壁を乗り越え、その殻を破る
【降霊憑依】が解除されると同時、現れた影は三つ。
「ごふっ」
一つは、ピーター・ハンバート。
反動で血を吐きながらも、しかして、まだ立っている。
しかし、それだけだ。
もう、彼自身には戦闘能力は残っていない。
MPを大量に使用する【降霊憑依】は、今の彼には使用できない。
もとより、今の彼の拳では、健常であっても一ポイントたりともグレゴリーにダメージを与えられないのだから。
「ぴーたー!だいじょうぶ!」
二つ目は、リタ。
本体の方は顕現せず、霊体のみである。
この状況では、本体を出す意味もほとんどない。
『――』
「わかった!」
「みんな、あいつのせなかのこうらをねらって!」
リタが、ピーターに念話で支持されたとおりに叫んだ。
これを可能にしたのは、【交霊術】というスキル。
効果は、複数ある。
第一に、アンデッド限定のコミュニケーション能力の補正。
他者の支配下にないアンデッドとの交渉が成功しやすくなる。
第二に、契約下のアンデッドとの間に絆を設ける。
無消費の念話による通信が可能である。
アンデッドと信頼を築き、ともに戦うジョブである〈降霊術師〉の最も基本となるスキル。
それによって、リタに指示を出すよう、頼んだ。
アンデッドの言葉を、この場にいる人が聞くかどうかはわからない。
けれど、話すこともままならないピーターには、彼の気づきを伝える手段がそれしか残っていなかった。
グレゴリーは、その言葉を聞いて初めて顔色を変えた。
もちろん、鎧兜を付けた彼の顔色は、余人にはわからない。
だが、周囲にいたものたちは彼の態度に気付く。
彼が、背を向けないまま、ピーターから距離をとった。
露骨に、逃げようとしている。
この動作からわかるのは二つ。
背中をかばっている、ということ。
ピーターが最初にそれに気づいたのは、彼の鎧を見た時。
ルークにつけられた傷がふさがっていた。
厳密には、他の細かい傷も塞がってはいたのだが、ピーターの目には入っていなかった。
そして、それ自体は重要ではない。
重要なのは、どうして修復したのか、である。
通常、鎧や剣などの武具は修復することはない。
〈鍛冶師〉などはスキルを使って修復できるが、それも戦闘時に使えるようなものではない。
回復魔法や治癒魔法、薬品などもあくまで生物にしか効果がない。
ロジックとしては、明白だ。
怨念によって作られた鎧。
そして、怨念で作られているものは、ピーターの身近にもある。
それは、家族であり、骨であり、家で会ったり、鎧であったりもする。
アンデッドだ。
ーーつまり、呪具、〈千死の栄光〉は、アンデッド化している。
アンデッド化しているから、傷つけられても修復する。
アンデッド化していれば、変形して感覚器官を生やすこともできる。
アイテムにして、リビングメイル。
それが、〈千死の栄光〉の正体である。
それは、無敵の鎧のように見えるが、弱点も有している。
リビングメイルは、ゴーレムの一種でもある。
それは、先日ピーターが倒したフレッシュゴーレムや、ハルが打ち破ったリビングメイルと大差ない。
すなわち、一つだけ欠陥がある。
他のゴーレムと同じくコアを有しており。
それを破壊されれば、停止する。
◇◆◇
ルークは、今日、こんなことになるとは思っていなかった。
いつも通りの日々だとおもっていた。
しいて言うなら、知り合いの、護衛対象だった〈聖騎士〉ユリア・ヴァン・カシドラルとたまたますれ違ったくらい。
だが、それを冒険者ギルドでピーターに話した時、明らかにピーターの態度が変わった。
こんな戦いになるとは思っていなかった。
だが、何かあるのではないかと直感した。
ピーターは、基本的には危機感が薄いとルークは理解している。
自身を殺しかけた相手に対して、まるで遅刻した相手を許すような態度をとり、けがをしても、気にも留めずに冷静な顔でポーションを振りかける。
同じ冒険者としてみても、明らかに異質だった。
そんな彼が、危機感をはっきりと顔に出していた。
彼が必死になるのは、リタやハルのような家族か、あるいは友人だろうか。
そのために、無茶をしようとしているのだと察した。
ピーター・ハンバートの強さは言うまでもなく、理解している。
先日のアンデッドを撃破できたのは、彼と彼のアンデッドによるものだし、戦闘特化の上級職パーティを撃破したとも聞く。
そんな彼が焦るような状況、相当追い込まれていることはわかるし、リスクも大きい。
それでも、彼等はついていくことを選んだ。
ピーターを放っておけなかったから。
「貴方たちを巻き込むわけには」と言い出すピーターに対して、戦力はあればあるほどいいし、そもそもどうやってユリアを探すのかと言えば、彼も承諾せざるを得なかった。
場合によってはルークだけでも同行するつもりだったが、結果として〈猟犬の牙〉全員がそろって追いかけることにした。
結果として、街の外で旧墓地にいることを突き止めて、近づくことができた。
近づく際には、【気配操作】で気取られぬようにしながら接近していた。
そして、ルークたちが奇襲し、ピーターが正面から戦って、敵を追い詰めた。
そして、今この瞬間。
誘拐事件の黒幕がいて。
ここで、勝てるかもしれない、倒せるかもしれない、そんな状況で。
ここで引くのは、冒険者ではないと思うから。
友人で、恩人である彼らのことを信じたから。
報いたいから。
だから、ルークは短剣を構えて。
ミーナは、弓を弾いて。
イスナは、大剣を掲げて。
フレンは、回復魔法と支援魔法を行使して。
今持てる全てを使う。
ユリア・ヴァン・カシドラルは知らなかった。
自分の様子が、ピーターから見ておかしかったこと。
ピーター達が、自分を追いかけてきたこと。
そして、今、誘拐の首謀者である彼らを追い詰めている原理も。
わけがわからず、パニックになりかけて、それでも。
「全員!一斉に甲羅に攻撃!」
今度こそ、斬るべきものを間違えないと、斬撃を放つ。
号令に応じて、他の騎士も動き、斬りかかる。
本来、〈聖騎士〉である彼らにしてみれば、アンデッドも、それを使うものも敵である。
それでも、ここは間違えない。
個人の感情を、使命より優先する程度の存在なら、今ここに彼らはいない。
だから、彼等もまたアンデッドたちは無視して、フレンの回復魔法で重傷から軽傷になった体を引きずって、グレゴリーのみに攻撃を行う。
そうして、冒険者の、騎士の、攻撃が一斉に背中の甲羅を攻撃している。
さらに、もう一体。
ハルだ。
霊安室で倒されないように待機していた三体目。
聖属性攻撃の余波も、【邪神の衣】でものともせず、四つ足と身の軽さを生かして跳びあがる。
そして、振り下ろすのは、ただ一度の攻撃を当てるため。
「【ネクロ・パワー】!」
「【ハルバード・ブレイク】」
ポーションで無理やり回復した魔力でピーターによって放たれるバフを乗せて、ハルが尾の斧槍を振るう。
己の尾の耐久値と引き換えに、最大威力の斬撃を放つ必殺技。
上級職であろうと一撃であるピーターの火力は。
「……馬鹿な」
「言っただろう」
彼が背負う、甲羅を砕いた。
その奥にある、コアとともに。
「僕達が、お前の光を破壊するって」
核を破壊されたことで、〈千死の栄光〉が砕け散った。
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