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学院の常識


「初めまして。聖属性魔法担当にして、魔術戦闘担当臨時講師、〈教皇〉フランシスコ・チャイルドプレイです」



 その人物を端的に言い表すなら、少年。

 見た目には十代前半に見える。

 灰色の髪を短く刈り込み、青い目は無邪気にキラキラと輝いている。

 顔立ちは整っており、ただの美少年と言われても納得できる。

 しかし、そんなはずはない。

 彼こそは、百年以上年を重ねた、生ける伝説。

 聖属性魔法に関する、世界最強の使い手。

 浄化魔法と回復魔法の最高権威である。



「さてさて、いろいろと回復魔法について説明したほうがいいのかもしれないんですけどね、君たちもそういう話を聞きたいと思っているんですけどね」



「せっかくなんで、ちょっと趣向を変えてみましょう」



 初の授業で、趣向を変えるというのも意味が分からないが、おそらくは単に去年の生徒との比較なのだろう。

 去年がどんなだったかまるで知らないのだが。

 なんとなく、ピーターはわかる。

 彼は、過去に幾度か格上と幾度か交戦している。

 それは、戦闘系上級職だったり、それと同等レベルのモンスターだったり、あるいは戦闘系の超級職だったり。

 そして、交戦した数の十倍以上、格上に襲撃されている。

 襲われた時のピーターはたいてい逃走一択だが、襲撃の理由は様々だ。

 その経験が告げている。

 格上が、彼等に向けてきたもの。

 好奇心とも呼べない、児戯のような悪意(・・)だ。



「今日はあ、実際に戦闘で、勉強してもらいましょうかねえ!」

「……っ」



 咄嗟、ピーターは後ろに飛びのく。

 そして、ソレをできたのは彼一人だけだった。

 パンの右手に握られた、アイテムボックスのような箱の中身を察してこうどうできたのはピーター以外にはいなかった。



「出てらっしゃい!精霊たち!」



 彼の取り出したモンスターケージから、二十体の精霊が飛び出して。

 飛び回り、踊り、周りの生徒に襲い掛かる。

 教室内はパニックに陥った。



「皆さん!今日の授業課題はたった一つ!二十体の精霊の討伐ないし無力化です!」



 本人も、精霊に攻撃され、傷を負っている。

 炎の精霊だろうか、顔が燃えて焼けただれている。

 そして、焼けたそばから火傷が即座に回復(・・・・・・・・)している。

 どうやら、自動回復スキルをあらかじめ自身にかけているらしい。

 回復魔法に長けた聖職者の頂点、〈教皇〉なだけはあるということだ。



「ハル!」

『承知!【ハルバード・スラッシュ!】』



 ピーターが【霊安室】からハルを、空中に出す。

 生徒に当たらないように、空中に展開された竜骨が、精霊を二体、骨の刃で斬り捨てる。


 それを見て、冷静になった生徒たちがあわてて対処にかかり、三十分後、全ての精霊が倒された。



 ◇


「いやー良かったよかった、皆さんお疲れ様!」

「ふざけないでください!」



 一人の女生徒が立ち上がる。



「お、おい」

「あんたは黙ってて」



 男子生徒が彼女を止めようとするが、それをぴしゃりとはねつけて、パンに向きなおる。



「ええと、君は?」

「ランドウォーカーです」

「ああ、ランドウォーカーさんね、それでなにかな?」



 マルグリットは厳しい口調だったが、フランシスコは何も感じていないらしく飄々としている。



「この授業で、私たちは怪我をしました」

「それでえ?」

「だから、生徒たちが怪我をしてるんですよ!あなたの授業で!」

「でもさあ、誰も死んでないでしょ」

「は……?」



 意味が分からずに、フランシスコに質問した生徒が困惑する。

 普段、前でノートをとっている真面目な生徒だ。

 だが、〈教皇〉はまるで変らない。



「この授業はさあ、戦闘訓練をメインにしてる。戦闘ってのは、当然傷つくこともある。だからそれを学んでもらうのが一番なんだよ、傷つく痛みとかそういうの。ここなら傷ついても僕がすぐに後遺症なく回復できるからね」

「で、でも重傷を負ってる人もいて、もし万が一それで即死したら」

「重傷?その程度で?腕が一、二本折れた程度じゃ重症に入らないよ。まして魔法攻撃主体……君たちにはダメージが通りにくい攻撃手段しか持たないようなモンスターをわざわざ用意したし、僕以上の回復魔法の使い手はこの世界にはいないよ?だから問題はない」

「…………」



 ようやく気付く。

 ピーターも、マルグリットも、それ以外の生徒も。

 〈教皇〉フランシスコ・チャイルドプレイと自分達との感性の差異に。



 マギウヌスの考え方が、あまりにも特別であるということに。

 自分達が、異常で残酷であると感じた授業は、こんなことは、この魔法戦闘術において日常茶飯事でしかなく、驚いたり騒いだりするには値しないのだと。



「戦闘で、君たち魔法職は冷静さが求められる。目にもとまらぬ速度で動いたり、金属より硬かったりする前衛職と戦うことになるわけだからね」



 それは事実だ。

 ピーターは実戦で、他の者達も知識として知っている。

 ステータスの差ゆえに、魔法職は、単体では同レベルの前衛職に勝てない。

 〈盗賊〉や〈暗殺者〉などの速度型なら、魔法を発動させる前に動いて、或いは魔法攻撃を回避して接近し、致命傷を与えられる。

 〈騎士〉などの耐久型ならば、相手の魔法を耐えきって近づき、確実に仕留める。

 それゆえに、魔法職は単騎での戦闘には向かず、前衛の戦闘職や、従魔などの背後から攻撃魔法や支援魔法などによるサポートを行う、いわゆる後衛での運用がベストとされている。

 冒険者ギルドでは、前衛と後衛のバランスは最初に倣うことだ。

 因みに、ピーターは前衛ハル、後衛ピーター、遊撃リタという立ち回りであるし、知り合いの〈猟犬の牙〉というパーティも、前衛2,後衛2で分かれていた。

 それでも、魔法職しかいないこの国では、全員後衛というバランスの崩壊したパーティも珍しくはないし、アルティオスであれば異様とまで言われるソロでの戦闘や探索も珍しくはない。



「そんな化け物と渡り合おうと思ったら、傷つく痛みとか死の恐怖に慣れないといけない。だから、ここで学んでほしい。すべての人が、何のリスクも負わず傷つけるこの場所で、この時間に」

「…………」

「……っ」



 マルグリットはあきれ果てたのかもはや何も言う気にならないらしく、口を閉ざし、ピーターはいささか動揺した。



「あ、ちなみに来週以降はさらに難易度上げていくから前もってちゃんと準備しといてね。ランドウォーカさんの言ったとおり、即死する可能性もゼロじゃあないから」

「「「…………」」」



 僕がいる以上まずありえないけどね、と〈教皇〉は補足する。

 もう、教室にいる生徒の誰にも言い返す気力はなかった。


 

 その時、ちょうど鐘の音が鳴った。



「はあい!これにて今日の授業は終わり!けがをした生徒は全員僕の前に来てね、回復するからさ」



 けがをした生徒が、ふらつきながらパンの前に出る。

 中には、自分で歩けず、肩を貸してもらうものもいるようだ。

 一人一人に、パンは笑顔で回復魔法をかけていく。

 聖なる光がふれた瞬間、彼等の傷が消えていく。

 治癒魔法とは、原理が違う。

 傷を負う前の状態に戻す彼の魔法の前には、いかなる

 ピーターは回復魔法をかけられても無意味だったので、教室を出ることにした。



「君!回復魔法をかけないといけないから。こっちに来なさい」

「必要ありません。自分で治癒できますから」

「ははははは、そうですか。その強情さ、子供らしくて実によろしい。君、名前は?」



 ピーターは単に彼の回復魔法が自分には効かないから受けようとしないだけなのだが、パンは強情さゆえだと解釈したらしい。

 実際、教会関係者の前で回復魔法無効のギフトを持っていることを明かすつもりもなかったが。

 彼らをへたに刺激して、不興を買うのはまずい。

 そもそも、ピーターにとってはここで不興を買ってしまえば、



「ピーター・ハンバートです」

「ハンバート?フーン……」



〈教皇〉パンは何かを思い返そうとしたように首をかしげて、傾げるのを辞めたのか、首を元に戻す。



「ハンバート君、どうしても私の魔法がお気に召さないのならばこれを使いなさい」



 そういって、パンはピーターに一つの瓶を放り投げる。

 ピーターは咄嗟に両手で受け取ると、それはポーションの入った薬瓶だった。



「高品質のMP回復ポーションですね。どうぞご自由にお使いください」



 笑顔の〈教皇〉に一礼して、ピーターは教室を出ていった。

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