回復魔法と治癒魔法
三話目です。
「だからアンタみたいに素の肉体が貧弱な奴、魔法職は鍛える必要があるってわけ。他はともかく、AGIとVIT、STRは鍛えようがあるからね」
「そうだったんですか」
体を鍛えて筋力を上げるというのは何となくわかった。
筋肉が傷つき、それによって修復されると、より強くなることがある。
そういう話は、王都から出版された医学書を読んだのよ、シルキーが言ったし、たった今理解した。
が、AGIとVITが上がるというのは、よくわからない。
「まあ、それもまた今後トレーニングに追加していくわ。今日はもうやらないけど」
「これって、師匠もしてるんですか?」
魔法職にこそ体を鍛える必要があるのならば、シルキーもそういうトレーニングを今までにしてきたのだろうか、しているのだろうか。
普段の彼女を見ている限り、そういう風には見えなかったが。
「昔はね、今はしてないわ」
「そうなんですか?」
「魔法職といってもね、まったく肉体のステータスが伸びないわけでもないのよ。誤差レベルだけどね」
「そうらしいですね」
アンデッドのサポートが本質であるピーターはともかく、直接戦闘が主体の〈魔法師〉は若干伸びるらしいとも聞く。
〈精霊術師〉の特性は「精霊との共闘」であるらしい。
それならば、多少は伸びるのだろう。
「で、超級職の場合は、なんだかんだその積み重ねが大きいのよ。ちりも積もればなんとやらってね」
「なるほど」
超級職は、ステータスの上昇が大きく、おまけにレベル上限がない。
アランも、150を超えていたといっていた、とピーターは思い出した。
中には、200を超えているような奴もいる、と。
そうであるならば、例えば超級職になってからの肉体のステータスが一レベルごとに一程度であっても上がるのであれば、それは五十を超える計算だ。
肉体ステータスはジョブの補正を抜きにすれば十程度なので、結局のところ超越者にとっては小細工は無意味ということなのだろう。
ピーターのような、大多数の人間にとっては、その限りではないが。
「はい、お疲れさま。とりあえず治癒魔法かけてあげる」
シルキーがアイテムボックスから杖を取り出して、ピーターに治癒魔法をかける。
「回復魔法効かないのが、ここでも響いてるんですかね?」
治癒魔法と回復魔法は、似たような効果ではあるが実態は異なる。
前者は水属性魔法であり、使い手も多い。その分、治癒限界というものが存在する。
後者は聖属性魔法であり、使い手は少ないが、回復効果は当然治癒魔法の比ではない。
後者が効力を及ぼさないというのは、戦闘において不便極まりないことだったし、日常生活にも支障が出る。
わかりやすく言えば、体質ゆえに本来最も効果がある治療法を選択できないのだから。
だから、このトレーニングにも、彼の体質は影響しているのではないかと思ったが。
「それは違うわね。回復魔法で筋肉痛を治すと、筋肉を鍛えたという事実ごと消えちゃうもの。誰であろうと、この修業に回復魔法を用いることはないわ」
その懸念はあっさりと彼女に否定された。
シルキー曰く、人の体にはある程度の治癒能力があり、体を鍛えたことによって筋肉が傷つくと、筋肉を強化して直そうとする。
そんな人間の治癒力を強化して、傷や病を治すのが治癒魔法やポーションの効果だ。
人間の治癒能力には限度があり、それを迎えると治癒できなくなる。それが治癒限界だ。
その治癒力を利用して、筋力を増そうとするのが、筋力と体力のトレーニングである。
一方、回復魔法はそれとはまるで原理が異なる。
回復魔法の本質は、事象の巻き戻しだ。
傷を、傷を負う前の状態に戻す。
病人を、ウイルスに感染する前の状態に戻す。
それは、素晴らしい魔法には違いないが、傷つくことで鍛え上げるトレーニングとは相性が悪すぎる。
回復魔法における、数少ないデメリットだ。
最も本来は想定されないような事象なので、仕方がないともいえる。
「だから体を鍛えるときは、治癒魔法を使いながら無茶をするのが最適解なのよ」
「なるほど」
ピーターにもなんとなく分かった。
治癒魔法やポーションで傷を治した時、傷跡が残る。
無数の傷跡を全身に作っているピーターは知っている。
傷が治るとき、肉が盛り上がったように修復されることがあるということを。
おそらくは、それが傷を負った筋肉が成長するということなのだろう。
だから、治癒魔法で人間の有する自然治癒力を高めれば、成長を強めることができるというわけだ。
対して、回復魔法を受けて人の傷は何もなかったかのようにきれいに治る。
単なる治癒力の強化ではなく、事象の巻き戻しが回復魔法の本質なのだ。
だから、時間が経過すればするほど効き目が加速度的に悪くなるのだろう。
治癒魔法はある程度時間がたっても効果があるのに対して、回復魔法は数分以内に使わないと効果がほぼなくなる。
だから、冒険者たちにはよく好まれるのだが、それはさておく。
「つまり、回復魔法が使えなくても困らないってことですか、嫌いじゃないですね」
「そう、気に入ってもらえたならよかったわ」
彼には、回復魔法が効かないということで、コンプレックスがあった。
【邪神の衣】が有用なのは間違いないが、それにしたってデメリットとしては大きすぎる。
今の問題は。
「さて、休んだことだし、もう三十本行くわよ。治癒限界ギリギリまで痛めつけるから覚悟してなさい」
「……わかりました」
「がんばれー」
「ああ、頑張るよ、リタ」
そういって、ピーターは再びトレーニングを再開した。
◇
「ぴーたー、だいじょうぶ?」
「…………」
『気絶しておりますな。奥様、そっとしておきましょう』
「はーい!」
死ぬかと思った。
それが、その日のトレーニングをすべて終えたピーターの感想である。
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