舞踏、あるいは繁殖の前段
とりあえず、誰と踊ればいいのだろうか、という問題がピーターにはあった。
女性の友人が、一人しかいないが、彼女は自分とは踊らないだろうと思う。
リタと本心で言えば踊りたいが、流石に戸籍上存在しないものと……というのがまずいのはピーターもわかっている。
まして、彼女はダンスを覚えられないだろうから。
となると消去法である。
「僕は、師匠と踊ればいいんですか?」
「…………」
おや、とピーターは思った。
驚いているというより、呆れているように見えたからだ。
まるでその理由には見当がつかなかったが。
「この国のダンスパーティーは他国とのそれとは大きく異なるわ。わかりやすく言えば、些か直接的なのよ」
「この国の特色は何かわかるかしら?」
「……魔法に特化した国です」
「そうね。以前言ったかしら。適性について」
「適正によって職業が決まり、適性は遺伝するでしたっけ?」
「そうね。職業はある程度遺伝する。つまり、私達もふくめて、この国には血統を重視する連中しかいないのよ」
「なるほど……?」
確かにそれはピーターにもわかる。
だが、それがどういう意味を持つのか、ダンスパーティと何のかかわりがあるのかはまるで分らない。
「つまるところ、ダンスするってことは、種を付けるってことを意味してるのよ、踊った後で、ね」
「……え?」
衝撃の発言に、ピーターは固まらざるを得ない。
「だから、誰と子を為すかを決めるための、決めるためだけのダンスパーティーなのよ。この国では、そうなってるの」
「ええ……」
ピーターは、開いた口がふさがらなかった。
なるほど、ハイエストとマギウヌスで文化に違いがあるとはわかっていたが、これほどか。
と、思ったところで、ピーターはそもそもハイエストでもダンスパーティに参加したことなんてないよな、と思い出した。
そもそも、ダンスパーティはあくまで貴族階級によるもの。
自分がこんな場に参加するのはあり得ないはずのことだったのだ。
そもそも、なぜ自分が参加するのかもわからない状態ではあるのだから。
「あの、僕にはリタがいるんですけど……」
「何も、無理に踊る必要はないわ。八割くらいは壁の花だし」
「ええ……」
なんだか自分の知っているダンスパーティとは根本的に違う、とピーターは思った。
例の魔力供給もそうではあったが、この国はいささか合理的が過ぎるのではないかと思う。
感情を、理性が、合理が食いつぶしているように、感じられる。
「ちなみに、本来ならば当たりやすいように特殊な薬を使ったりもするんだけど、まあアンタにはそういう説明はいらないわよね」
「はい、要らないです。本当に要らないです」
あまりにも理解が追いつかないので、もうピーターは正直聞きたくなかった。
「おくすり?ぽーしょんのこと?」
「リタ、大丈夫だよ。飴舐める?」
「なめる!」
リタは、全く理解していないので、ピーターはとりあえずよしとする。
ピーターとリタは、
「話は変わるのだけれど」
シルキーは、じっと見ている。
その目には、どこか非難の色が込められていた。
「さっきの発言について、何か言うことはあるかしら?」
先程の、「師匠と踊ればいいのか」という発言。
そして、この国における意味。
「…………申し訳ありませんでした」
普通に失礼なことをしたので、くの字に追って謝罪である。
普通にセクハラ、状況次第では文字通り消されても仕方がないほどの失態である。
「わかればよろしい」
なお、リタはいまだに「なんでぴーたーがあやまってるの?」と、全く何も理解していなかった。
子供の作り方も知らないので、どうしようもないことではあるかもしれない。
因みに、ピーターは知っている。
ある程度、荒くれ物も冒険者に交じって生活していれば、そういう情報は自然と入ってくる。
なお、その場にはリタもいたのだが……彼女は興味のないことには耳を傾けられないのでさもありなん。
ハルもピーターも、リタには「そのままでいてくれ」と思っているため、特にいうことはない。
いつも通り、【蒼星障壁】の足場を使ってオーバーカレッジのある本島へと向かう。
ピーターは全く把握していなかったが、どうやらダンスホールもそこにあるらしい。
ダンスパーティは基本的に権力者が中心であり、そしてこの国における権力者は、学院関係者である。
それは、ダンスホールが学院の傍にあっても無理はないのかもしれない。
「大きいですね」
少なくとも、アルティオスの冒険者ギルドより大きい。
迷宮都市最大の建物より、大きいという時点で、その規模が知れる。
最も、異空間に通じている『愚者の頭骨』は当然省いている。
あそこは、理論上の無限空間なので、計測しようがないのだ。
他の神秘迷宮にその様な仕様はないらしい。
この国にある神秘迷宮、『魔術師の』は、そのような仕様はないらしい。
とはいえ、そちら卒らもそちらで特殊ではあるらしいのだが。
「そう?ハイエスト聖王国のダンスホールの方がここより大きかった覚えがあるけど」
「そうなんですか?」
「ええ、王都でね。ピーターは、行ったことはないの?」
「ありませんね。そもそも、王都は僕への当たりが強すぎるでしょうから」
ピーターは、降霊術師系統上級職、〈冥導師〉。
アンデッドを使うもの。
聖職者が多い王都で暮らすのは不可能だ。
間違いなく殺される。
度々、アルティオスで殺されかけたりもしていたが、逆に言えば度々程度で済んでいたともいえる。
あれが日常になれば、ピーターも生き抜けない。
ポーションの使い過ぎで治癒限界に達したのも、たいていはそういういざこざが原因なのだから。
「……そう」
シルキーは、一言言って、それ以上は何も言わなかった。
彼女なりに、何かしら思うところがあったのかもしれない。
「どんなところなんですかね、王都って」
「え?」
「言ったことがないし、行くこともできないでしょうから、訊きたくて」
ルークやユリアからも聞いたことがあるが、やはりシルキーという外国の人間の口からもきいてみたい。
「そうね、白い大理石に覆われてて、本当に白一色よ。後、あっちこちに騎士とか聖職者の石像が飾ってある。それも白一色ね」
そういえばダンスホールにもたくさんあったわ、とシルキーが補足する。
「おかしはある?」
「あるわよ。中央の噴水広場では、屋台がたくさんあるし。菓子類も売られてるわ」
「すごーい!」
「すごいですねえ。行ければいいんですが」
「行けばいいでしょう。何なら、私が守ってやってもいいわ」
「……ええ、そんな日が着たら、その時はよろしくお願いします」
「……そろそろ、私達の順番ね」
受付をさっさとくぐっていった。
おそらく、シルキーの場合は顔パスなのだろう。
ピーターの方はいぶかしげな眼で見られたが、それも一瞬のことであった。
感想、評価、ブックマークなどよろしくお願いします。




