幽人速攻
(なんだ、今何をした?)
突入した時点で気づいていた。
それを一言で表すのなら、宙に浮いた男。
黒い髪、緑の瞳、そしてどこか煉瓦のような、洋館を連想させる文様のコートを着た男。
(速い!)
AGIに秀でた<暗殺者>よりも。
今まで屠ってきたモンスターよりも。
いくらか速い。
だが、対応できないほどではない。
仮に、対応できなくても、速度に秀でたものでは、まずこの防御を突破することは出来ない。
防御力無視貫通スキルでも、関係ない。
貫くことは出来ない、できなかった。
〈千死の栄光〉は、それほどに強力な呪具である。
その攻撃力や、防御力は相性最悪であるはずの〈聖騎士〉と正面から相対しても、圧倒できるほど。
しかも、怨念をつぎ込んだ結果として、自動修復機能まで発言している。
その防御を抜いて攻撃できるものは、今まで一人もおらず。
「ふっ」
「ご、ふ」
ーー今、この瞬間、ここにいる。
接近した男が、顔面を殴った。
〈千死の栄光〉をすり抜けて。
(なぜ?いったいどうして?防御無視貫通攻撃?しかし、そんな私の防御をあっさりと透過するなんて……)
条件付きゆえに強力な貫通能力を誇る【バックスタブ】も、彼の肉体に傷をつけることは出来なかった。
そもそも、目の前に急に現れたのは、何者なのか。
装備しているモノクルで、相手を見て理解する。
敵の正体と、その絡繰りに。
◇◆◇
殴ったのは、ピーター・ハンバートである。
その姿は、普段とは異なる。
【降霊憑依】によって、リタと融合した結果である。
ただし、以前ビンセントに使ったようなハルとの融合体ーー竜骨体ではない。
竜骨体では、ステータスで上回るグレゴリーに勝てない。
だから、こちらを使う。
【降霊憑依】ーー幽人体。
耐久力の高い相手に使う切り札である。
ハルバード・ドラゴンスケルトンである竜骨体が、正面から相手を叩き潰すための形態ならば、幽人体は、からめ手によって相手を削り殺すための形態。
霊体としての性能と、人としての性能を併せ持った形態である。
今の彼は、リタとも性能が違う。
ゴーストハウスと融合しているものの、人の性質も持つがゆえにゴーストハウスのような取り込んだ相手を制圧する能力は低い。
だがしかし、彼女にはない能力も有している。
それは、人であり、霊体であるということ。
ーーすなわち、触れることも、触れないこともできる。
鎧を、霊体としての特性ですり抜けて。
肉体を、人であるがゆえに殴りつけた。
防御力を鎧に依存しているグレゴリーにとっては、天敵である。
どれほど、鎧が硬くても関係ない。
触れずに、グレゴリーの肉体に直接ダメージを与えられる。
加えて、彼のAGIとSTRは大幅に上がっている。
それこそ、防御能力の大半を防具に頼る〈暗黒騎士〉の防御力を貫通できるほどに。
本来ならば、リタ単体であれば無駄なステータス。
高速で移動しても、攻撃力が高くても、物理的な攻撃をできない以上意味がない。
だが、ピーターと融合したことで、その力が全力で発揮される。
グレゴリーは、彼の正体を看破し、アイテムボックスから剣を取り出す。
それは、マジックアイテムの一種。
非常に高価なものではあるが、【化けの皮】で長らく〈聖騎士〉に擬態していた彼にとっては必需品。
聖属性魔法が実は使えないことを隠すべく、彼が使ってきた切り札。
そして、アンデッドに対しては、天敵。
すり抜けるゴーストに対して、物理攻撃に類する斬撃は無効ではあるが、聖属性を纏えばその限りではない。
むしろ、かすっただけで致命傷となりえる。
ゴーストはHPやVITが低い傾向にあるので確実に殺せる。
そう判断した、彼の攻撃は。
ピーターの肉体を、あっさりとすり抜ける。
そして、カウンターとして、放たれたピーターの拳が顔面に直撃する。
「ご、は?」
グレゴリーには、意味不明である。
なぜ、攻撃が徹らないのか。
どうして、すり抜けるのか。
アンデッドではないのか。
グレゴリーには、まるで理解ができない。
だが、ピーターは知っている。
それこそが、彼のギフトの効果ゆえに。
【邪神の衣】によって、彼は聖属性の恩寵を拒んでいる。
そして、ピーターはすぐさま次の行動へ移行する。
霊体の特性を生かして、地中に沈んだ。
「消え、っ!」
地中に潜ったピーターが、次に瞬間には、地上に現れる。
グレゴリーにはわからないことだが、ピーターの【降霊憑依】の維持可能時間はせいぜいで十数秒。
悠長な持久戦はできない。
しかし、有効打はいまだ与えられていない。
鎧の防御を抜きにしても、グレゴリーは固く、まともに殴打を入れてもダメージはほとんど通らない。
であれば、方法は単純。
地面から突き出した腕が、彼の股間にめり込んだ。
まともに殴って効かないなら、まともではない所を殴ればいい。
「お、ご」
睾丸を下から殴られて、グレゴリーは崩れ落ちる。
だが、それでもピーターは止まらない。
(あと、五秒)
活動限界時間はあまりに短い。
それを過ぎれば、ピーターは、もう戦闘ができない。
それどころか、もはや反動で立つことすらできなくなる。
だから、ピーターは、ここから詰めに行く。
そのまま、霊としての浮き上がる力を使い、左腕で、顎に全力の突きを見舞う。
落ちかけたグレゴリーの体が、今度は逆に浮き上がる。
(四秒)
さらに、右腕を顔面につきだす。
重厚な兜をすり抜けて、人差し指と中指が、グレゴリーの両眼に到達。
ぶちゅり、という音がして、同時にグレゴリーの視界を奪う。
いやな感触が伝わると同時に、ピーターは右腕を引く。
人差し指と中指は、衝撃に耐えきれずへし折れていたが、構わず左腕の抜き手を放つ。
彼の、喉へ向けて。
「ーーかひゅっ」
(三秒)
放たれた抜き手が、彼の喉を潰し。
同時に、ピーターの指も抜き手に耐えきれず、折れ曲がる。
だが、構わない。
ここで、仕留めることができるのであれば、その程度の痛みは許容できる。
そもそも、これで傷つくのは融合体であり、彼ではない。
〈千死の栄光〉。
その鎧に刻まれた無数の貌の目が開く。
金属で構成されたからでありながら、眼球がぎょろぎょろと生物のように蠢く。
そしてそれは、こけおどしではなく、グレゴリーに視覚を与える。
「【カースド・ウェポン】!」
「っ!」
グレゴリーの右腕と左腕に、闇色の剣が構成され、それを放り投げる。
彼が攻撃したのはピーター、ではない。
彼らの傍にいる、ユリアに向かってである。
「ーー」
「ピーター!」
とっさの判断だった。
ピーターは、自分の体を盾にして、ユリアを攻撃から守る。
邪属性の魔法は、アンデッドでもある今のピーターにはほとんど効果がない。
だが、彼女をかばうために、時間を消費した。
それが、致命的。
そしてーー十五秒が経過して。
【降霊憑依】は解除された。