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旅立ちを決めた分岐点

「では、本当に行ってしまうんですね」



 冒険者ギルド内部にあるカフェの中で、ピーターと向き合っていたラーファがそう確認した。

 ちなみに、職員である彼女だが、今日は非番である。

 どうにも、外せない用事があったゆえに。



「ええ。折角〈冥導師(・・・)〉……上級職につけたので、まずはレベルを上げないといけませんから」



 グレゴリーと切ったはったの戦いを繰り広げて、誘拐事件を解決してからはや二週間。

 三日ほど寝込んでいたピーターも、すでに調子を取り戻していた。

 ギフトの効果で回復魔法は効かないが、逆に言えばポーションの類は効くし、彼自身のHPが高かったということもあって、完全といってもいい状態まで回復していた。



 さらに言えば、ピーターは未達成だったものも含めてすべての条件を達成し、降霊術師系統の上級職である〈冥導師〉に転職した。

 その意味は大きい。

 まず、レベル上限の開放。ここ三年ほど上がっていなかったレベルをようやく上げることができる。

 二つ目に、移動条件の緩和。

 彼の冒険者ランクは、条件達成によってCランクに上がっていた。

 上級職を条件とするCランク以上の冒険者には特典が与えられる。

 その中の一つが、国外移動条件の緩和だ。

 これは、

 


「ちなみに、最後の転職条件は何だったのですの?」

「…………」



 ピーターは言葉に詰まり、うつむいた。

 しかし、すぐに顔を上げた。



「あの、ごめんなさい。言いたくないのでしたら」

「最後の条件は、『自分、および契約下のアンデッドが殺したアンデッドの数が五百を超える』、でした」

「……それは、なんとも」



 あの時、彼は数多のむき出しの魂に触れることで条件を達成した。

 そして、ピーターは、今までほとんどアンデッドを殺したことはなかった。

 先日出くわしたリビングメイルや、フレッシュゴーレムなどを含めても、アンデッドと交戦した数はごくわずかだ。

 そもそも、ピーターにとってアンデッドという生き物は敵ではない。

 それこそ、家族となりえることも考慮できる存在だ。

 だから敵対したとしても、自分以外に被害が及ばないのであればすぐに逃げる。

 だから、普通に考えれば、ピーターはこの条件を達成できていない。 

 先日、ハルがとどめを刺した<千死の栄光>を除けば。

 


 それはあの怪人がどれほどの魂を収集していたのか、どれだけの数の子供の命を弄んでいたのかということを意味している。

 それを思うと、ピーターとしてはやりきれない思いもあった。



「ええと、これからレベル上げですね」

「ええ、そのためにもダンジョンに行こうと思います」



 ラーファは暗くなった空気を戻すために、話題を変えた。



「はい、この町のダンジョンは、僕とは合いませんからね」



 レベル上げに最適な施設は王都にある『教皇の神殿』『女教皇の聖堂』の二大迷宮だが、あそこは〈降霊術師〉を含め、邪属性に関わるジョブに就いている者は入れない。

 制度的にというだけではなく、物理的に結界にさえぎられてしまうのだ。

 邪属性に適性の高い職業が冷遇されるのは、そういう事情もあった。

 では『愚者の頭骨』はどうなのかといわれれば、あそこもパーティーでの攻略が前提であり、ピーターには適していない。

 そして迷宮抜きでは、このアルティオスにとどまるメリットが薄いのだ。

 モンスターがその場にあり続け、わき続ける神秘ダンジョンはもっとも効率のいい場所なのだから。



「どこの迷宮に行かれるんですか?やはりマギウヌスへ?」

「ええ。魔法国家マギウヌスの迷宮に入ろうと思っています。そこならば、おそらく私への風当たりも比較的弱いでしょうから」



 これまでは、僕の力量が足りず、行くことができませんでしたが、とピーターは自嘲する。

 魔法師の国であるマギウヌスでは、確かに〈死霊術死〉や〈降霊術師〉などへの忌避感は薄い。

 また、ゴーストも含めた魔法生物が多く、アンデッドや悪魔に対する忌避感も薄い。

 むしろ愛好しているものさえいるほどだ。

 良くも悪くも魔法至上主義であるため、ピーター達が不当な差別を受ける可能性はまずないだろう。



「道中、わかっているとは思いますが気を付けてくださいね。ピーターさん危なっかしいですから」

「あんなことがあった後だと、反論の余地がありませんね。気を付けます」

「うん、きをつける!」



 いくらはいってしまえば待遇がよくなるとはいえ、国を超える大規模の移動にはリスクが伴うし、国外には出ていけない。

 だからピーター達は、行くことが今までできずにいたのだ。

 


「ギルドマスターも、ありがとうございます。わざわざマギウヌスへの紹介状を書いていただいて」

「いや、例を言いたいのはこっちの方だぜ。何にしろお前がいなかったら、連中に逃げられていたのかもしれんからな」



 いつの間にか、隣に座っていたアランにも、ピーターは感謝の意を告げる。

 どうやって気取られずに座ったのかはわからないが、そこは達人ゆえだろうと納得した。

 実際問題彼の貢献あってこそ、子供を救うことができ、そして犯人の大半をとらえることができたのだろうとアランは思う。

 それ故にこそ、その礼として、あるいはそれだけのことを成し遂げたものへの期待を込めて紹介状を書いたのだ。それだけが、理由ではなかったが。



「ま、修行が済んだらまたこっちに戻ってこいよ。いつでも待ってるからな」

「はい。本当にありがとうございます」

「おじさんありがとう!」

「ハハハ、またなお嬢ちゃん」



 また来てほしいと言ってくれる人がいて、最近少しだけその数が増えた。

 それをピーターは、悪いことだとは思わなかった。


 ◇◆◇



 ピーターが冒険者ギルドを出た直後。



「これで、いいかよラーファ」

「当然です、これぐらいはしないと収まりません」

「ま、お前の怒りはもっともだよな」



 実の娘ににらまれても、彼は特に堪えた様子はない。

 ……罪悪感がないわけではないが、娘ににらまれていることではない。

 その理由が問題だ。



「貴方、ピーターさんたちを危険にさらしたでしょう」

「危険に晒したわけではねえよ。晒されただけだ」

「彼を誘導して、|教会や騎士団にぶつけた《・・・・・・・・・・・》でしょう?教会側に対する切り札として」



 件の誘拐事件。

 アランは、教会側、騎士団側のの人物が関与している可能性を疑っていた。

 それなりの規模であるはずの事件なのに、犯人がまるで挙がってこない。

 まるで、誰かが隠蔽しているかのように。

 そしてピーターがダンジョン――教会と冒険者ギルドが共同で管理している異空間に言及した時、疑念が確信に変わった。

 こちらかあちらか、こちらではない。だから、あちらしかありえない。

 恐らくピーターの予想は正しい。むしろなぜ思いつかなかったのか不思議であり、もしそうなら間違いなくダンジョンを管理下に置いている教会側が怪しい。

 教会と対立するのは目に見えていた。

 しかし、民間最大の武力組織である冒険者ギルドと国立の武力組織である騎士団が真っ向から対立すれば問題になる。

 最悪紛争になりかねない。



 だから、低ランク冒険者のピーターという人材が切り札として最適だったのだ。

 そこでピーター、厳密には彼のギフトが有力になってくる。

 アランにしてみれば、ピーターが誘拐犯たちに苦戦するとは思っていなかったが。

 誘拐した実行犯が冒険者崩れの盗賊であることが、唯一の計算違いだった。

 上級職相当の戦闘能力を持ったアンデッドを二体も従えているのだ。

 加えてピーターはギフトでアンデッドの弱点を潰せるうえに、アンデッド専用のバフスキルでさらに戦闘能力を上げることもできる。

 本来であれば、低ランクの冒険者であること自体がおかしい存在だ。

 それこそ、個人の戦闘力だけで言えばAランク――冒険者における最上位ランクに上がっていてもおかしくないだろう。

 彼のギフトが、対教会勢力において有効だと判断したから、誘導したのだ。

 メーアが誘拐されたが、そうでなければ何らかの形で被害者の家族などと引き合わせていただろう。

 ピーターと誘拐事件を起こしたもの、ひいてはその黒幕であろう教会関係者と対立させ、最終的に裏で糸を引いているであろうゴーレムとピーターを戦わせる。

 そこまでが、〈魔王〉の筋書きだった。



「それだけじゃねえよ」

「……お父様?」



 何かを悩んでいる様子だった。



「以前、〈不死王〉と戦った話をしたことがあったよな?」

「ええ……」

「戦えば、どういう奴なのか、どういう生き方をしてきたのかはわかる。だから、ピーターが〈降霊術師〉系統上級職の最後の転職条件もうっすら想像はついてた」



「俺は、『殺人数が一定以上』だと思っていた」



 その想定は、無理もない。

 幾千幾万の死者を量産して、いくつものの国を滅ぼし、世界を震撼させた者。

 


「だから、ピーターを対人戦に巻き込むことで、あいつの望みをかなえるべきだと考えた。そうでもないと、あいつは人を殺せねえからな」

「そうですわね」



 彼に、その条件を伝えれば、転職を諦めかねない。

 だから言えなかった。

 言えずに、彼を戦いに巻き込むしかなかった。

 彼は、無辜の市民を殺すことは出来なくても、敵対した相手を殺すことにためらいはない。

 だから、無理もない話ではあった。



「でも、予想は外れたというわけでしてよ?」

「それは、違う。多分、枝分かれしている」



 上級職が、複数ある下級職も存在する。

 騎士系統の上級職が、〈聖騎士〉や〈暗黒騎士〉など複数ある。

 それぞれに条件が設定されており、達成したものに転職することができる。

 だから、〈不死王〉のもとになった上級職と、〈冥導師〉は別の職業であるというのが彼の推測だった。

 〈不死王〉は自らがアンデッドと化し、力を振るう職業だった。

 人のままであるピーターとは、似ても似つかない。



「ということは」

「俺のお節介は無意味だったってわけだ」


 

 ピーターは、アランの娘の友達でもある。

 それを抜きにしても、もう十年近くの付き合いがある。

 そんな彼に対して一切の親愛の情がないわけではない。

 だが、騎士団や教会と冒険者ギルドの対立関係は深刻であり、そのためには使える者は何であろうと利用せざるを得ないのだ。

 それこそ、ピーターのように心を許した存在であったとしても。


 けれど、そんな思惑はありつつも、彼はピーターのためにもなるように動いていた。


「……そうでしたか、申し訳ありません、父上」

「いいんだよ、ただのお節介なんだから」



 彼女には、そこまでした父親を責める覚悟はない。

 アランが、ピーターに対して、先日の屋根の修理費などを肩代わりするなど、様々な便宜を図ってきたことを知っているから。

 そしてそれが対立する「犬猿の仲である教会勢力への切り札として」彼を育てるためにやっていることだと知っているから。知っていて、自分も黙認しているから。

 友人は自分を含めても少なく、敵は多く。

 そんな彼を、友人を守るためには父に任せるのが最善だと知っているから。



「……便宜を図ってくれてありがとうございます。父上」

「まあ、俺に原因が、非があることだからな。それくらいはするさ」



 今回の一件で、ピーターの功績は大きい。

 だが、教会がどう思うかはわからない。

 最悪、暗殺しようとするかもしれない。

 だから、自分で身を守れるよう強くなるまでは、隣国へ逃がす(・・・・・・)ことにしたのだ。

 ピーターは事実を知らない。

 本当に、修行をしたほうがいいと勧められただけだと思っている。

 そのほうがいいと、彼等は思ったから、言わなかったのだ。


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