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光を覆う邪悪なる闇

 この盤面は、詰んでいると誰もがどこかで思っていた。

 だから、彼も彼女も気づけなかった。

 ゴーレムの背後に回っていた、ルークに気付かなかった。

 平常時であれば気づけたかもしれないが、彼女が囮となってで気づけなかった。

 満を持して、潜んでいたものが牙を剥いた。



「【バックスタブ】」



 ルークの、〈暗殺者〉としてのスキルが突き刺さった。

 〈暗殺者〉とは、対人間かつ奇襲に特化した職業である。

 ステータスとしてはAGIとDEXに秀でており、スキルは奇襲と、それを行うための潜伏などに秀でている。

 【バックスタブ】はその中でも代表的なスキル。

 その効果は、未発見状態からの背後の攻撃に限り、他者の防御力と状態異常への耐性をある程度無視できるというもの。

 当然、彼の剣には毒物が塗布されている。

 モンスターなどにはほとんど役に立たないが、対人戦においてこの上ない程に、はまる戦法。

 だがそれは。



「効かないな」

「がっ」



 軽々とつかまれ、投げ飛ばされる。

 地面に転がる。

 対してゴーレムは無傷だ。

 背中の甲羅が想定以上に厚く、刃が通っていないのだ。



「【エッジショット!】」

「【ヘビーアロー!】」



 イスナとミーナの攻撃も加わる。

 その間に、ルークは退避し、フレンは騎士たちに回復魔法をかける。

 しかし、グレゴリーの行動は変わらない。

 後は、こいつらを始末して、ここを去り、彼にとっての真の同志たちと合流し、念願の超級職に就く。

 そしていずれは栄光をつかまんとそう考えて。

 その通過点として、目の前の邪魔な生き物たちを排除しようとして。

 ルークたちの反応が間に合わず。



「ハル!」

「【ハルバード・ピアス】!」



 ――彼と彼女が、間に合った。



「むっ!」



 突如現れた、巨大な竜骨の攻撃がゴーレムを襲う。

 咄嗟に鎧で受け止めかつ防御スキルも使ったので、ダメージはほとんどない。

 しかし、ダメージは問題ではない。

 アンデッドをけしかけた相手に、ゴーレムは見覚えがあった。

 以前彼がスケープゴートとして利用しようとした、アンデッドを使う冒険者だったからだ。

 教会に敬虔な連中を煽り、アンデッド使いを身代わりにするという案だったが、協力者も含めて様々な方向から反発を喰らったために中止せざるを得なかった。

 特に、ギルドマスターでもある〈魔王〉じきじきに抗議声明が届いた時は、正直肝を冷やした。

 たかが一冒険者のためにそこまでしてくるとは予想外だったのである。

 よもやアンデッド使いが彼のお気に入りだったとは、と大いに公開した。

 実際は、アランはそこまでやるし、やったのだが、下への配慮という概念がないゴーレムはそこに気づけない。



「面倒な……」



 問題は、新たに敵が増えたということ。そしてその敵がアンデッドであるということ。

 倒すにしても、生命力の高いアンデッドが相手では時間がかかってしまう可能性がある。

 弱点となる聖属性攻撃を使う手段もあるにはあるのだが、それにしたって倒しきれるとは限らない。

 もうすでに自分が犯人であるということはバレている可能性は高い。

 ぐずぐずしていると、あの〈魔王〉に追いつかれかねない。

 それはまずい。それだけはどうしようもない。

 超級職についておらず、眷属化もほとんど進んでいない今の彼では、絶対に勝てない。



(ドラゴンスケルトンの類か?ケージから出したのか?いや、そんな風には見えない)



付けている装備品によってピーターを【鑑定】して、ゴーレムは思わず、ほくそ笑んだ。



(これは、問題ない)



 今のピーターには、MPが一切ない。

 元からゼロなのではもちろんなく、保有する魔力をすべて使い切っている。

 これならば障害はアンデッド一体のみ。

 最悪、彼の保有する切り札でどうとでもなる。



「訊きたいことが、ある」

「訊きたいこと?いいとも。何でも訊きたまえ」



 そういいながらも、時間を稼ぐために彼は言葉を紡ぎ、じりじりと後退する。

 別にここにいる連中を殺せなくても、撤退さえしてしまえば彼にとっては勝利なのだから。

 最も、時間稼ぎがしたいのは、ゴーレムだけではなかったが。

 さて、何を聞きたいのか、適当にはぐらかして、隙をついて逃げようと考えて。



「何人殺した?」

「は?」



 予想外の質問をされて戸惑った。



「その鎧を作るために、何人殺した?そう訊いている」



 ユリアやルークは気づく。

 今までリタなどの家族を除けば、誰に対しても敬語だったピーター。

 それが初めて、家族以外に対して敬語を崩している。

 しかし、敬語抜きで話しているというのに、彼に家族に向けるような温かい親しみは感じられない。

 悲しみと、怒りだけがその目には宿っている。

 アンデッドに、数多く触れて関わってきたから。

 冒険者のように殺すわけでも。

〈従魔師〉などのモンスターを従えるジョブのように従えるでもなく。

 聖職者のように浄化するわけでもない。

 言葉で、時には身振り手振りで、ただ彼らと対話してきたから。

 彼にはわかる。

 フレッシュゴーレム、(子供たちの死体)には、無かったもの。

 今鎧に宿っているもの。



「その中に、入っているのは子供たちの魂で、怨念だ」

「「「……っ!」」」



 何の罪もなく、さらわれてしまった被害者たちの成れの果て。

 それが〈千死の栄光〉にかかったコストだ。

 子供たちを素材に変えてしまったのではない。

 今なお汚染された魂を、利用され続けているのだ。



「ほう、気づけるとは驚きだね。だが、質問の仕方は悪いな。数えているわけないだろう」



 本心からの答えだった。

【真偽法】が使えるユリアは絶句する。

 それは本当であると、本心から彼が人命に拘泥していないどころか、死後の魂の安寧さえも否定している。



「子供を攫って殺して、その家族を苦しめて、なんのためにそれをやった?」

「もちろん、私のためだよ。私の栄光のためだ」



 グレゴリーは、兜をつけたまま、空を見上げる。

 その目は、どこか遠くを、彼以外には見えないものを見ようとしているようだった。  



「見てくれたまえ、この鎧を。君も先日見ただろう?身にまとう鎧が人を形作る。〈聖騎士〉には、〈聖騎士〉にふさわしい鎧があるし、冒険者風情には冒険者にふさわしい鎧というものがある。そして、私のように頂につくべき者には、それに相応しい鎧があるのさ」



 ユリアも、ピーター達も気づく。

 鎧に空いた穴が、いつの間にか塞がっている。

 さらに、先ほど騎士たちがつけた浅い傷跡も消えている。

 陽光を受けて、傷一つない赤と黒の鎧が、光輝いている。



「だから、子供の命がいくつ散ろうと、私の未来の栄光のためには大したことはない」

「――そうか」



 短く、ピーターは返した。

 それで問答は終わった。

 ピーターは、普段敬語を使う。

 年下であろうと、仲のいい友人であろうと、幼少期からよくしてくれた父親同然の恩人であろうと、基本的にそれが崩れることはない。

 親しき中にも礼儀あり。

 それがピーターの考え方であり、

 畏れられることもあるため、少しでも威圧感を下げるための手段でもある。

 例外は二つ。

 一つは、家族。

 リタとハル、良くも悪くも彼が心から気負いなく接することができる相手。

 もう一つは――その逆。

 気を使う価値すらない相手。

 目の前のこの男。

 私利私欲のために子供の命を奪い、その家族の心を引き裂き、それに対して何も感じない外道。

 ピーターにとっては、絶対に許せない相手。

 だから、ここからはもう問答ではなく、一方的な宣言。



「もしもお前が、栄光ある騎士だというのなら、その光で人を焼き焦がすというのなら。……そのなれの果てが、あのアンデッドと、その(・・)だと言うのなら」



 彼の目にあるのは、純然たる敵意。

 友人をたった今殺されそうになったこと。

 人を攫って殺して、死体をごみのように捨てて、アンデッド化させたこと。

 人を魂を穢して、自らの私欲のために使っていること。

 そして、それらについて何も感じていないこと。

 それらを知った今、彼等の心は決まっている。



僕達(・・)の闇が、お前の光を破壊する」



 ピーター・ハンバートは、確かに宣言した。



「話は、もう終わりでいいのかな、少年」

「そうだ、たった今終わった」



 そう、もうチャージは終わっている。ルークたちと、そしてピーター自身が稼いだ時間。

 ハルでは、ステータスも再生力も勝っている相手に対して勝ち目がない。

 そもそもが最大の弱点であるピーターを守らなければならないために、彼女は攻撃に全力を注ぐことができない。 

 リタのスキルはまず効かない。それどころか、リタの本体が壊されかねない。

 だから、ピーターは。



「やるよ――【降霊憑依】」



 彼らの最後の切り札を行使した。

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