代償は英雄の義務である
致命傷だった。
仮に、この場に、聖職者がいても治せないほどの。
聖職者の回復魔法と言えども、万能ではない。
まず、時間経過した傷は治せない。
軽症でも、丸一日たてばもう治せない。
そしてもう一つ。
即死級の怪我を治すことは出来ない。
傷に反応して、回復魔法を行う前に手遅れになる。
それほどのダメージ。
ビンセント・ダルモンという男は、人よりも速い。
それは、ジョブの話だ。
〈強盗〉系統は、攻勢に特化した職業であり、ステータスの伸びは、AGIとSTRに特化している。
最も高いAGIは数百に達しており、短時間であれば常人の数十倍の速度で動くこともできる。
それゆえに、体感時間も人の数十倍ほど長く、死ぬまでに考える時間があった。
考えることはひとつ。
どうして、こうなってしまったのだろうか。
取るに足りないことで、冒険者ギルドをクビになったときから、彼の人生は転落続きだった。
冒険者ギルドは、アルティオスにおいて非常に影響力が大きい。
そこをクビになった、という事実は、たとえ王国の法で裁かれていなくても、重大な事実ではある。
このアルティオスという町は冒険者を中心に回っており、冒険者をクビになってしまったものへの風当たりが冷たい。
まして、仲間を見殺しにして逃げた、という話が伝わってしまっている。
そんな人間に、どうして新たな仕事があるだろうか。
もとより、恐喝やダンジョン内での人の目がないところでの強奪など、グレーゾーンギリギリのやり方をしていたような人間である。
信用などみじんもなく、食うものにも困り果てるようになり、もう盗賊しかない、彼とその仲間は一瞬考えかけて。
たまたま、フードを被っていて、どこか〈呪術師〉のような見た目だ。
実際のところ、仲間の【鑑定】によれば、どうやら本当に〈呪術師〉であるらしい。
彼の申し出により、取引が始まった。
彼らが夜などに、子供を或いは冒険者を攫う。
そして、決められたとおりに、ダンジョン内部にて受け渡しを行う。
子供たちがどうなっているのかは知らない。
はっきり言って、どうでもいい。
彼にとって、自分が生きていられること、金が手に入ることだけが重要であり、それが彼のすべてだ。
だから、負けそうになるとあっさりと逃走しようとするし、商品も捨てる。
アイテムボックスに収納できればよかったのだが、そうは問屋が卸さない。
そして、理不尽な化けものと対峙して、殺される。
実態がどうであれ、彼にとっては理不尽極まりなかった。
(ああ、最悪だ)
それが、最期にビンセントが思ったことだった。
◇◆◇
ビンセントを殺したその直後、MP切れで【降霊憑依】が解除される。
そして。
「ご、ぼ」
ピーターが吐血して、倒れ伏す。
それは、ビンセントにやられたダメージではない。
彼の自業自得。
【降霊憑依】の最後にして、最大のデメリット。
それは、反動、それに伴う肉体の損傷。
人とアンデッドは、本来相容れない。
アンデッド専用の回復魔法は、邪属性でありながら、人向けの回復魔法は聖属性である、ということからわかるように。
人間とアンデッドの霊魂は、肉体は、本来反発し、拒絶しあうものである。
それをスキルで無理やりつなげて、一つの肉体を構成する。
そんな無茶苦茶なことをすれば、当然反動が来る。
霊魂は穢れ、肉体が引き裂かれる。
融合前まで、半分はあったHPが、今は二割ほどまで減っている。
たかが十秒で、それほどの反動ダメージ。
むしろ、〈降霊術師〉のHPの伸びがいいのは、【降霊憑依】の反動に耐えるためともいえる。
さらに言えば、ピーターは回復魔法でHPを回復できないので、他の〈降霊術師〉よりもはるかにリスクが大きい。
HPをポーションでしか回復できない。
アイテムボックスから取り出したHP回復ポーションを頭からかぶり、中身が空になると、ピーターは別の瓶を取り出してさらに頭や、腕、背中、全身に振りかけていく。
ボロボロになった臓器に、口から無理やり流し込む。
HPの減少が止まり、しかし、増加はしない。
治癒限界に達したのだ。
もとより、ビンセント達に負わされたダメージが大きく、さらに【降霊憑依】の反動。
ポーションでブーストできる治癒力さえも、使い切った。
ポーションには、その構造上の欠陥がある。
治癒力を底上げして、無理やり直すのがポーションの原理。
そして、生物の細胞分裂には上限がある。
つまり、ポーションの使用は、それだけ自分の寿命を縮める。
まして、ピーターは冒険者ゆえに本来ならあり得ないほど大量のポーションを消費する。
今日を含めて、治癒限界に達した回数は片手の指では足りない。
「戻れ……」
自分の傍に倒れこんでいるハルを、いったん【霊安室】に収納する。
【霊安室】の内部でも時間は経過しており、彼女の自動修復は確実に進んでいく。
「あ、ごほ」
『ピーター!大丈夫!』
「大丈夫だよ、リタ」
リタから、念話が届く。
穴をあけられた状態ではあるが、それでその程度ではリタは、ゴーストハウスは死なない。
無事に念話を送ることもできる。
もっとも、破壊された霊体の再構成にはまだ時間がかかりそうだが。
「メーアを、助けないとね」
縛られて、昏倒した状態の彼女たちに目を向けた。
◇◆◇
少女にとって、彼は希望だった。
祖母は、時代遅れのポーション職人。
花形と言える冒険者は、ポーションなど買わない。
聖職者の作った聖水や、回復魔法に頼る。
ポーションが存在できるのも、聖水をハイエンド聖王国が絞っているからだ。
そうでなければ、この国からポーションは消えているだろう。
「すごいですね。こんな質のいいポーションを造ってくださっている」
それが、最初に彼がメーアに言った言葉。
彼女が時代に取り残されていると思っていた祖母を、心から賞賛する言葉。
最初は恐怖しかなかった。
アンデッドを連れる冒険者に対しては、それは自然な反応でもあっただろう。
ただし、そんな評価も、彼が大口の顧客になってからは一変した。
商人と言われても驚かないほどの量を買い取ってくれるので、邪険にするわけにもいかなくなったのだ。
そうして接していくうちに、ピーターとも、リタとも、いつしか友人になっていた。
一度友人になると、ボロボロになってポーションを買いつけに来る彼が心配になってくる。
ある日、ピーターに、どうしてそこまでするのか、と聞いたことがある。
彼の答えは明確だった。
「人は、社会の中で役割を持ってます。彼女は、確かにその役割を果たしています。それは、とても尊いことです」
それが、彼が冒険者として危険な生き方をする理由でもあった。
心配もした。
けれども、止めても無駄だと気づいていた、知っていた。
だから、少しでも、と思ってポーションを渡したりした。
それだけが、彼女にできることだと知っていたから。
◇◆◇
メーアが、眼を開けると、ピーターの顔があった。
口の周りは血まみれで、砂埃まみれで。
一体、何をしてきたのだろうか。
「ピーター、さん」
「貴方のポーションのおかげで、どうにか助かりました。ありがとうございます」
彼女にとって、最高の英雄が、そこにいた。
彼の、安堵と、感謝だけをたたえたその目を見て。
「どういたしまして」
自分も、彼のようになれたことが、メーアは嬉しかった。
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