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ミク

『あ、きのうのおんなのこ!』



 【霊安室】の中で、リタが叫ぶ。

 目の前にいる少女は、ワインレッドとイエローの瞳を持ち。

 青白い肌をして、額には一枚の札を張られた。

 それは、先日、ピーターの命を救った少女だった。



 彼女は、以前とは恰好が違う。

 以前ピーターを助けてくれたときは、東方の女性が着るような、一般的な服装だったはずだ。

 だが、今の彼女は違う。

 怪我でもしたのかと思うような、白い包帯(・・・・)を全身に巻き付けていた。



 

 体が動いていた。

 無意識のうちに、何を考えているのか、何を意図してのことかわからないまま、彼は不用意に彼女のもとに近づいた。



「大丈夫ですか!」



 気がついたら、ダンスパーティのことも完全に忘れて、彼女に駆け寄った。

 


「何処をけがしてるんですか?」

「え、あの、大丈夫ですよ」

「え?」

『ぴーたー、たぶんこのこけがしてないよ?』

「え?」



 よく見ると、彼女は包帯を巻いているだけで、怪我はしていないらしい。

 彼女の声にも、振る舞いにも、特に異常は見えない。



「あ、すみません……余計なことをして」

「いえ、あの、大丈夫です……」



 少女は青白い肌をしており、符を張り付けているために表情も顔色も判然としない。

 声を聞く限り、元気ではあるのだろうが。



「ミクと知り合いかい?」



 シュエマイが、声をかけてくる。

 


「あ、あの、彼女は」

「この子かい?ミクだよ。私の娘で、配下だ」

「……配下?むすめ?」

「そうなんだよねえ」


 

 思い出した。

 〈神霊道士〉は、キョンシーを操り、従える存在である。

 ゆえに、彼女もキョンシーである以上は、従えられる。

 ミクという名前の彼女は、〈僵尸〉というジョブに就いているだけであり、通常のアンデッドとは違う。

 だが、


「うーん、ケージに入れられないから連れてきたけど、やっぱり目立つなあ」



 シュエマイは、何でもないことのように言って、


「いったんしまっておこうかな、【徹鋼裁断】」



 取り出した符で、ミクの首を落とした(・・・・)

 そして、アイテムボックスにしまい込む。

 何が起こったのか、ピーターは理解できなかった。

 なぜ、首を落としたのか。

 娘を切るなど、どういう思考回路をしているのか、そもそも娘で配下とは何か。

 理解できなかったが。


 


「ーーっ!」

「おやあ?」



 ピーターは、つかみかかろうとした。

 許せないことだったから。



「――止まりなさい」



 動けない。

ピーターの体が痺れて、動かなくなってしまう。

 精神的なものではない。

 物理的なものだ。

 いや、物理的というのも正しくはない。

 魔術的なもの。

 電撃による拘束魔法、【エレキ・ネット】。

 それによって、ピーターが強制的に拘束される。



「いけませんなあ、ロードウェル殿。ダンスパーティで魔法を使うなど」



 シュエマイが、彼女(・・)の行いを咎める。

 ピーターの拘束。

 やったのはもちろんシルキーだ。

 以前と同じように、ピーターを捕縛したのだ。

 前回よりもはるかに拘束力が強く、言葉一つ発せない。

 


「弟子を躾けるのは、師匠の責任でしょ。あんたの方こそ、何の用なわけ?娘の前でつまみ食い(・・・・・)だなんて言い趣味してるじゃない」



「いえいえ、今日はいい子がいないかなと思って探しているだけですよ。その彼も、いい色してますね?来たかいがありました」

「そう、よかったわ。私の弟子に対する客観的な意見を聞けて」



 淡々と話す。

 まるで、何事もなかったかのように。

 ピーターは、シルキーに対して抗おうとするが、ピクリとも動かない。

 特に、周りも何事もなかったという風に戻っていく。



「あの子は、何ですか?」

「ダンスパーティでは、原則人以外は服を着ないことになってるのよ」

「――」


 

 彼の質問とは、少しずれていたが、ある意味どうしようもないほど堪える回答が来た。



 これまで、特に気にしなかった。

 リタは、服を着ない。

 本体の家には服が似合わないうえに、霊体の方も自由に着せ替えができるために着る必要はまったくない。

 ドラゴンスケルトンのハルも同様。

 スケルトンに、どうして服を着せる必要があるというのか。

 何なら肉のついたドラゴンでさえも、服を着るものはほとんどいない。

 ハルの子供達も、ラーファ曰くこれといって服を着たりはしないと聞く。

 せいぜいで騎乗用の鞍か、防御効果のあるアクセサリーくらいのものらしい。

 だから、先ほどまで特にいやな印象を抱いてはいなかった。

 なのに。

 ボロボロの包帯を巻かれた、ミクの顔が。

 それを当然とみなす、シュエマイの態度が。

 何より――ミクではなく、動揺するピーターを憐れむシルキーの視線が。

 この国は、あまりにも違いすぎると教えている。

 

 いや違う、違わないのだ。

 ピーターが祖国で、〈降霊術師〉やアンデッドが差別され、危険視されてきたように。

 この国では魔法職以外の者は、人であるとさえみなされていない。

 魔力を得るためのタンクや、都合のいい従魔、労働力でしかない。


 酷いのは、ピーターだ。

 ピーターと同じものを、同じ人たちに追わせている。

 生まれながらの適性や職業で、ただそれだけで尊厳が、自由が、人間らしさが奪われる。

 それを……理不尽と言わずして、なんと言おう。




「アンタ、殴りかかる相手と場所は選びなさいよね……。バカなの?」

「すみません」

「一応言うと、多分あの子は死んでないわ。キョンシーだし、一時的にアイテム化して後から戻すんじゃないかしらね」

「そうですか……」



 ピーターは安堵した。

 けれど。



「多分それでも、僕は殴り掛かってたと思います」

「……そう。でも、何度でもいうけど、場所は選びなさいね」

「わかっています」

 



 ◇



 教授。

 このオーバーカレッジの教授には、いくつか特権が与えられている。

 それは、彼等の実力と保有する魔力、すなわち彼等への信頼の表れである。

 その一つが、浮遊する離島のうち一つを占有してもいい、というもの。

 シルキー・ロードウェルがそうであるように、教授はほぼすべてが己の持つ島で生活、研究をしている。

 それは、アンデッドなどに関する研究で第一人者である、〈神霊道士〉シュエマイ・チャンシーもまた同じである。

 ただし、その離島は、かなりシルキーのそれとは雰囲気が異なる。

 きらびやかで生活空間が主であった、シルキーの居住空間とは異なり、彼の屋敷は殺風景だった。

 加えて、島中を警備用に配置された無数のキョンシーが這いずり回っており、ダンジョンと言われても仕方がないほどおどろおどろしい状態だった。




「ほいっと、修復完了」

「……お父様」

「何だい?ミク」



 シュエマイの態度と声音は穏やかだった。

 そこだけ見れば、父親のそれだっただろう。

 たった今、自分で斬り落とした娘の頭を、取り付け直した男の口から出るにしては、だが。



「あのお兄さんは、どうなりました?」

「ああ、あの後はすぐに別れたよ。特に何もなかった」

「……そうですか」


 少女は、ため息を吐いた。

 それは、安堵しているようにも見えた。



「せっかくだし、今度招待しよう。我々の(・・・)研究室に」

「え?」



 黒衣の怪人は笑って。



「なにせ、面白いことになるかもしれないし」

「…………」



 彼女はうつむいたまま、何も言わなかった。

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