変人とぬいぐるみと変人
「おい、聞いているのか?」
「あ、はい聞いています」
「ああそうか、それで一体何をしているのか、話してもらおうか」
魔都の路上で、ピーターは憲兵に尋問を受けていた。
理不尽な話である。
ピーターには心当たりがない。
彼が警吏にからまれることなど、せいぜいでアンデッド使いであるところぐらいだが、この国ではアンデッド使いに対する排斥意識は比較的低いはずだ。
というかそうでないならここへ来た意味がない。
安全のためにはるばるここまでやってきたというのに、また排斥されてしまうのでは、本当にどこに行けばいいのかという話になってくる。
修行のためと言われたし、そのつもりでもあるが、ピーターとてアランの意図がそれだけでないことはわかっていた。
「この砂は何だ?」
「ここで拾ったものです」
そう、先ほどからピーターは砂を拾っていた。
それを奇妙に思った憲兵に問い詰められたのである。
「なんのためにだ?」
ようやく、憲兵の意図を理解する。
そして、誠意をもって本心から答えることにした。
「ペロペロするため、そしてさせないためです」
「…………は?」
警吏には、ピーターの発する意味が分からなかった。
一体全体何を言っているのか。
「意味が分からないんだが」
「これは、私の妻が踏んだ地面の土です。それを集めました」
「……舐めるためにか?」
警吏は、けげんな顔をしたまま、ピーターに問いかける。
「ペロペロするためです」
「……舐めさせないため、というのは?」
「自分以外のだれにも、リタの踏んだ土をなめられたくないからです」
「普段から集めているのか?」
「はい、アイテムボックスにありますね。ご覧になりますか?」
コレクションをさらすべきかと、ピーターは考える。
基本的に嘘はつかない。
下手に嘘をつけばより一層疑いは濃くなる。
さらには、仕事中の警吏にも迷惑がかかるかもしれない。
ピーター・ハンバートという男、基本的にはまじめな性格である。
問題は彼の根本的な変態性が受け付けられないところにあるのだろうが。
「とりあえず、うちの国でとった奴は全部返せ」
「なぜですか?」
「わからないのか?」
「ペロペロしたいからですか?」
「違うわ!馬鹿かお前!」
コントのようにも見えるが、二人とも大真面目である。
ピーターにしてみれば、不当な理由どころか、理由もなく憲兵に問い詰められており、意味が分からないが、正直に話して悪意のないことを理解してもらわなくてはならない。
こんなことは、法の被害者といってもいいピーターでさえも初めてだった。
憲兵にしてみれば、別に法を犯しているわけでもないが、あまりにも言動が不審な男を放置するわけにもいかない。
お互いが内申不要で無意味だと感じているやり取りは。
「何してるのよ」
第三者の声によって妨げられた。
「あなたは?」
「質問に質問で返さないでほしいわね、ワタシが何をしているのかと訊いているのよ」
強い口調で発される凛とした声に、三人とも振り向く。
声の主は、端的に説明してしまえば一人の幼女だった。
銀髪をツインテールにしており、瞳は水色。
紺を基調とした星空を連想させるドレスを着ており、そこまではいい。顔立ちは可愛らしいし、着ているものも上等なものだと思えるが、そこは大した問題ではない。
幼女自身と、彼女の着ている服以外のものが、奇妙だった。
両腕には白虎のぬいぐるみを抱えており。
そしてさらに奇妙なことに、カバのぬいぐるみの上に載っており、更に肩の上にはカラスのぬいぐるみが乗っている。
そして銀髪で覆われた頭の上には、緑色の芋虫のぬいぐるみが乗っていた。
縫いぐるみまみれの奇妙な幼女、というのが客観的な評価であり、ピーターが彼女へ抱いた第一印象である。
もっと端的に言えば変人である。
「ぴーたー、ぬいぐるみいっぱいで可愛いね」
『彼女、なんとも珍妙な姿ですね』
リタやハルもピーターが感じたのと同様の印象を受けたようだ。
「あ、あのあなたさまは、もしかして」
「確認しないとわからないの?随分な観察力ね。程度が知れるわ」
「こ、これは失礼を」
ただ、どうやら先ほどまでピーターを問い詰めていた憲兵は違うらしい。
何やらうろたえた様子で、落ち着きがない。
予想外、かつ高貴な人物を見る目だ。
少なくとも、少女の珍妙な恰好をとがめる目ではない。
「あ、あの申し訳ありません。その、どのようなご用件でございましょうか!」
汗をだらだらと流して口調も変わっているあたり、貴族なのかなとピーターは考えていた。
と、そこまで考えたところでそういえばハイエスト聖王国と違ってこの国には
さらにいえば、もとより低い頭の位置が、座っていることでさらに低くなっているはずだが、それに憲兵が合わせてかがんでいる。
まあ、ピーターには関係のない話で。
「そこの子供、ピーター・ハンバートに用があるのよ」
「「え?」」
憲兵とピーターは、そろって声を上げた。
「一応、あんたのことはアランから聞いてたからね、危なっかしい奴だって聞いてたから迎えに来たのよ」
「……ありがとうございます」
それを聞いたピーターは、「そんな風に思われていたのか」という残念な気持ちと、「こんな状況になっている以上、反論の余地がない」という納得の感情を同時に抱いた。
そして、もう一つ気づいた。
アラゴから聞いたと、言うことは。
「あの、ということはあなたが」
「ああ、名乗ってなかったわね」
少女は、こちらを向き、薄い胸を張る。
「私は、学院を統括する最高機関である十賢が一人、〈精霊姫〉シルキー・ロードウェル」
彼女は、自身の身分を明かして。
「貴方の師匠候補になるわ。どうぞよろしく」
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