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浮かぶ体

『主様』

「どうかしたの?」

『いえ、あれをご覧ください』

「あれ?」



 ハルに言われて、ピーターは気づく。

 棚の側面には、椅子がいくつか並べられていた。

 そして、張り紙がその傍に貼られている。



 張り紙には、「浮遊椅子です。高いところの本を取るのに、お使いください」と書かれている。

 なるほど、どうやって高いところの本を取るのかと思っていたが、これを使うらしい。

 飛行魔法の類を使えないピーターには、高いところに自力で至るすべはない。

 なので、司書に来てもらって取ってもらおうかとピーターは考えていたが、その必要もないようだ。

 浮遊椅子は、MPを込めることで、座ったものを椅子ごと浮かすことができるらしい。

 重力を操作する魔法、魔法エレベーターと同じ原理だ。

 これ、MPがほとんどない人はどうしているんだろうか、とピーターは思った。



『ぴーたー、これとってほしい!』

「うん、わかったよ」



 しかし、リタからの念話があったので、すぐにそんな疑問も吹き飛んでしまった。

 安楽椅子に魔力を込めると、ふわりと独特の浮遊感とともに、ピーターを上まで運ぶ。

 ひじ掛けにいくつかあるボタンによって上昇、下降、静止を選ぶことができる。

 加えて、レバーが取り付けられており、前後左右への移動もわずかながら可能らしい。

 これは便利だな、とピーターは思った。

 それから数分経って、ピーターはリタのいるところまで上がってきた。



「お待たせ、待った?」

「まったよ!でもだいじょうぶ!」

「ありがとう。かわいいね。それで、読んで欲しい本はどれかな?」

「あ、これこれ!」



 リタが指さしたのは一冊の本だ。

 背表紙を見て、気になったタイトルの本らしい。

 リタはピーターに読み聞かせをせがむが、それは字が読めないからではない。

 生前の時点で識字能力を獲得しており、少なくとも絵本に使われるような字は読めるし、単語も理解できる。

 読み聞かせを彼女がねだるのは、物理的に本をめくるのが不可能なのと、ピーターと過ごす時間が楽しいからだ。



「これは、多分マギウヌスの本だよね」

「そうなの?」

「「始まりの魔法使い」というタイトルの絵本だからね。建国当初のはなしがモデルかな?」



 読んだことはないが、おそらくは魔術魔法の国であるマギウヌスから出たものであると思われる。

 国によって、物語の内容は違う。

 亜人の国シルフロードならば、エルフやドワーフ獣人などが主体となった物語であり、騎士と聖職者の国であるハイエストであれば、騎士などによる英雄譚をモチーフとした絵本が多い。

 また、かつて勇者が作ったとされるペンタグラム公国では、勇者を主人公に据えた絵本が多数を占める。

 東方帝国や、遥か遠くの島国である玉ノ国、新興国であり実態不明のナウィスロンガはピーターにはよくわからないが、絵本も含めてその国の特色が出ている。



「じゃあ、読んでみようか」

「うん、よんで!」



 ふと、ちらりと下を見てみる。

 床が、他にいくつかあった浮遊椅子が豆粒のように見える。

 これが、リタのいつも見ている景色なのだ、とピーターは思った。



「せっかくだし、ここで読もうか」

「はーい!」




 まだMPには余裕がある。

 少しでも長い時間、リタと同じ景色を、共有していたいと思いながら、ピーターはページをめくり始める。

 リタもまた、彼の意図を把握しているわけではないものの、楽しい気分で彼の読み聞かせを聞くのだった。

 

 

 ◇



「ーーそして、彼等は島を浮かせて敵が入ってこれ無くした状態で、魔法使いだけの国を作りましたとさ、めでたしめでたし」

『めでたしめでたし!』

「面白かった?リタ」

『おもしろかった!』

「それはよかった」



 内容としては、建国時のエピソードを絵本にしたものらしい。

 元々、マギウヌスという国ができる前には、このあたりに一つの国家があった。

 そこでは、超常の力を持ちながら、肉体的には貧弱な魔法使いたちはひどい扱いを受けていたらしい。

 奴隷として扱われ、無理やり働かされていたそうだ。

 そんな扱いに耐えかねて、魔法使いたちが立ち上がり、クーデターを起こした。

 王族貴族を燃やし尽くし、王都を土に埋め、兵士を風の刃で斬り捨て、民間人を氷漬けにした。

 そして、魔法でその土地を浮かせて、魔法使いの国を築いた。

 というのが、絵本の内容である。

 推測するに、複数の魔法系超級職が蜂起したのだろう。

 それはそれは悲惨なことになったはずだ。

 絵本では、そのあたりはぼかされているが。



 ピーターは思う。

 差別する悪しき暴君たちを討ち果たしたことで、この国はおそらくいい方向へと変わった。

 それでは、差別する者達を除くことが、差別されるものたちの、正解なのだろうか。

 あるいは、先駆者たる”邪神”〈不死王〉もそのために”邪神”になったのかもしれない。

 であれば、ピーターはどうすべきなのか。

 「家族とともに生きる」という目的のために、彼は手段を選ぶつもりはない。

 けれども、この手法は、あまりにも。



「ぴーたーすごいたかいけどだいじょうぶ!」

「大丈夫だよ。それにしても、本当に高いところまで来たね」

「たかいたかい!」



 リタの声に、思考が遮られ、ピーターは会話に戻る。

 間違いなく数十メートルはあり、本棚の高さもそれ。

 さらに、ざっと見ただけで数十の本棚が見える。

 一つ一つの幅も数十メートル、棚一つで、どれだけの本が収まるだろうか。

 視界に入らないものも含めれば、おそらく、さらにその数十倍の本棚があるだろう。

 


「すごいねえ、本当、にい!」

「えっ」

『えっ』




 後になって思えば。

 ピーターは、それなりに疲労していた。

 訓練に次ぐ訓練。

 シルキーの課題は厳しい。

 単なる筋力トレーニングや持久走に加えて、反射神経を鍛えるトレーニングや、魔力操作の感カウを覚えるトレーニングも追加されていた。

 疲労しても、大したことはないと思い込んで、疲れがピークに達していたのかもしれない。

 あるいは、訓練を受けずに済んで、少し気が緩んでいたのか。

 身を乗り出してしまった。



「あ」

「ぴーたー!」



 ぐらり、とバランスが崩れた。

 ハルを出そうにも、間に合わない。

 そもそもハルでは固すぎて、クッションになりえない。

 リタもダメだ、触れられない。

 浮けるのは彼女だけで、それによってピーターを浮かせることは出来ない。

 そして、【降霊憑依】もチャージする時間がない。

 万事休す。

 落下死まで、一体何秒だろうか。

 彼等には、それを止めるすべはなく。



「!」



 ピーター達以外のものには、それを止めるすべがあった。



「あれ?」



 浮遊感を感じて、同時に、違和感を感じる。

 浮遊椅子に座っていた時とは違う、触れられている、誰かに抱えられている(・・・・・・・・・・)ような感覚。

 ピーターは所謂、お姫様抱っこをされた状態で、浮かんでいるのだと気づいた。

 抱えているのは、一人の少女だった。

 蒼い髪に青白い病的な肌。

 黄色と赤色のオッドアイ。

 そして、額に貼られた一枚の符。

 服装も異様。

 中華服という、めったにアルティオスでは見ないし、このマギウヌスの街中でも見ない格好だった。

 むしろ、東方帝国の服装である。



「大丈夫ですか?」



 声には、不安が込められている。

 そして、彼女の両手は、背中に回された両腕は。

 ひどく、ひどく、冷たかった。

 まるで、死体のように。

 彼を助けたのは、そんな少女だった。

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