【降霊憑依】
冒険者ギルドの、ギルドマスターの執務室。
そこには、二人の男性がいた。
一人は、筋肉質な中年。
冒険者ギルドのマスター、〈魔王〉アラン・ホルダー。
ソファに腰掛けて、足をぶらぶらさせている。
結局、
もう一人は、スーツ姿の青年。
冒険者ギルドのサブマスターである。
「あの青年、巻き込んでしまってよいのですか?」
ピーター・ハンバートのことだ。
彼はあくまで、下級職に過ぎない。
はっきりいって弱いとしか言えない。
そんなものたちを手練れと戦わせる。
手の込んだ殺人に近い。
そう彼は考えたし、彼の持っている情報で言えば、そう考えるのも無理はなかった。
少なくとも、気に入った人間に対する扱いではない。
「まあ、確かに一見そう見えるだろうな。ある種、あいつをこの騒動に巻き込むのは二つの意味で賭けなんだよな」
「…………?」
「まあ、勝算あっての賭けってところがポイントなんだよ」
「あるんですか?」
サブマスターは首をかしげて、問いかける。
「お前は、〈従魔師〉みたいなモンスターを運用するジョブじゃねえからなあ。……そういう職業に必要なもんってなんだと思う?」
「ええと、統率力とか、カリスマ性ですか?」
彼は、目の前にいる男――冒険者ギルドマスターにして、モンスターの支配者を見ていった。
なんとなく、目の前の男に抱いている印象を語っただけだが。
とはいえ、〈魔王〉が相手なので、どうにもならないのだが。
「違うね。モンスターの性能だよ。はっきり言えば、〈従魔師〉は結局、人型の補助器具にすぎねえ」
モンスターは、強敵だ。
基本的に、ステータスではモンスターが上回っており、それを人間は、多様な職業由来のスキルと、人数で打倒するというのが一般的な戦術だ。
分隊級、師団級、旅団級などの区分があり、一般的に最下級の分隊級さえもが下級職六人分。
それ故に、〈降霊術師〉を含めたモンスターを使う職業は強力とされる。
「つまるところ、本人のステータスやレベルが低くても、モンスターが強ければ、戦闘力は高いのさ」
「……ですが、レベルが低ければ、強力なモンスターは運用できないのでは?」
テイムできるのは、同格、同レベル以下のモンスターのみだ。
それは一般的な常識である。
だからこそ、従えるモンスターに、上限のない〈魔王〉が敬意を払われているのだ。
「〈降霊術師〉の契約は、通常と違ってね、強制力はない代わり、格上とも契約すれば仲間に引き入れることができるらしいんだよな。ハルバートドラゴン・スケルトン、そしてリタちゃん。いずれも、分隊級――上級職一体分の戦闘力がある。特に、リタちゃんの方はすさまじいよ」
アランは、彼女の能力を知っているがゆえに、苦笑いを浮かべる。
「条件次第では――上級職パーティも壊滅させられるからね」
「……そうなんですか?」
上級職パーティ。
もし、六人フルパーティであれば、単なる上級職六人分ということを意味しない。
連携と相性次第ではむしろ、相乗効果を起こすことによって、更に戦力としては跳ね上がることもある。
それすら倒しうると、アランは言う。
実際、外部からの攻撃に無力であることを除けば、強力なモンスターである。
「ああ、多分、内部に取り込まれたらひっくり返すのは超級職でもねえと難しいんじゃねえかな?」
リタの取り込める範囲は、【霊安室】から出せる範囲だけだ。
逆に言えば、ごく至近距離で囲むようになぶられていれば、簡単に嵌めることができる。
そういう状況に追い込まれなくては、使えないためまず使うこともないだろうが。
「それに、多分まだ俺やラーファには明かしていない切り札もあるだろうしなあ」
「……そうなんですか?」
「俺の【魔王権限】しかり、〈従魔師〉の【肉の盾】しかり、モンスター運用するジョブは、自分の身を守るためのスキルを持ってるもんなんだよ」
【魔王権限】は、〈魔王〉の切り札ともいえるステータス強化スキルであり、【肉の盾】は、〈従魔師〉の受けたダメージを配下の従魔に肩代わりさせるスキル。
いずれにせよ、身を守るスキルは、セーフティとして存在する。
そもそも、ピーターはアランたちを完全には信頼していない。
それは、普段の言動から現れている。
彼は、基本的に家族以外に敬語を崩さない。
無論、他者といさかいを起こさないための処世術であり、壁でもある。
家族と、自分自身。
それらとそれ以外を明確に分けている。
大切に思ってくれているのは間違いない。
アランやラーファ、最近できたルークとかいう友人たちへの親愛に、嘘偽りは一切ない。
だが、信愛を向けていることと、信頼しているかは別の話である。
そしてそういう奴は、基本的に手の内をさらさない傾向にある。
そもそも、アランがリタの正体を含めた彼の手の内を知っているのは単に【鑑定】でリタたちを見たからである。
「切り札次第では、本当に上級職パーティなんて簡単に撃破できると思うぜ?」
◇◆◇
「なんだお前?」
ビンセントは、自分の目の前に立ちふさがったものが何かわからなかった。
端的に説明するなら、二足歩行の骨の怪物。
頭部は、ドラゴンの頭骨のごとき兜。
右腕が斧槍の穂先であり、左腕と両足には鉤爪が取り付けられている。
背骨から、骨の板が互い違いに生えている。
それでいて、兜の奥には、緑色の見覚えのある瞳がある。
アンデッドでも、人間でもない異形。
「融合……か?」
「【ハルバード・チャージ】!」
「くっ」
ビンセントの推測通り、ピーターは彼のスキルでハルと融合している。
ピーターが使ったスキルは、【降霊憑依】。
その名の通り、〈降霊術師〉の代表的なスキルであり、ピーター・ハンバート最後の切り札。
契約しているアンデッド一体を選択して、融合するスキルである。
また、ステータスは両者の合計となり、両者の持つすべてのスキルを行使できる。
早い話が、モンスターとしてのスキルをすべて使いながら、〈降霊術師〉としてのアンデッドバフをかけて戦える。
ただし、このスキルも全くのノーリスクではなく、使用に際して三つの難関がある。
一つ目は、同意。
契約は、上下関係がない、対等なものだ。
それゆえに、強制的に融合などできない。
当然、スキル使用に際し、アンデッドに対して心からの同意を得なくてはならない。(契約している時点で、さほどの障害にはならないが。むしろ、契約することそのものが難題である)
二つ目は、コスト。
発動までにあらかじめ魔力を捧げ、チャージしなくてはならない。
また、強力なアンデッドであるほど消費が早まり、リタやハル相手では、全魔力をささげても十秒と少ししか【降霊憑依】による合体はできない。
そして、三つ目、デメリット。
スキル使用後に発生するとあるデメリット。
落命する可能性もあったが、それに対する覚悟はもうすでに完了している。
それに見合うメリットもまた、いくつかある。
まず第一に、融合時のダメージリセット。
ハルの、頭部の損傷。
ピーターの全身の打撲。
それらが、融合時は全く別の体となるため、一時的にリセットされる。
行動不能の一人と二体を、万全の状態で戦えるようにするスキル。
二つ目は、ステータスとスキルの統合そのもの。
ピーターのバフスキル、回復スキルと、ハルの自己修復や攻撃スキル。
ステータスこそハルと変わらないが、先ほどとは状況が違う。
相手の能力の種が割れている。
「防御無視攻撃、でもなんでも無視できるわけじゃない」
ハルの頭部を砕いた時、リタの壁に穴をあけて脱出した時、いずれも彼が斧を振るって攻撃していた。
遠くにあるものでも何でも粉砕できるなら、近づかずに遠距離から粉々にすればいい。
それをしないなら、武器で攻撃するのがスキルの発動条件だから。
防御不能であっても、回避することができれば、その能力は無意味。
ステータスでは、わずかに今のピーターが上回っているのだから。
ハルは、STRとVITが高いが、AGIも低くはない。
それゆえに、お互いに相手の攻撃を捌きながら、躱しながら、戦闘を続けている。
「【インベイダーズ・ブレイク】!」
防御力を完全無視する攻撃スキル。
自身の肉体、ないし装備した武器のみでの攻撃にのみ適用される。
だが、それは遠距離攻撃が不可能ということではない。
ビンセントは、手に持っていた斧を、投げた。
わずかに速度で勝っているピーターだが、これは躱しきれない。
アンデッドと人としての性質を両立している都合上、生命力はアンデッドのソレには劣る。
例えば、首と胴を分かたれれば、その時点で竜骨体は崩壊し、【降霊憑依】は解除される。
そして、今の速度では回避できず。
「【ネクロ・スピード】」
加速したピーターには、回避できた。
【降霊憑依】のためにささげて、空になったはずの魔力。
それがどうして補充できているのか。
答えは――ピーターの後ろに落ちている空き瓶ーーメーアからもらったMPポーションである。
回復量は、決して多くはない。
バフの効果時間も、大したことはない。
だが、一瞬で十分。
投擲は、強力な切り札だが、隙を作る。
まして、自分より速い相手に隙を作れば――どうなるか。
ピーターの突き出した、骨槍が。
「獲った」
「ご、ふ」
ビンセントの心臓を、貫いた。
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