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自由のための魔術、魔術のための自由

 ピーターとミクは、マーボードーフとライスを食べ終えた。

 香辛料の効いたマーボードーフは、ラースとの相性が非常に良い。

 また、中に入っているトーフと葱の触感もいい。

 大きく切られたねぎは綽綽として、トーフは口の中で一瞬でとろける。

 ピーターは今まで食べたことがなかったが、辛いものが好きなので、本当に毎日食べたいと思えるようなものだった。



「からいよー」

「おー、よしよし。大丈夫、大丈夫だから、ね?」

「……うん」


 リタの方は、涙目ではちみつ味の飴をなめながら、辛さをある程度やわらげて正気を取り戻していた。

 因みに、飴玉はちょうどいい皿もなかったんでピーターの手の上に置かれており、ピーターは恍惚の表情を浮かべていた。

 実体のないゴーストゆえに舐められている感覚はないが、そんなことは問題ではない。

 舐められていると感じているかどうかではない。

 ただリタがいるかどうか、そして何をしているかが重要である。

 舐められているという事実こそが、ピーター・ハンバートにとっては大事なのだ。

 


「あの、だいじょうぶですか?」

「……。えっ、ああ、大丈夫ですよ。食後の一服のようなものです」



 が、そんなことをミクが理解できるはずもなく、普通に心配されてしまった。

 こういう何でもないときに心配されるのは、罵倒されたり気味悪がられたりするより心に来る。


 水を飲みながら、ピーターはリタが舐め終わった飴を口の中で丹念に味わっていると、ミクが聞いてきた。

 飴を溶かし終わって、ピーターは口を開く。



「そうですね、訊きたいことは、ミクさんもわかっているんじゃないですか?」

「ええ、あの時の、『魔術師の匣』の一件ですよね?」



 やはり、とピーターは確信を深める。

 あの時、現場にいた浮遊する少女はミクだった。

 ほとんど確定だと思ってはいたが、



「単刀直入に言います。どうして、あそこにいたんですか?」

「それは……お父様がキョンシーを派遣しようとしていたからです」

『それは、犯行を認めるということでよろしいのでしょうか?』

「しかたありません」



 一件落着なように見える。

 だが、


「仕掛けたのはあなたじゃないですよね?」

「だって、そんなこと貴方にはできないからです」


 単純な話だ。

 キョンシーを使うということは、魔法でアンデッドを制御すること。

 魔法の使えない彼女にそんなことは出来ない。


 付け加えるなら、あのキョンシーは正面から現れた。

 



「仕掛けたのは、〈神霊道士〉シュエマイ・チャンシーだ、違いますか?」

「それについては、お答えできません」

「…………。質問を変えましょう、貴方はどうしてあそこに来たんですか?」


「あのキョンシー、そんなに強かったんですか?」

「一点もののキョンシーではあったはずです。特殊な素材を使い、空間を食い破って突き進むスキルである【空間穿孔】と【気配遮断】に秀でていたと聞いています」


 ピーターは思い返す。

 『魔術師の匣』は空間が断層になっており、決められたルートを通らなくては進むことは出来ない。

 通ろうとしても、空間の壁に阻まれてしまうため、どれほど固い武器でも突破はできない。

 だが、空間そのものを貫くスキルである【空間穿孔】なら突破は可能だろうし、【気配遮断】を使えば、〈教皇〉にも気取られることはなかっただろう。

 だが、【気配遮断】は、目視されると機能しなくなるため、ピーター達には使えなかった。

 【空間穿孔】を使ってくる様子はなかったが、スキルに使うMPが枯渇したのか、あるいは早々とお粒をはかしたことが原因か。

 とにかく運が良かっただけで、状況次第ではあっさり負けて、捕獲されていたということだろう。



「そのキョンシーは、捕獲用?」

「はい、そうです。あの、本来は、アンダーホールから人を攫って実験に使うための……」

「そんなことをしてるのか!」



 机の上に、拳をたたきつけていた。

 痛みと、大きな音を出したことで視線が一斉にこちらを向くのを感知するが、それどころではない。

 ある程度の身分であれば、魔術実験などのために人をアンダーホールから持ち出してもいいとされている。

 職業という唯一無二の性能を誇っている人間は、誘拐の需要が常にある。

 ピーターもそれは実際に誘拐事件に巻きこまれたことで知っている。



「父の、持ち出している量は、多すぎて、違法ギリギリなんです」

「そんなのは理由にならないでしょう……」



 しかし、同時になぜあっさりピーターが勝てたのかわかってしまう。

 あのキョンシーは、本当に無力な一般人を捕獲することを前提としたもの。

 ゆえに、捕獲とステルス能力に秀でており、戦闘能力にステータスがまるで割かれていない。

 戦闘系上級職に正面から打ち勝てるハルや、戦闘系魔法職のいたあの状況でなら間違いなく勝てた。



「もうすぐ、お父様はすさまじい研究結果を発表する予定があります。こんな時に、キョンシーが暴走したなんてことになったら、研究の終わりが遠のいてしまう」

「だから、しばらくの間黙って見過ごして欲しい、ということですか?そんなことをしても、結局意味がないように思えますが……」


「お兄さんは、魔術の研究をどう捉えていますか?」

「え?」


 不意に、全く分からない角度から切り込まれた。


「それは、魔力操作と、魔法の根源的術式を理解して、術式を新たに構築していって……」

「ええ、そうですね。個人の尺度で見ればそうだと思います。でも、魔術の研究はそういう尺度ではかってはいけないんです。その程度の尺度(・・・・・・・)で見ていては、魔術は発展しません」

「……?」

「まず第一に、家として魔術の研究をしていることが重要です。親から子へ、そしてその子がまた親になりその子供へ、という感じで受け継がれていきます」

「なるほど」



 マルグリットやジークのような元々名家における話は本人から聞いて知っていた。

 しかし、それは王族貴族のように地位を受け継ぐためのものだと思っていた。

 だが、それだけではないとしたら。

 


「一族で受け継ぎ、発展させて何百年もかかって一つの魔術を作っていくということ。それが、魔術を極めるための手段なのです」



「ミクさんは、その研究の完成とやらを望んでいるのですか?」



 ピーターがそう口にした瞬間。

 ミクの顔が固まった。

 が、それも一瞬のこと。

 ミクは、笑顔で。こういった。



「ええ、もちろんです。それが私の、お父様の娘としての望みであり、存在意義ですから」



 今にも壊れてしまいそうな、切なさを浮かべた笑顔で。

 彼女は、そういった。

 ピーターは、悟った。

 彼女の事情はよくわかっていないが、納得しているわけではないのだろうと。

 


 ――だから、彼は彼女に思ったことを本心から伝えると決めた。



「この国の、成り立ちを知っていますか?」

「知ってますよ、お兄さん、私も絵本を読んだことがあるので」


 ミクの反応を聞いて、なるほどと納得した。

 そういえば、彼女は始めたあったとき、彼女に救われたときに、絵本コーナーの近くにいたはずだと思い出す。

 あの時はどうも思わなかったが、彼女がいたのは彼女も絵本を読んでいたからではなかったか。


「奴隷だった魔法使いが解放されるために、戦ってきたのですよね?そして国を作るということで、自由を勝ち取ってきたはずです」

「そうですね」



 自由を得るために、奪われないために、彼等は戦ってきたのだろう。



「もし、あなたの言うことが正しいのなら、それは魔術のために消費されているのと同じなんじゃないですか?」

「…………え」

「暴虐な王の支配から逃れても、魔術のために命をすり減らしているのなら、それは魔術の奴隷でしかないんじゃないんでしょうか」

「…………それは」


 

 今度は、ミクは何も返してこなかった。

 沈黙が、とても痛いとピーターは感じた。

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