栄光の鎧、千の屍の上に
直後、彼女のギフト――射程の大幅拡張によって近接攻撃が遠距離攻撃となり、グレゴリーに向かって放たれる。
〈聖騎士〉を始めとした、騎士系統はバランスの良いことで知られている。
ステータスは、STR、VIT、HPの伸びがよい、耐久型のアタッカー。
スキルも、防御スキルや、攻撃スキルなどが多数みられる。
それだけではなく、〈聖騎士〉なら回復魔法が、〈暗黒騎士〉なら邪属性魔法の呪術やデバフが、〈大騎士〉なら、バフが使える。
さらに、【騎乗】のスキルも習得可能であり、従魔に乗ることによって、遅いAGIも補うことができる。
そんな騎士系統の弱点はないのか、と言えば、在る。
遠距離攻撃手段が、ほとんどないことだ。
弓矢などの遠距離武器への適性は低く、せいぜいで武器を投げるくらいのもの。
ただし、ユリア・ヴァン・カシドラルは例外である。
【蒼天の矢】という射程を大幅に拡張するスキル。
先日、ピーターにも使用したそれを使えば、唯一の弱点すら消える。
聖属性の攻撃は、邪属性にとって天敵。
それは呪具を扱う〈暗黒騎士〉もまた同じだ。
加えて遠距離攻撃手段はリリアのみが持っている。
相性で言えばユリアが圧倒的に有利。
さらにいえば、ユリアの周りには、複数の部下がいる。
彼らは、アルティオスにくる以前からの部下であり、彼女の護衛でもある。
数で、相性で、間合いで。
彼女は、間違いなくグレゴリーに有利なはずだった。
だが。
「だから、対等だとは思うなと言っている」
それは、彼女とゴーレムが同格であればの話だ。
彼はユリアの聖なる斬撃を真正面から受け止め、無傷だった。
加えて、他の〈聖騎士〉たちの攻撃もまるで効いていない。
むしろ、槍や剣のほうが、折れて、砕けている。
まるで、金属に氷細工をぶつけたように。
「強度が足りない」
グレゴリーが反撃に回る。
それは、単純。
ただ、鎧に覆われた手足を振り回すだけの稚拙な攻撃。
騎士たちは、とっさに盾で攻撃を受けようとして。
「筋力も、足りない」
「「「「ごあっ」」」」
吹き飛ばされる。
赤子が身じろぎするような児戯一つで、訓練された精鋭たちが一瞬で吹き飛ばされる。
盾を、差し出した腕を、踏みしめた足を砕かれて。
「【セイント・エッジ】!」
「ぬっ」
ユリアの振り下ろした、聖属性のこもった剣。
【邪神の衣】で守られていないハルにあてれば、リタにあてれば、致命傷となるそれは。
「ーー魔力が足りない」
カウンターとして放たれた、彼の正拳突きによって破壊される。
剣も、胸当ても、彼女の肋骨さえも。
何も通じず、吹き飛ばされる。
倒れ伏しながら、回復魔法で傷を治す。
グレゴリーは動かない。
余裕の表れか、意図があるのか。
「これ、は、どういうこと?」
「見ての通りだよ」
ユリアは、【鑑定】が使える。
聖職者であれば、たいていの者は使えるスキルだからだ。
今までは、【化けの皮】によるステータス偽装が施されていたが、それももうない。
先ほどまで中途半歩にしか見えていなかったが、今ははっきり見えている。
だから、彼女にはステータスが見えていた。
ユリア・ヴァン・カシドラル
職業:〈聖騎士〉
ギフト:【蒼天の矢】
HP:463/2721
MP:164/263
STR:307
VIT:318
AGI:98
DEX:102
見えてしまっていた。
グレゴリー・ゴレイム
職業:〈暗黒騎士〉
ギフト:【化けの皮】
HP:2572/2572
MP:271/271
STR:2028
VIT:1987
AGI:128
DEX:98
あまりにも、圧倒的な数値の差が。
絶望的なほどに、攻撃力と防御力に差がありすぎる。
ユリアは理解する。
今、押し負けたのは何か特殊なスキルを使われたわけではない。
端にステータスが高すぎて、力負けしたのだと。
そして、そこまで極端にステータスが上がった理由も、彼女には見えていた。
【鑑定】ではなく、肉眼で。
それを、端的に表すのならば、漆黒の鎧。
夜闇を煮詰めて圧縮したような黒一色で構成されている。
鎧の両腕脚からは無数の棘が生えており、凶悪さを増している。
それ以外の部分には、人の顔を思わせる彫刻でびっしりと埋め尽くされており、不気味さを通り越して吐き気を催す。
背中には、不自然なほど巨大な甲羅が取り付けられており、そこからも棘がびっしりと生えている。
よく見れば、鎧にはあちこちに浅い傷がある。
ユリアの部下たちの攻撃によってついた傷だ。
何かの仕組みで傷ついていないのではなく、純粋な強度で耐えている証左だ。
加えて、彼本人には傷がない。
「他愛ないな」
フルフェイスの兜に覆われて、その表情は見えない。
しかし、さげすむような声色で表情もうかがい知れる。
「それは、何?」
だが、彼女にとって問題はそれではない。
「これは、私が【呪具作成】で怨念などから作った鎧だよ。銘を〈千死の栄光〉という」
「…………」
甘かった、とユリアは悟る。
レベルとステータスに差があったとしても、装備の差と戦闘に適したギフトによる遠距離からの攻撃、そして数の暴力でのごり押しが成立すると思っていた。
それが、装備の格でも上回られ、遠距離や多人数というアドバンテージも通じない。
彼女の思考は、全てが自分と彼が同格という前提。
格上であれば、遠距離や数の有無など
「その鎧、一体どうやって作ったのですか?」
疑問があった。
なるほど〈暗黒騎士〉や〈呪術師〉の持つスキルである、【呪具作成】でそういった呪いの武具を作ることは可能だ。
しかし、それらは基本的に聖属性の攻撃には弱い。
それに耐えられるとすれば、相当高位の武具、それこそ超級職が生産した武具でなくてはならない。
しかし目の前のゴーレムは超級職ではない。
ならば、考えられるのは一つ。
膨大なコストを、素材をつぎ込んだのだ。
問題は、それがなんであるのか。
〈戦士の栄光〉と銘打たれたそれは、何の成れの果てであるのか。
「うん?説明したじゃないか、私の〈暗黒騎士〉のスキルで怨念を用いて……」
「それほどの格の鎧、普通は作れないでしょう。いったい、何を、素材に」
「ああ、そんなことか」
醜悪な見た目の兜に覆われて、ユリアにはゴーレムの顔を見ることはできない。
それでも、彼の顔が兜以上に醜く歪んでいると直感した。
「答えるまでもないだろう。――今まで|君たちも散々探し回ってきたもの《・・・・・・・・・・・・・・・・・》だからね?」
一瞬だけ、彼女たちは理解が追いつかなかった。
そして、彼の言葉の意味を悟ったとき、理解しなければよかったと心から思った。
「お前……まさか、子供たちを」
「知っているかな?無垢な子供たちを拷問して心を壊して殺すのが、一番怨念を集めやすいんだよ」
「…………っ!」
ユリアは絶句し、激昂した。
その真実が、結末があまりにも残酷だったから。
そしてそれを話すグレゴリーの口調が、あまりにも自然で罪悪感のかけらもなかったから。
誘拐された子供たちがどうなったか、わからなかった。
救出されていない子供たちが、生きていないだろうとは予測されていた。
だが、彼の発言はその予想を超えている。
彼は、攫わせた子供たちを拷問して、この自慢の鎧を作ったのだ。
彼は、この鎧を作るためだけに、この事件を引き起こしたのだ。
ようやくユリアたちは理解する。
その禍々しい鎧ではなく、傷だらけの顔でもない。ましてや生まれ持ったジョブでもない。
他者の命と痛みを顧みない、この男の心の本質こそが醜い怪物なのだと。
「外道……」
「外道ではないよ、道を外れたことは、信念を曲げたことはない」
堂々と、彼は言い切る。
「この栄光の鎧は、決して負けん。それが私の信念だ」
すべてを蹂躙する鎧の巨人を、止められるものはその場にはいなかった。
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