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紅茶の熱と師匠の温

 授業が終わってからも、ピーターは一人考えていた。

 自分は、どのように考えるべきなのか。

 どうして。

 この国に来たときに、あの国を出た時に抜けだしたはずのものが、どうしてここにまで。

 マギウヌスが打ち滅ぼした悪しき差別が、どうして今もなお。

 どうして、そんなものがいまだ存在して――。



「ほい」



 ぴとり、と。

 ほおに陶器を当てられた感触が伝わってくる。

 直後、それとは別の感覚が伝わる。

 すなわち……陶器の、ティーポットの中身、紅茶の熱である。



「あっつ!」



 ピーターが飛び跳ねて振り向くと。



「あら、意外と熱には弱いのね」

「師匠……」



 背後に、シルキーがいた。

 ここは、彼女の家の中なので、当然なのだが。

 見学を済ませてシルキー帝に戻ったのち、彼は

 ピーターは、顔をしかめることで抗議の意思を示す。



「紅茶、飲む?砂糖は入ってないわ」

「ありがとうございます」

「悩みがあるなら、師匠に相談するのが筋ってものじゃない?師匠に」

「……気づいていたんですか?」



 

 悩んでいることに気づかれたのは、初めてだったかもしれない。

 自分から話したことはあったが。



「あんだけ露骨に苦しそうにしてれば、ね。アンタ、自分で思ってるより顔に出てるのよ。考えてることが」



 それはあまり感情を表に出さないと信じ込んでいるピーターにとっては信じられない発言だったが、あっさりと見抜かれた以上は認めざるを得ない。

 元々、ピーターは人づきあいが少ないゆえに自分がそうであるという自覚に乏しい。

 ふわふわと、何らかの原理によってかは不明ではあるが、浮いた紅茶のカップを受け取り、飲み干した。

 苦く、渋く、されど温かい紅茶が、今の彼にとってははちょうど良かった。



「その様子だと、相当堪えたのね」

「……そうですね」



 何の話かなど、確認するまでもない。

 アンダーホールと、無魔と呼ばれる人々についてである。

 魔法の定義は、魔力を用いて六属性に関する現象を引き起こすこと。

 すなわち、この国においては、それができない存在は無能とされる。

 すさまじい武の才能がある〈戦士〉であっても。

 良質の武具を作れる〈鍛冶師〉であっても。

 あるいは、人のことを助けられる、心優しきものであっても。

 そんなことは関係ない。

 純粋な適正のみで、全てが決まる。

 それが、このマギウヌスという国の正体だ。

 母国を捨てて、逃れられたと思っていたしがらみが、ここにもあった。

 


「あんたが、何を思っているのか、私はこの国から出たこともあるからなんとなくはわかる。歪でしょう?」

「…………」



 歪。

 その表現は、なるほど、ピーターの心情を的確に表していた。

 正しくないことが、正しくないはずのことがまかり通るよう、歪んでいる。

 少なくとも、ピーターにとってはそうだった。



「わかりません。僕は、僕が完全に正しいとは思ってないので。でも」

「でも?」

「好きには、なれないです」



 遠くに、ぼんやりとあかりが見える。

 それは、誰の魔力で運用されているんだろうか。

 どれほどの人を踏みつけにして、得られたものなのだろうか。



「無魔はね、重要な魔力源なのよ。だから、生活を保障されてる」

「……師匠?」

「モンスターの襲撃からは、魔法で守る。食料は、魔法で増産できるからまかなえる。病に苦しんでいても、それなりに高水準の治療が受けられる」

「飢えることも、害的におびえることもない平和な暮らし、ということですか」

「悪く言えば家畜だけどね」



 つまり、彼女はこう言いたいのだ。

 負の側面と正の側面、無魔への扱いには二面性があると。



「きっとね、この世界で、絶対的な正義なんてのは存在しないのよ。そんなものを信じるのは、愚か者のすることだわ」

「そうでしょうね」



 ピーターも知っている。

 人には、人の数だけ信じているものがある。

 ピーターが、家族と大切な人達を最上とし、それを脅かすものを許さないように。

 友人の〈聖騎士〉が、世のため人のために戦うとあり方を定めたように。

 恩人の〈魔王〉が、一つの町と、そこに暮らす冒険者たちを守ろうと考えるように。

 とある外道が、己の栄光だけを求めて邁進したように。

 誰にも、その人にしか見えない道があり、それはその人だけのものだろうと思う。

 

 

「だから、好きにならなければならない、なんて、考えるんじゃないわよ」

「師匠?」

「魔術師の在り方は千差万別なの。十賢ですらそれぞれ違うわ。この国を作り、守ろうとする者もいれば、己の魔術研究や鍛錬にしか興味がない者もいるし、もっと個人的な欲求を満たしたいだけのクズもいる」



 だから、無理に受け入れる必要はない、とシルキーは断じた。



「色々これからも、思うところはあると思うわ。特に、十賢……教授共は、私も含めてどいつもこいつも狂ってるから」

「……そうですね」



 ぬいぐるみに乗り、抱き、頭にのせ、肩に乗せているゴシックドレス姿のシルキーを見ながら、ピーターはうなずいた。

 知り合ってずいぶん経つが、未だにシルキーのことすらよくわからないことが多い。

 ましてや、他の魔術師についてあっさり理解して、すんなりと受け入れることがどうしてできようか。



「けれど、一つだけ覚えていなさい。今あんたが、なすべきは強くなること。そして、その力をもってあんたの意志を貫くことよ」

「……ありがとうございます」



 この国は、ハイエストとは違う。

 少なくとも、アンデッドを連れていたり、〈降霊術師〉だからという理由だけで石を投げられることも聖水を掛けられることもない。

 実際、ハイエストではよくあることだったのに、ここでは一度もない。

 けれど、彼ではない誰かが、彼のように傷ついている。

 いや、シルキーの言うとおり、それは絶対悪ではないのだろう。

 授業で尋ねた人間は、アンダーホールでの暮らしを心から満足しているようだった。

 あの態度は嘘ではない。

 実際、安全な暮らしが手に入るのであれば、それも悪くはないだろう。

 そして、オーバーカレッジで暮らす魔法職たちも、きっと何の疑問も不満も感じずに、暮らしているのだろう。

 だから、ピーターには口をはさむ余地などない。



 だというのに、まだピーターの中で引っかかっているのは。



「ハル、リタ」

「なに?」

『どうされましたか?』

 ピーターが、思い浮かべたのは、一人の少女。

あの子(・・・)は、どっち(・・・)だと思う?」

「『?』」



 ハルとリタには、質問の意味がよくわからなかった。

 けれど、ピーターにはわかっていた。

 質問の意味も、意図も。

 そして、答えも。


 キョンシーは、〈道士〉によって魔法で制御される側の存在だから。

 魔法職では、ありえない。

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