麻雀は運と知略
食事と会話を終え、店主ににらまれながら店を出る。
自身に原因があるのだが、二度とこの店には来れないなとピーターは思った。
少しだけ歩いて、ピーターはミクに向きなおって頭を下げる。
「ミクさん、すみません、さっきは魔術を馬鹿にするような言い方をして」
「いえ、それがきっと、人間としては自然なんでしょう」
「お兄さん、ここ二、三年間は父は一度も人を殺していません……。そもそもが、アンダーホールからも埋められた死体しか回収しかしていませんでした」
「……そうなんですか?」
「ええ、父は死体しか求めていませんから」
ピーターは納得し、少しだけ安堵できた。
しかし、ここ二、三年のみであるというのは、どういうことだろうか。
まるでそれ以前は殺していたかのような。
「ねえ、もうちょっといっしょにあそばない?」
「リタちゃん……」
「リタ……」
辛いものと甘いものを食べて記憶が飛んだのか、あるいはピーターの態度に感化されたのか。
ミクへの態度がかなり軟化していた。
ただ、悪意のない者に対しては、こうしてあっさりと評価が変わりやすいのがリタの特徴でもある。
とりあえず、ピーターとしてはもうするべきことは終えたと感じているので、リタの言葉に従おうと思った。
「ミクさん、大丈夫ですか?」
「あ、ええ大丈夫ですよ。今日は好きにしていいと言われていますから」
「なるほど。何処か行きたいところはありませんか?」
「あ……」
「どうかされました?」
「あそこ、行きたいです」
一つの店を、ミクは指していた。
どこかほかの店とは違う、よどんだ空気。
そこには、雀荘と書かれていた。
雀荘と書かれた看板を見ながら、薄汚れた引き戸を開けて、中に入っていった。
中には、四つの椅子に囲まれた緑色の正方形の机がある。
机は、一つを残して空いており、いわゆる閑古鳥であった。
三人の大人が座って、白い小さな四角形の物体を動かしている。
何かしらのゲームなのだろうと思った。
他には、少し離れたカウンター席に一人だけぽつんと老人がいる。
おそらく、この店の店主だろうと思われた。
加えて、全員東方帝国の服を着ていた。
「あの、ミクさんここは?」
「いらっしゃいませ、雀荘へようこそようこそようこそ!」
いつの間にか店主が近寄ってきた。
どうにも、好意的な態度であると感じた。
「これ、どういうゲームなんですか?」
チェスやリバーシというゲームならばピーターもある程度ラーファやアラン、ラーシンに教わって、知っている。
だが、このゲームは聞いたことがない。
東方帝国出身のミクが知っているというのは、おそらくはそちらの遊戯なのだろう。
とりあえず、ルールを教わるところから始めることにした。
最初は、ミクに教えてもらいながら、他の客と打つことにした。
普通なら、そんなことは見過ごしてくれなさそうなものだが、他の客は予想に反してなぜか快諾してくれた。
なぜだろう、と考えかけて、気づいた。
この店はいくらかさびれており、客もまばら。
なぜか。
答えはピーターの中にある。
ピーターは、アランなどから卓上遊戯の類は教わっており、こういうゲームへの知識は冒険者の中ではもっとも高いくらいである。
が、そんな彼でさえ存在自体を知らない。
周りの客の服装を見る限り、彼らは東方帝国の人間であり、この競技も東方帝国特有のものであると推測される。
そして、ここは東方帝国ではない。
マギウヌスは、西部にあるハイエストと大陸東部にある東方帝国、北部の亜人連邦、南部の公国に囲まれている。
様々な国から魔法職の移民や留学生が押し寄せる。
単純計算しても、東方帝国出身の留学生は四分の一。
そして元々ここで生まれたもののが大半であると考えれば、
つまるところ、競技人口が少ないのだ。
少なくとも、この国やハイエストではほとんど人がいない。
すこしでも人口を増やせるなら、多少のルールの不正は見逃してくれるということだろう。
新参者や外様に優しくできなければ、そのコミュニティは廃れていくということを教えてくれたのは、〈魔王〉だったか、ラーシンだったか。
ミクが教えながらやれるということで、ピーターは麻雀を始めることになった。
「あ、えーと、ツモです」
「おっと、チッチ―か。やるねえ」
「すごいねえ、兄ちゃん」
「あ、ありがとうございます。ミクさんが後ろにいるからですけどね」
「いえ、後ろから見てるだけですから。やっぱりお兄さんの判断がいいんですよ」
得点を表す棒である点棒を他の客から受け取り、棒を自分の手元に置く。
ミクの教え方がいい。
傀儡のようにピーターに指示を出すのではなく、役を教えるだけ。
あくまで考えるのは、ピーター自身である。
ちなみにリタは、麻雀には興味がないらしく、少し離れたところでピーターが購入したお菓子に舌鼓を撃っている。
あとで、回収しなくては、とピーターは考えた。
「というか、嬢ちゃんもまだちっさいのによく麻雀なんてわかるなあ」
「はい、幼少期に父に教わりましたので」
「…………」
ミクが言うところによれば、麻雀は、運と読みのゲームなのだそうだ。
それはピーターにもわかる。
実際、彼がミクのアドバイス込みとはいえ勝てているのはおそらくは運が良いからに他ならない。
そして、それは戦術の勉強になりえると言われ、父に教わったらしい。
どれほど戦力があろうと、戦術を練ろうと、運が悪ければ負けるときは負ける。
なので、運によって左右されることを前提とした麻雀をすることで、戦術を学ぶことができる。
そういう主張で教わっていたらしい。
「確かに、経験上納得は出来ますね……」
戦闘を幾多の經驗してきたピーターは、なるほどと思った。
「兄ちゃん何で知ってんの?兄ちゃんそんな戦ってんの?」
「そういうゲームではないと思うぜ嬢ちゃん……。ただの吉凶を占うゲームだから」
「いやそれも違うだろ」
「今日は、ありがとうございました。愉しかったです、久しぶりに」
「それは良かった」
先ほどピーターの発言で、重くなってしまった空気だったが、ピーターは
雀荘では、ピーターだけが楽しいのではないかと不安になったが、そうでもないようで安心である。
ともあれ、気がつけば夕方であり、薄暗くなっていた。
この国では、オーバーカレッジのどこにいても、高所にいるために綺麗な夕陽を見ることができる。
曇り空でも関係ない。
雲の上から下を、見下せる。
「きれいですね……」
「ええ、そうですよね。ここの夕日は、本当にきれいなんです」
「きれー!」
ピーターは、はっきりと夕陽を見ていなかった。
シルキーの邸宅にいるときは、日は見えず、オーバーカレッジでも、たいていは陽が沈む前に帰宅していたから。
だから、今日初めて見た夕陽を、純粋に美しいと思った。
「そういえば、ミクさんは日光は大丈夫なんですか?アンデッドなのに」
「耐性の符がありますから」
ミクはそういって、顔に貼られた符を指で指し示す。
なるほど、仕組みはわかった。
〈道士〉系統は符を使い、魔法を行使する。
〈神霊道士〉やその手前の上級職である〈霊道士〉はアンデッドの運用と、もう一つの分野に長けているが、それ以外にもできないというわけではない。
体制を付与した符でアンデッドや自身を守るのは、シュエマイ・チャンシーの十八番なのだろうと推測する。
そういえば、先日襲ってきた百足キョンシーも、耐性を引き上げる符を張り付けていたなと思い出す。
が、そのことについてはもう今更言及するつもりはなかった。
「お兄さん、今日は本当にありがとうございました」
「いえ、別に全然……」
むしろ、楽しませてもらってのはピーターのほうではないだろうかとさえ思う。
今日、彼女のことをある程度しれた気はするが、どうするべきか。
「最後に、いい思い出ができました。だから、いいんです」
「……は?」
あまりにも理解不能な、理解したくない言葉が、ミクの口からこぼれた。
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