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百足骸蹴

「その分色々大変ですけどね。死にかけるようなことなんて日常茶飯事なんですし」

「ええ……」

「例えば、どんなことがあったの?」

「そうですね。この前は、村にクエストで配達物を届けに行った時、道中でリビングアーマーに襲われましてーー」



 そこからしばらくの間、食事をとりながら、ピーター達は、ピーターの冒険者時代の話で覆いの盛り上がった。



「へえ、アンデッドって本当に不眠なんだね」

「そうだよ、だから、ぴーたーがねているあいだはひまなんだ!だからかりとかしたりすることもあるよ?」

「……そんなことしてたのかい?戦闘は最小限に、だよ?危ないからね」

「ご安心ください、主様、狩るのはむざむざ近づいてくるもののみです」

「そっか、それならいいんだけど……」

「ここはあんでっどでないの?」



 リタが質問を投げて、話題が変わる。

 ピーターが年がら年中家族になりえるアンデッドを探しているので、自然と彼女もアンデッドを探すように思考が引っ張られている。

 傍から見れば、「ペットと飼い主が似る」という表現がぴったりであり、ピーターの主観では「夫婦は似る」であった。



「少なくとも、この一層では出ないはずよ。他はわからないけど」

「とりあえず、色々調べた限りでは野良でもあまりアンデッドは出ないそうですね」

 


 この国においては、葬儀の方法が特殊である。

 魔術的な処置を施すために、アンデッド化することが滅多にない。

 せいぜいで、人知れず死んだものくらいだろうか。

 ハイエストと比較してもなお、閉鎖的な浮遊島の国であるがゆえに、行方不明者が出にくいので、それも滅多に発生しえないのだが。

 加えて、この『魔術師の匣』の一殻層から五殻層までは開拓が進んでおり、モンスターが排除されて、生徒の訓練所のようになっている。



「現状、すんなりいってるよね。やっぱりピーター達が強いからかな」

「ふふーん、わたしたちはすごい!」

「すごいね、リタ」

「ハルさんも強いし、ピーター達と組めてよかったわね」



 実際に、強くなったとはピーター・ハンバートも実感している。

 〈冥導師〉になってから習得したスキルは、今のところまるで使えていないが。

 あまりに使える状況が限定的なスキルなので、仕方がない。

 かなりの間冒険者として活動してきたが、もしその時このスキルがあったとしても、使える機会はそう多くはなかっただろう。

 だからと言って、無駄なスキルだとは全く思わないが。

 ふと、ピーターは気づく。



「……今、何か音がしたような」

「そう、気のせいじゃない?」



 前方ではない、むしろ後方から、今まで来た道から物音が聞こえた気がした。



「時間差で発動する罠の類の可能性もありますね……」

「そんなのあるの?」

「……マリー、ピーター」

「「うん?」」



 ジークに言われて、前方にいる(・・・・・)脅威に初めて気づいた。

 それは、見たところ百足のモンスターだった。

 しかし、百足型のモンスターでありながら、どこか干からびており、おまけに頭部に巨大な()が一枚貼られている。



「これは……アンデッド?フレッシュゴーレム?」

「キョンシーですね。まあ、フレッシュゴーレムに近いですが」



 だてにピーターは、アンデッドについて研究していない。

 その熱意は、マギウヌスでも全く衰えておらず、様々なアンデッドに関する書物を図書館で調べている。



「マルグリット、ここアンデッドは出ないはずでは?」

「わ、わからない。なんで?」



 マルグリットは青褪める。

 ジークも、冷静ではない。

 三人は、ダンジョン内部に仕掛けられている精霊についての対策は練っていた。

 だが、アンデッドについてはまるで対策していない。

 攻撃力に欠けるピーターと、凍結が主な攻撃手段のジーク、そして拘束と窒息が攻撃手段のマルグリット。

 いずれもアンデッドにはあまり強くない。

 


「【ネクロ・ウィーク】、【ネクロ・スロウ】、【ネクロ・フラジャイル】」



 ピーターが、新たに獲得した対アンデッド用のスキルを行使した。

 


 ◇



 〈冥導師〉になったことを、彼が知ったのは、グレゴリーの事件が終結した後だった。

 それまで、碌にステータスを【参照】する時間もなかったのである。

 というか、寝込んでいる時間も長かったということもある。

 レベル上限が解放されただけであり、MPを始めとしたステータスはさほど伸びてはいなかった。

 新しくスキルを習得していた。

 おそらくは、初めてスキルを獲得した時と同じような通知があったはずだが、ピーターには聞こえていなかった。

 グレゴリーの鎧を破壊した後のピーターは満身創痍で疲労困憊。

昏睡状体だったため、聞く余裕などなかったのである。

 そして、スキルを見た時の感想は、喜び、ではなく。



「何これ?」



 驚き、そして疑問だった。

 彼の心理を説明すれば、「何で僕にこんなスキルが?」というもの。

 効果だけ見れば、むしろ〈降霊術師〉系統の彼ではなく。聖職者にこそふさわしい代物。

 そもそも、〈降霊術師〉系統の上級職や超級職は、少ないながらも集めた情報によれば、邪属性の魔法攻撃や呪術を行使すると聞いていたが、それとはまるで違う。

 あるいは、〈聖騎士〉と〈暗黒騎士〉のように別の上級職へと分岐したということか。



 まあ仕方がない。

 使う機会があるかはわからないスキルを見返して、ピーターはため息を吐いた。

 そして、今この瞬間、使う機会を得た。

 〈冥導師〉として得たスキル。

 その効果は、アンデッドへのデバフ。

 アンデッドのSTRを下げる、【ネクロ・ウィーク】。

 アンデッドのAGIを下げる、【ネクロ・スロウ】。

 アンデッドのVITを下げる【ネクロ・フラジャイル】。

 これに加えて、ピーターはハルに対してバフをかけている。

 相手が格上であっても、バフだけでは届かなくても。

 デバフとバフを組み合わせれば、彼女の刃は、コア()に届く。



「【ハルバード・ブレイク】」



 致命の一撃は、確実に百足キョンシーの頭部に命中し。

 そこに貼られた札ごと破壊されて、その機能を停止した。



 ――はずだった。



 百足の体が、二つに割れる。

 全身には、びっしりと符が張り付いていた。



「ア、ア、ア」



 中に、一体の精霊がへばりついている。

 おそらく、シルキーが作ったという人口精霊だろう。

 

 わかった。

 今破壊したのは頭部ではない。


 このキョンシー本当の頭部は、全身なのだ。

 この全身を二分する裂け目が口。


 がきん、と、しっかり阻まれる。



「詰めが甘いよ」



 蒼い障壁が、しっかりと顎を阻んでいた。

 それは、彼がもらったもの。

 シルキーが、彼女に与えてくれていたもの。

 蒼壁の杖の効果は、彼を中心とした、障壁の展開。

 それが、ピーターを食い破ることを許さない。

 


 見れば、たいていの符が焼き切れている。

 おそらくは、精霊が抵抗したが故。

 精霊が、魔法をまき散らし、それを符で無理やり防いできたということ。

 このキョンシー自体は物理攻撃には強く、しかして魔法攻撃には弱い証拠。

 おそらくこの符の大半は、魔法攻撃などを吸収することに秀でたものであるのだろう。

 どこに、核となる符があるのかはわからない。

 けれども、確かに、どれかのはずだ。



「【障壁拡大】!」



 障壁の半径が、魔力を注ぎ込むことによって肥大する。

 丸のみしているはずの、キョンシー。

 無論、ある程度の柔軟さはあるだろう。

 だが、それがどこまで持つだろうか。

 全力で、魔力を注ぎ込んで。

 ぴしり、と音が聞こえて。

 キョンシーが、砕けて、破裂した。



「ぴーたー、だいじょうぶ!」

「うん、大丈夫だよ」

「無事だったのね」

「ああ、外部が凍結、損傷していたのですね……ありがとうございます」

「どういたしまして」



 ジークが、氷魔法をかけて凍結させ、強度を下げる。

 マルグリットが土魔法による攻撃と、ハルによる物理攻撃での損傷。

 それによる大幅な強度の減衰があって初めて、どうにかなんとか破壊することができたのだろうと知る。

 それ抜きでは、障壁の圧力だけではキョンシーを正面から粉砕できず、圧殺されていた公算が高い。

 改めて、ピーターはこの三人でよかったと思ったのであった。


感想、評価、ブックマークをよろしくお願いいたします。


余談

〈降霊術師〉系統上級職の分岐

〈冥導師〉:アンデッドを御する職業。新たにアンデッドへのデバフなどを獲得する。アンデッド一定数討伐で解放。

〈不死法師〉:アンデッドとして力を振るうもの。その身をアンデッドと化し、強力なアンデッドとして魔法などを使うが、同時に聖属性など様々な弱点を抱える。人間一定数討伐で解放。

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