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彼女と彼女

「どうして、あいつのこと、だれにもいわないの?」



 リタの質問、その声はいささか固い。

 彼女は、ピーターの配下ではない。

 契約している、パートナーだ。

 ゆえに、彼の判断に疑問を呈することもあるし、不満も持つ。

 特に、ピーターが危険に陥っているようなときは、それが顕著である。

 ピーターは、確かに、家族に勘当された悲しみをリタと出会ったことで乗り越えた。

 しかし、それですべてがなかったことにはならない。

 彼の自己肯定感は、非常に低く、自分が傷ついてもさほど危機感を感じない。

 それこそ、自分が死ねばリタやハルが危険に晒されるという事実がなければ、彼自身が傷つくこと自体には何ら忌避感も恐怖もない。

 だから、脅威に対して鈍感になりがちだった。

 そして、ソレを彼に近しい家族や友人たちは案じていたのである。

 今回のキョンシー騒動と同様に。



「あいつ、というのはミクさんのことかな?」

「そうだよ。もしかしたら、あのこが……」

「それを裏付ける証拠はないよ、リタ。僕は、あの子のおかげですでに二度たすけられているし、疑うのは違う気がする」

『では、どうしてシルキー様に報告なさらないのですか』



 ハルが口をはさむ。

 おそらくは、彼女はこう言いたいのであろう。

 疑うべきでないと思っているのであれば、疑いがないのであれば、シルキーに言っても問題はないはず。

 疑いがあるのでは、とハルが言うのである。



「この国では、魔法を使えない人たちの人件なんてないに等しい。教授陣の無魔への扱いを見れば、ありありとわかるよ。おそらくは、疑わしき、の時点で罰される」



 ピーターは、以前見の覚えのない罪を着せかけられたことがある。

 その時は、昔ながらの恩人が助けてくれた。

そのことに感謝はすれど、それが当たり前だとは思っていない。

悪とされるものは、そういう扱いを受けるのが当たり前であり、例外は例外でしかないのだから。

何より、彼女に助けがあるとは思えない。

 あの寒空を一人彷徨っていたかつてのピーターのような、全てを諦めきった目が、そう思わせてくれない。



「だから、軽々しく報告するわけにはいかないよ。まあ、師匠には報告してもいいかもしれないけど、アンデッドを嫌っているであろう〈教皇〉には


「それに」

『「それに?」』



「彼女がもし、犯人だったとしても、別の人間の指示の可能性が高いからね」



 状況証拠から考えて、やったのは間違いなくシュエマイ・チャンシーだ。

 キョンシーを使って、一体何をやろうとしたのかはわからないが、碌でもないことは予想できる。

 以前戦った、グレゴリー・ゴレイムという男を思い出す。

 彼は、子供たちを拷問して殺し、あるいは殺させて怨念を集め、一つの呪具を作った。

 ピーターも、素材にするつもりなのか。

 彼は、何を考えているのだろうか、わからない。

 いずれにせよ、さっさと対処しなくてはならない。

 ピーターが、己の生き方を貫くために。



「僕なりに、対処はするつもりだから、そこは信じてよ」

「うん、わかった」



 ◇



「ピーターは、どうしたいの?」

「一度、ミクさんと会おうと思います」



 帰宅後。

 シルキーと向かい合っている状態で、ピーター達は話し合っている。

 



「……法的には、あの子は〈神霊道士〉の所有物になってる。私も、法で決まっている以上、手を貸すことは出来ない」

「それでも、動きたい理由はあるの?」

「私情です。一身上の都合です」

「わかったわ。もう止めない」

「ありがとうございます」

「誰も殺さないで、何とかしなさい。そうすれば、法的なことは何とかしてあげる」

「……ありがとうございます」

「行ってきなさい」


 わからない。

 どうすれば、いいのかわからない。

 けれど。

 わかっていることもある。

 なにをすべきではないのか。

 当然、この国の権力者の一人である〈神霊道士〉シュエマイ・チャンシーと事を構えるべきではない。

 最悪、ピーターが死ぬだけでは済まない。

 ピーターの家族が、どうなるのかわからない。

 さらに言えば、シルキーや、紹介状を書いたアランにまでルイが及んでしまう可能性もある。

 どうしたいのかは、わかっている。

 助けたい。

 あの子を。

 全くの他人で。

 彼女は、助けなんて望んでいないかもしれない。

 けれど。

 人ですらないと、貶められている子が。

 貶められて、利用されて、搾取されて、傷ついている彼女が。

 傷ついていることを必死に隠そうとする彼女が。

 そんな精神状態で、ピーターを助けてくれた彼女を。

 助けたいと思うのだ。


 〈神霊道士〉シュエマイ・チャンシーは、作業机の上を見る。

 そこには、無数の紙が張り付けられており、びっしりと魔術式が書き込まれている。

 その机の周りには、いくつもアイテムボックスが置かれている。

 そしてその空間の大半には無数のキョンシーが配置されている。

 符が張り付けられておらず、命令を込められるのを待っている待機状態だ。

 アンデッドは、基本的に眠らないし休まない。

 スタミナという概念がなく、披露することがないため三日三晩どころか三百日でも連続でも動き続けられる。

 だが、それには例外がある。

 キョンシーは、普段は休眠状態である。

 だが、符を張り付けることによって、命令を与えられることによって、動き出す。



「さて、次の一手はどうしようかな」

 


 シュエマイは思案しながら、部屋を見る。

 

部屋の奥を、見る。

 その奥には、巨大な人影があった。

 背丈が百メートルを超える。

 肉は、無数の人の死体をーー無魔の死体をより合わせて作っている。

 頭部だけが存在せず、首元には、何か座席のようなものがついている。

 体制は四つん這いであり、あるいは趣味の悪い乗り物である。


「あれを、どうにかして完成させたいとねえ。ねえ、父上、兄上、姉上」


 彼は穏やかにほほ笑んだ。

 あたりに、人影はなかった。



感想、評価、ブックマークありがとうございます。


・スタミナ

全ての生物に存在する概念。隠しステータス。

生きているだけで消耗し、肉体系、武技系のスキルを使っても消耗する。

SPとかAPみたいなもの。

スタミナの量は、HPの上限に正比例するので、耐久型の職業などはスタミナが多い。

ちなみにアンデッドはスタミナが∞だが、スキルを使う時だいたい肉体かMPを消費するため、無限リソースチートみたいなことにはならない。

スタミナがゼロになると、状態異常【疲労】になる。動きが鈍くなり、スキルが使えなくなる。

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