辛口な食事会
『結局、どこに行くのですか?』
キョンシーに襲われた、翌朝。
今日は学院が休みだ。
七日に一度だけ、そういう日がある。
これはハイエストでも同様であり、仕事などを休むべきとされている日は一日ある。
ただ、ピーター達冒険者はそんなこと知ったことか、とばかりにふるまうのであまりピーターはそこを把握していなかったりする。
普通に考えて、相手のもとを訪れるときには事前にアポイントメントを取るのが世の常だが、今回は例外だ。
彼の手元には、シルキーに書いて貰った紹介状がある。
この国の最高権力者たる十賢である彼女の紹介状の効力は大きい。
これさえあればまずは入れるから大丈夫、とシルキーには太鼓判を押された。
そんなわけで、今回は特に事前に連絡することもなくその足で向かっている。
どうやって、浮遊島に行くのか、ということだが、そもそも浮遊島を所有するものは、人を招く手段を持っているらしい。
例えば、飛行モンスターを所有したり、足場となる魔法や魔術を行使したり、とさまざまである。
とにかく、目的地に行くことには問題はない。
むしろ問題なのは、その後だ。
「いったとして、そのあとどうするの?」
「……それは実際に会ってから考えるよ」
ミクが、なぜあの場にいたのか。
ミクがキョンシーを仕掛けたのか。
シュエマイ・チャンシーは、何を考えているのか。
その答えによっては、何もかもが変わってくる。
それでも、まずは彼女の口から聞きたかった。
ピーターにとって、命の恩人という存在は大きすぎる。
自身の職業を知られて、家族に縁を切られてから、彼にとって世界は百八十度変化した。
大都市であるアルティオスでなければ、故郷を追われた彼に居場所はない。
閉鎖的な村では、よそ者に居場所はない。
ピーターのいた村はそこまで排他的ではなかったが、それでもピーターは、どうにもならないと思った。
行商人と、村人同士に対しての態度は、まるで違っていた。村人同士は、家族化親戚に近い間柄なので、異常ではなくむしろ正常ではある。
外様の子供では、付近の村に移り住んでも生活は難しいと感じた。
ゆえに、彼は大都市まで行くことを決めて、アルティオスに流れ着いた。
だが、大都市ではまた別の危険があった。
人が多ければ、多種多様な人間がいる。
多様な人間がいれば、それはすなわち様々な職業があるということで、その中には【鑑定】を持っている職業がある。
そして【鑑定】があればすなわち〈降霊術師〉であることがばれる……という最悪の現実が存在した。
そして、そのどん底の状況下で、ピーターは、とある店を切り盛りする店主に拾われ、そこに住み込みで働くようになった。
店長であるラーシンは、「ちょうど働き手が欲しかったんだよ」と笑っていた。
それからしばらくしてピーターは、冒険者をはじめ、店を辞めた。
だが、定期的に客として顔を出したし、店番を頼まれれば応じたし、彼の娘と妻のは神在にもいった。
今のピーターにとって、共に生きる存在がいてくれる状態の彼にとって、命の恩人の存在は何よりも大きい。
それこそ、その人物に殺されかけた可能性があるとしても、怒りを抱けないほどに。
「直接話して、彼女の話を聞いて、考えて。結論を出すのは、それからでも遅くないと思う」
ピーターは、彼女と、そしてシュエマイと相対するときが来ていると考えた。
だから。
「……え?」
「あ、お兄さん?」
「どうも」
「こんにちは、奇遇ですね」
どこか、不自然な印象を受けた。
とりあえず、彼女は普通に服を着ているのを安堵した。
「すこし、ご飯食べていきませんか?」
「え?」
ピーターの提案に、彼女は、戸惑った顔をした。
まあ、そういう反応になる。
ピーターは、妙な意図があるわけではないことを何とか示そうとした。
「ええと、お時間があれば、ですけど」
「……構いません」
「ありがとうございます」
何か思案した後に、ミクは了承した。
ピーターは安堵した。
「ご飯、誘っておいて言うのもなんですけど、ちゃんと食べれるんですね」
「ええ、まあ、食べなくても死ぬわけではないですけど」
内心でよかった、とピーターは安堵する。
これで、ハルやリタのようにそもそも食事ができないのであれば、ただの煽りになってしまっていた。
手を握られた時、水分を含んでいることはわかっていたので、おそらく食事をとれるタイプだとは思っていたが。
「ですから、久しぶりですね。こうやってご飯を食べるのは」
「そうですか」
さすがに、シルキーの家に彼女を連れ込むわけにもいかないので、本島にある飲食店に入っていた。
この国の常識に沿えば、ピーター、リタ、ミクでカウンター席を占拠するわけにもいかないので、テーブル席に案内してもらう。
テーブルに置かれたメニューに視線を落とすと、シチューやハンバーグといった見慣れたものと、見たことも聞いたこともない料理が並ぶ。
すべての料理には、簡単な説明文がついており、知らない料理であってもそれがどういうものかがわかるようになっている。
その中には、生魚を食べやすい大きさに切った料理や、血液を詰めたソーセージ、更には虫を油で揚げたものなど、ピーターからすれば何がいいのか理解に苦しむ料理もあった。
おそらくは、ピーターの知らない国の料理なのだろう。
様々な国出身の者たちが来るゆえに、あちこちの文化が融合していると察せられた。
「何か、食べたいものはありますか?」
「いえ、とくには、あ」
「?」
「これが、食べたいです」
彼女が指したのは、マーボードーフという料理だった。
香辛料をふんだんに使った料理であり、豆腐なる豆を使った食品を使っている料理らしい。
全くもって、ピーターには何かわからない。
おそらくだが、東方帝国の料理なのではないだろうか。
「じゃあ、僕もそれにします」
「おいしいですよ、保証します」
随分と、信用があるらしい。
ピーターは初めて、ミクの自信にあふれた発言を聞いたきがした。
その後すぐにマーボードーフと、ライスが運ばれてきた。
ピーターと、ミクは匙を入れた。
「これです、この刺激、辛さ、最高ですね!」
嬉しそうな顔で、マーボードーフを食していた。
彼女は、どうやら本当にこの料理が好きらしい。
「父が、一度だけ作ってくれました。私が死んでから、食べた料理はそれだけです」
「……ああ、なるほど」
ピーターには、その理由がなんとなく分かった。
アンデッドの中には、感覚が残るものと、一部しか残らないものがいる。
例えば、リビングアーマーなどは痛覚がないし、スケルトンのハルには味覚と嗅覚が残っていない。
そしておそらくだが、先ほどの反応を見る限り、ミクには味覚が残っていない。
それとは別の刺激である辛さだけは感じられるのだろう。
だから、それが出されたのだ。
彼女のことをよくわかっているのだな、という気持ちと、たった一回なのか、という思いが同時にピーターの中に去来した。
「ぴーたー、わたしもたべる!」
『「「え?」」』
唐突に、リタが割り込んできた。
普段お菓子しか食べない、味わわないリタだが、どうやら好奇心がわいたらしい。
無理もない。見た目からはまるで味を想像できない未知の料理で、おまけに香辛料の香りは食欲をそそる。
だがしかし。
いや、ちょっと待ってほしい。
ピーターの気持ちを表せば、そうなっただろうか。
彼は、基本的にはリタの意見は全肯定である。
彼女がお菓子が食べたいと言えばお菓子を買い、彼女が絵本を読みたいと言えば買ったり図書館に行ったりする。
だが、この瞬間だけは肯定できなかった。
止める間もなく、ピーターの意思に関係なく、リタは彼の食べ残したマーボードーフに口を突っ込み。
「~~~~~~~~~~~~~~っ!」
声なき叫び声をあげて、リタは転げまわった。
『奥様!』
「リタ、大丈夫?水に口付けて!」
「あの、どうされたんですか?」
「リタは、辛いのダメなんですよ……」
「ああ……」
以前、ぴーたーが辛い料理を食べている時にも、口を突っ込んで大騒ぎしたことがあった。
その時学んだ教訓として、彼女は辛いものは食べられないという事実があるのだが、残念ながらそれを活かせなかった。
「仲、いいんですね。本当に家族みたいです」
「いえ、家族ですよ?というか、ミクさんは良くないんですか?」
「ええと……」
気まずそうに笑う、彼女に対してピーターは訊かねば良かったと後悔した。
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甘いもの好きな人、辛い物苦手なイメージあるんですけどどうですかね?
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