霊道士〉。
盤上にある駒を自在に操り、速度で勝る前衛超級職すら倒しうる圧倒的な読みこそが、彼の持ち味である。
彼は、満足げにうなずいて、ミクにそのまま歩み寄ると、ポンポンと頭をなでる。
「ありがとう。さすがは私の娘だ」
ミクは動けない。
血でつながった親がそばにいる以上、彼女の行動はもはや彼女のものではない。
まして、ミクのせいでピーターが致命傷を負っているのに、動けるわけがない。
心が折れているのだから。
ただ、膝を地面につけるのが、彼女が唯一できたことだった。
「これで、より私の研究は完成に近くなる」
薄れゆく意識の中で、ピーターが最後に見たのは、彼女の顔。
ピーターの血にまみれて、青白い顔をより蒼白にして。
絶望の表情を浮かべたミクの顔だった。
ーーやめてくれ。
ーー君に、そんな顔をさせたいのでは、断じて無い。
そう思ったまま、彼の意識は闇へと沈んだ。
◇
めざめると、そこは知らない天井だった。
薄汚れた天井には、壁には、多数のキョンシーが配置されている。
床にもあったが、少し気づくのが遅れた。
ピーターの体が少し高い位置にあったからである。
何か、大きな穴にピーターの体がはまっており、そこに拘束具で固定されている。
何か巨大な構造物に埋められているらしいが、それが何かはピーターには視認できない。
「ここは……」
「ああ、おはよう」
「生まれ変わる心の準備はいいかな?ピーター・ハンバート君。もっとも、その意思が君になくても私はそれを実行するのだけれどね」
スキルは使えないよ、そういう術を使ったからね、とひょうひょうと語った。
なるほど、試してもピーターはまるでスキルを使えない。
何かに組み込まれている。
管のようなものが全身に刺さっており、その管には札がびっしりと取り付けられている。
「【スキル封印】……」
「おっと理解が早いね。流石は”妖精女王”の一番弟子ってことになるのかな?まあすぐにまたゼロ人になるんだけどね」
ダンジョンには、様々な罠が存在し、それによって状態異常になることもある。
毒や、麻痺、昏睡などの様々な状態異常があるのだが……その中には【スキル封印】という状態異常がある。
効果としては、スキル発動の封印。
どうやら、常時発動している【霊安室】は解かれていないらしい。
もしも、それまで封印できていたら、どうなっていたかまるで分らない。
ハルに押しつぶされていたかもしれない。
あるいは、そういう事態を懸念して、パッシブスキルまでは封印していないということか。
「僕を殺すってことは、師匠を敵に回すということは理解しているのか?」
「ああ、理解しているよ。それが問題になりえないこともね」
ピーターは既に敬語を使っていない。
グレゴリーと同じ、そうするに値しない存在であると判定しているがゆえに。
「この国には、二種類派閥があってね。一つが内政派、もう一つが武闘派だ。わかりやすく言えば、兵器開発をほどほどに抑えようね、派ともっと兵器を開発しよう、派のことさ」
「……そうなのか?」
そういった政治的派閥の話はシルキーからも聞いたことがなかった。
あるいは、意図的にシルキーはその話題を避けたのかもしれなかった。
「君の師匠は前者、私は後者。そして、武力的に考えてどちらが優勢かはなんとなくわかるだろ?」
軍拡を唱えるのは、武力に自信があるものだけだ。
つまり、対立すればシルキーの側が負ける。
それが兵器開発のためであれば、ピーターの死さえもどうにかできてしまうと彼は言う。
「私たち、魔術を極めたものがこの国を支配している。悪く思わないでくれたまえ」
「……どっちが、支配者なんだか。魔術の奴隷め」
睨みつけながら、ピーターは毒づく。
が、シュエマイは答えた様子もなく、首を縦に振った。
そして足を踏み出し、顔をピーターに振れるか触れないかの距離まで近づけると。
「知り合いから噂程度に聞いていた、【邪神の衣】。絶対に、我が一族の糧にして見せるからねえ」
「……地獄で言ってろ」
ランランと目を輝かせて、そういった。
ピーターは吐き捨てた。
吐き捨てるしか、できなかった。
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