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学院図書館


 ピーターが修業を始めてから、はや二か月が経過した。

 その間、特に変化と言えるものはない。

 朝起きて、走り込みと筋力トレーニング。

 そして午後は座学。

 ここでは、魔法や魔術の基礎を教わる。

 体力をギリギリまで絞りつくした後ではあるが、それでも何とかピーターは食らいついていた。

 それは、シルキーがギリギリのところで彼の体力を管理していたからであり、またぴーたーの熱意のたまものだった。

 彼の成長に伴いトレーニングのメニューが多少変わったりもしたが、大枠がぶれることははっきり言って特になかった。

 その日までは。



「そういえば、明日入学式なんだけど、知ってるかしら?」



 きっかけは、シルキーのそんな一言だった。



「そうなんですか?」

「そうよ」

「初耳でした」



 ピーターは、入学式の日程について今この時初めて知った。

 ピーターは、修行に明け暮れていたが、逆にそれ以外はまるで考えていなかった。

 マギウヌスという、初めて訪れる国に来ているのにもかかわらず、特に観光することもなく、ピーターはこの家から出ていない。本当に考える余裕がなかったのもある。

 シルキーの体力管理は良くも悪くも絶妙だったということだ。



「そうね、いったん修業も打ち切りだし、今日はお休みにしましょうか。遊びに行ってきていいわよ」

「いいわよ、と言われましても」



 そもそも、遊びとは何なのか。

 いや、ピーターも荒くれ物たる冒険者の端くれ。

 遊びの何たるかはある程度知ってはいる。

 女遊び、博打など、やったことはなかったが、それがどういうものか概要は把握している。

 しかし。



「正直、遊びと言われても、やったこともありませんしあまり興味がないんですよね……」

「そうなの?冒険者はみんな遊んだりするものだってアランから聞いていたけれど」

「まあそれは普通そうなんですけどね」



 彼にとって、「女」はただ一人だし、博打も散財するだけの道楽でしかない。

 人生が博打ともいえる冒険者として生きてきたこともあって、逆にそういう趣味には慎重だった。

 冒険者の中には、そういう趣味で身を亡ぼすものも珍しくないので、ピーターが例外的ともいえる。

 ポーションの購入やリタへのご機嫌取りなどで、意外と出費が多いこともあって彼の懐には余裕がないことも多かった。

 それゆえに、仕事がない日も一日中寝て過ごすなど、とにかく金がかからない過ごし方をすることが多い。

 そういうのにはまるきっかけになりえるような悪友がいない(そもそも友人がほとんどいない)のも大きい。

 興味が全くと言っていいほど沸いてこないのである。



「ふーん、そう。アンタは何か好きなことないの?別に遊びでなくてもいいのよ?」

「リタ以外は特にないですねえ」

「ええ……」



 ピーターの最大の趣味はリタである。

 日々リタを眺め、匂いを嗅ぎ、声を聞き、彼女がふれた水や土を口に含んで味わうのが彼の日常であり、趣味である。

 常軌を逸した趣味だが、特に周囲から指摘されることも滅多になかったし、されてもあまり気にしていなかった。

 彼の数少ない友人たちが、ピーターとリタの繋がりの深さを察していたということもある。

 加えて、リタという趣味は日常生活を送る上でも、問題なくこなせてしまう。

 なので、休みをもらってまでする趣味はない。

 何なら、今日一日、リタの中でーーゴーストハウスの中で寝て過ごそうかと考え始めた時。



「ぴーたー、としょかんいかない?」

「わかった、行こうか。師匠、ここって図書館ありますか?」

「……変わり身速すぎないかしら?」



 即決である。

 リタはピーターのすべてであり、すべからく彼女の言葉は彼のすべてである。

 


 シルキー曰く、彼女が知っている図書館と言えるものは、二か所。

 一つは、彼女個人が所有する、禁書庫。

 文字通り、門外不出の禁書なども多数有しており、ピーター達に見せることは出来ないらしい。

 最も、そういう種類の本をリタが好むとは思えないので、ピーターとしてはそこまで残念でもない。

 もう一つは、学院内にある図書館。

 様々な種類の本が蔵書されており、おそらくはリタが好む絵本などもあるだろう、とのこと。

 マギウヌスから出版されたされた本だけではなく、他の国から出た本もあるらしい。

 まだ行ったことのない国から出た本もあるかもしれない。

 それゆえに、二人とも楽しみだった。

 調べ物やリタへの読み聞かせなど、必要な読書以外しないピーターではあったが、活字に抵抗があるわけでもない。

 趣味がリタのみと言えるぴーたーだったが、読書は趣味とは言わないまでも日課のようなものだった。

 見たこともない国の絵本などがあれば、リタも喜んでくれるかもしれない。



「すごい規模だねえ」

「ほんとー」



 ピーターはかつて、冒険者ギルドの図書館に通っていた時期がある。

 行く理由はアンデッドや上級職について、調べるためであり、それ以外の分野に関しては見ることもほとんどない、狭い範囲であったが、読みつくすのに数年かかってもなお、達成しきれていない。

 あくまで、あちらこちらの本を読み漁り、断片的な情報を探ったからというのはあるが、それにしても膨大な量というのがうかがい知れる。

 それこそ、全ての本を読みつくすのは、生涯かけても不可能ではないだろうか。

 そんな図書館だったが、目の前にあるものと比べれば、数段劣っているだろう。



「おおきい!」

「広すぎない?」

『凄まじいですね』



 すさまじい程に、広く、大きい図書館だった。

 まず、天井が異様に高い。

 間違いなく数十メートルはあり、本棚の高さもそれとほぼ同じ。

 一段三十センチメートルとして、何段ある計算だろう、とピーターは計算しようとして、膨大過ぎるので考えるのを辞めた。

 さらに、ざっと見ただけで数十の本棚が見える。

 一つ一つの幅も数十メートル、棚一つで、どれだけの本が収まるだろうか。

 視界に入らないものも含めれば、おそらく、さらにその数十倍の本棚があるだろう。

 どうやって、上の本を取るのか不思議だった。



 とりあえず、入ってすぐのところに司書がいたので、絵本の棚はどこかと訊くと、地図を引っ張り出して、丁寧に教えてくれた。

 なおかつ、バツ印を付けた地図を一枚渡してくれた。

 ピーターとハルは、礼を言って、絵本の置いてある棚へと向かった。



『ここ、ということでしょうかね』

「それで間違いはないんだろうけどね」



 小さな看板が取り付けられているため、近づけばすぐに絵本の棚が何処かは分かった。

 問題は、その範囲が少々広いということだろうか。



「絵本だけでこんな数があるんだね」



 絵本が占める棚は、わずかに一つだ。

 なるほど、図書館全体に対する割合としては、些か狭いのだろう。

 ここは、学院内部の図書館であり、それゆえに蔵書のほとんどが魔法や魔術関係であるこてゃ想像に難くない。

 だが、その一つだけで十分すぎる。

 一体何千冊あるというのか。



「とりあえずリタ、上から下まで探して、欲しい本があったら言ってくれるかな?」

「わかった!」

「声は小さく、ね」

「はい、わかりました!」



 残念、声量を落としても大きいものは大きい。

 図書館では念話でやり取りしよう、とピーターは思うのだった。

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