プロローグ 2 魔法の国
突然だが、人とゴーストの違いとは何であろうか。
肉体の有無。
聖属性への耐性の有無、弱点化。
物理攻撃への無効化に近い耐性。
あるいは、邪属性への適性
等々……上げればきりがないだろう。
いろいろあるだろうが、その中の一つにはまず間違いなく、空を飛べるか否か、というものがある。
ゴーストは例外なく浮遊能力を持ち、人はごくごく一部の例外を除いて空を飛ぶことは出来ない。
強力な魔法の使い手であれば可能かもしれないが、少なくともピーターを含んだたいていの人類にはできない。
当然、彼ら彼女らが空から見た景色は人間とは共有できない。
そのはずだった。
「おおおおおおおおおお!」
「すごーい!」
だからこそ、ピーターは驚き、そして感動していた。
人生ではじめて、リタのいる高所からの景色を、ともに見ることができたのだから。
ちなみに、リタも叫んでいるがそれは高所にいるからではなく、むしろ
今、ピーターとリタが乗っているのは、円形の金属板だ。
そしてその金属板は筒状の透明な結界の中に入っている。
そしてピーターたちの乗っている金属板が、どういう方法によってか上下している。
高さはすでに百メートルを超えて、それでも金属板は彼らを乗せてぐんぐんと登っていく。
さらに上に位置する、魔法魔術国家マギウヌスの首都、オーバーカレッジへと。
◇
「すごかったね、エレベータっていうらしいけど」
「えれべーたー?」
「さっき乗った奴だよ、ここまで移動するのに使ってたでしょう」
「あ、あれのこと!すごかったよね!」
「本当にすごいよね、こんな高い位置に国があるなんて」
高さ、およそ千メートルの位置に、巨大な島が浮いている。
島は、煉瓦で覆われ、城のようになっている。
島そのものが一つの迷宮であるかのような島。
それこそは、魔術魔法国家マギウヌス。
その首都、学院都市オーバーカレッジである。
オーバーカレッジの門で、ピーターは入国審査官と、問答していた時のことだった。
マギウヌスは五大国家と呼ばれる、非常に強大な力を持つ国家の一つだが、国土は決して広くない。
「ジョブは、〈降霊術師〉系統の〈冥導師〉でお間違いありませんか?」
「はい、そうです」
「確認したします。邪属性魔法、アンデッドの使役と補助に特化したジョブであるということに間違いありませんか?」
「はい、そうですね」
「【鑑定】結果と相違ありませんね。【目利き】でも持ち込み禁止物はありませんね、通ってください。あ、そうだこれを渡しておかないとね」
そういって、入国審査官が、一枚のカードをピーターに渡した。
「これは?」
「これはこの国で使うお金ですよ、マギウヌスでは金属硬貨や紙幣なんて野蛮なものは使いませんからね」
「……一枚だけ、ですか?」
今まで使ってきた貨幣体系をあしざまに言われたことは置いておいて、ピーターは尋ねる。
お金の意味は、数だ。
価値の数値化だ。
なのにどうして一枚しかないのか。
「違いますよ、これはですね、吸魔石でできたものなんですね。この国では魔力がお金なんです」
「はい?」
聞いたことのない情報だったので、そして信じがたい情報だったので驚いて聞き返す。
ピーターは長年金といえば金属の貨幣だという認識があった。
実際、アルティオスでは金属製の貨幣しかない。
貨幣に必要なことはいくつかある。
団体の間で、共通の価値があると認定されること。
食品などと違い、時間が経過しても腐敗しないこと。
所有してもなお、所有者に害がないこと。毒物や呪物の類でないこと。
なるほど、それらは満たしている。
加えて、魔力を吸魔石というものに封じているなら金属の塊よりもよほど持ち運びやすいだろう。
だが、魔力通貨はこの国以外では導入されていない。
なぜか。
まず、膨大な魔力を有する者が少ない。
MPの伸びがいいジョブに就いている割合は限りがある。
だから、使おうにも魔力が少ないので通貨として成り立たない。
国民のほぼすべてが魔法職であるマギウヌスでは、さほど問題にならないのだが。
ふと、気づいた。
「もしかして、税金も魔力?」
「はい、そうなんです!国民の皆様や、モンスターなどから無理のない範囲で魔力を提供していただいています。徴税した魔力は、公共の魔道具の使用に使わせていただいております。先ほどの魔法エレベータもそうやって動いているんですよ」
「なるほど。それは素晴らしいですね」
「すごーい!」
合理的だな、とピーターは感じた。
リタは税金がわからないので、彼女の感嘆はエレベーターそのものに対するものだったが。
「あの、これって自分の魔力を注いでもいいんですか?」
「はい、構いません。ただし、魔力を注ぎすぎて魔力切れを起こさないように注意してください。何かあったときに対応できなくなりますから」
「国で過ごしている間に、何かあるんですか?」
「いえいえ、万が一がありますから、なるべく多く残す方が賢明ですよ、という話です。吸魔石から魔力を抽出するのは手間がかかりますから」
「でも、多くの人が魔力を注いでいたら、市場があれませんか?」
「心配いりません。強力な魔道具を使ったり、逆に足りなくなったときは十賢――魔法系超級職の方々が補充してくださるので、バランスが崩れることはそうそうありません」
「……なるほど」
システムに対して、ピーターは素直に関心し通しだった。
「……どういうこと?」
『奥様、お気になさらくても、我々には関係ありません』
「そうなんだ!」
リタは、全く分かっていなかった。
◇
入国審査官と対面した時点で、すでに驚かせるような文化と相対していた。
これからどんな出会いがあり、どんな経験ができるのか。
ピーター達は心を躍らせながら、国に入り、エレベーターに乗り、マギウヌスの大地を踏み。
「おい、そこのおまえ!なにをやっとる!」
「え?」
今、この瞬間、道の真ん中で、警吏に問い詰められている。
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