騎士ユリアという人格
「そもそもなんで私が、冒険者に対してあんなに高圧的だったと思う?騎士団と冒険者の対立を煽ることで効率を下げて、真実が暴かれるまでの時間を稼ぐためだよ。ああすれば冒険者の大半は、騎士団への抗議の姿勢として不参加を決め込むだろうからな。少なくとも〈魔王〉は立場上そうせざるを得ない」
事実、高位の冒険者たちは、アランの直接依頼が出るまで不参加を決め込んでいた。
また、アランも表立っての活動を自粛させたことで見回りの効率は落ちていた。
大前提として、見回りの数を減らしていたのは、騎士団の見回りがあることが前提。
騎士団側に誘拐の首謀者がいるのなら、その論理は破綻する。
「実際冒険者の中には斥候系の職業に就いていたものも多かったから、彼らと敵対せずに済んだのは、助かったよ」と、ゴーレムは続けた。
「貴方は、子供を、守るべき民を何だと思っているのです」
「君と同じだよ、カシドラル卿」
「同じなわけ、無いでしょう!」
ユリアは激高して声を荒らげる。
同僚を欺きながら子供を素材に使う非道と、自分のやってきたことが、考え方が同じなわけがないと。
「同じさ。君と、君たちと私たちのやっていることは何も変わりがない」
「……何を?」
「〈天騎士〉、〈騎士王〉、〈教皇〉、〈女教皇〉、〈大司教〉、そして……〈夜天騎士〉」
ユリアも知っている。
それは、ハイエスト聖王国に所属する、そして聖王国が所有している超級職だ。
「もうすべて埋まっているが、実は抜け穴があってな。〈暗黒騎士〉と〈聖騎士〉の双方を極めたものだけが、たどり着ける超級職があるんだ。すべてはその転職条件を達成するためだとも。君と同じ、大義のためにやっていることだよ」
「それのどこが大義……!」
自分が強くなるために、多くの命を奪う。
それのどこに大義があるというのか。
だが、ゴレイムは揺るがない。
自身の発言と、行動に微塵も疑問を抱いていない。
「同じだというのだ。自分の望むもののために、誰かを踏みにじり、何かを踏み台にする。それは、こっちに来て早々謹慎になった君と何も変わらない」
「それは……っ!」
ここに来たばかりのころ、それが当たり前だと思っていた。
邪属性を操るアンデッドや悪魔は穢れている。
そしてそれに関わる職業も穢れている。
だから自分も排斥すべきだと思っていた。
そうしなくては正しい騎士には――父や兄のようにはなれないと思っていたから。
「君も、私とともに来る気はないか?君だって生まれながらの身分によって迫害された身だろう?カシドラル公爵家第十二子。この理不尽に抗おうとは思わないのか?」
「…………」
彼の言葉は間違ってはいない。
貴族階級の中でも頂点に生まれた身ではあるが、彼女はしょせん第十二子。
何も継げるものはなく、このような場所にいるのも左遷されたから。
いらない子だからと、ここまで派遣されているのだ。
「私なら君に〈天騎士〉を取らせることもできよう」
彼は手を伸ばした。
その言葉に嘘がないと、ユリアには【真偽法】で分かっていた。
それを知っているから、ユリアは手を伸ばして。
「【セイント・エッジ】!」
「くおっ!」
完全に油断している状況からの不意打ち。
聖属性の光を帯びた斬撃を浴びせかけ、吹き飛ばした。
奇しくも、それは以前ピーターを攻撃したものと同じもの。
近接用の聖属性の刃を【蒼天の矢】で射程を延長して飛ばす。
「かはっ!」
近距離で聖属性攻撃を使ったことで、彼女もまた余波を受けている。
〈聖騎士〉ではあるが、彼女は聖属性攻撃への耐性はさほどないため彼女のほうが邪属性の鎧で相殺したゴーレムより甚大なダメージを受けている。
「……【ミドル・ヒール】」
ユリアは痛覚と嗅覚で自分の身が焼けているのを感じながら、回復魔法を使う。
ゴレイムは、一瞬何が起こったのかわかっていなかった。
信じられないものを見る目で、彼女を見る。
「なぜだ……。なぜ、手を振り払う!栄光へと至るために差し出された私の手を!」
「……確かに、私はこの国にいては〈天騎士〉には至れないでしょう。また、貴族としての栄光も得ることはできないでしょうね」
「ならば、なぜ?」
ゴーレムには彼女の言葉が理解できない。
自分の主張が正しいとわかって、それでも応じないのはなぜなのか。
「それでも、私は騎士だからです」
単純明快。
されどその言葉が、今の彼女のすべてだった。
「私は、騎士です。たとえ人から疎まれようが、自分の理念を信じて人を守る」
ユリアは語る。
自分の思想と、自分がずっと昔から思ってきた理想を。
昔から、それこそ物心ついた時から、彼女は騎士に憧れてきた。
最初は、母に読み聞かされた絵本の騎士物語の影響だったか。あるいは、母から父や腹違いに兄弟について聞かされていたからかもしれない。
騎士とは、悪い死霊使いをやっつける人。
騎士とは、人を惑わす悪魔を滅ぼす人。
騎士とは、誇り高き選ばれし者たちのこと。
騎士とは、聖王国の安寧を守る人たちのこと。
様々なことを言われ、学び、修行してきた。
戦闘に適したギフトもあって、騎士団に入れた。
が、だからと言って決して楽な道でもない。
家柄や身分が重視され、継承圏外かつ妾の子でもある彼女は冷遇され、従者によるパワーレベリングの支援もほとんどない。
特に騎士団が不要とまで言われるほど零細化してしまっている、窓際中の窓際、迷宮都市アルティオスに左遷されてしまった時はさすがに堪えた。
不満を申し立てたり、どこかで愚痴を言うような愚かしいことはしていなかったが、はっきり言って内心は大いにあれていた。
それでも、捨てられなかった憧れは、憧れた騎士の在り方とは。
きっと、母も憧れていたのであろう騎士の在り方とは、何だったのか。
そんな風に荒れていた時に、彼女は彼に出会った。
◇◆◇
パニックを起こして人を襲撃した後、彼女は謹慎の期間を終えて、ピーターのもとに謝罪に行った。
そして、あっさりと許された。
殺そうとしたのに、だ。
少し調査したところによれば、彼は以前にも一度殺されかけている。
その際も、彼は訴えるような真似はしなかったらしい。
どうしてなのか、わからなかった。
けれど、彼と何度か会って話して、彼の人となりを知って、わかった。
--彼は、自分を取り巻く悪環境に興味がない。
相手が、周りがどうであろうとどうしようと関係なく、自分のやりたいこと、或いはやるべきことをする。
周囲に人がいてもはばからずリタと戯れるし、会話の最中でも、話を打ち切ってリタと会話を始めたりする。
先日の人さらい討滅及び人質奪還作戦の際には、どれほどの強敵が相手でも、ためらわずに友人救出のために動いたと聞いた。
身を削っても、傷ついても、関係ない。
彼はただ、自分の定めた道を突き進む。
正しいとも、こうなりたいとも思わない。
けれど、きっと彼女もそうあるべきなのだ。
自分の信念をもって、定めた道を進むべきだ。
彼女の環境がどうであれ。
そして、信念などというものは、あっさりと見つかる。
だって、それは彼女の奥底にあるものだから。
「理不尽に抗い、大切な人を守る、それが私、騎士です。理不尽を生み出して人を脅かす、あなたとは違う。あなたと組むことはない」
「……愚かな」
強い意志を以て、彼女は邪悪な誘いをはねつけた。
「……その通りです、カシドラル卿」
「ここは、ともに戦いましょう」
「ええ、ありがとうございます」
全員がすでに満身創痍。
対して、眼前の怪人は無傷。勝算などみじんもない。
それでも彼らは、ひざを折らない。
彼らの心も、未だ折れていない。
彼女の答えを聞き終えて、暗黒の怪人は理解した。
理解して、言葉を返す。
「そうか。残念だよ愚か者ども」
あまり残念とは思っていなさそうな口調で彼は呟く。
残念と思う気持ちがないではない。
しかし、仕方のないことだという思いもあった。
自分に力を与えてくれたあの方と同じ、去る者は追わず、来る者は拒まず。
勧誘できればよかったが、そうでないなら仕方がない。
無理に生かしておく必要性はないし、ここで殺さない理由もない。
何しろ、彼のしたことを全て知られているのだから。
「さらばだ」
ゴーレムは拳を振り上げる。
そこには鎧の棘がびっしりとついている。
そうでなくとも、鎧が有する望外の攻撃力は、彼女の頭部をたやすく粉砕できる。
先ほどの攻防で時間は稼ぎ傷も治したが、もう魔力は残っていない。
ユリアは、既に詰んでいた。
5000PV行きました。
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