答えはもうすでに、幽霊屋敷の中にある
ああ、そうだった、とピーターは回想を終える。
あの日から、随分と変わった。
背は伸び、レベルとステータスは上がり、新たな家族や仲間を得た。
幾多の戦闘で体が傷つき、数多の人の心ない言動で心を痛めた。
それでもずっと、変わっていないものがある。
自分が何のために生きているのか。
どうして、ピーターが生きることを再び始めたのか、その問いに対する答え。
答えはもうーーあの日からずっと揺らぐことなくあり続けている。
変わりようがない。
変わっていない。
「こんなところで、折れてる場合じゃなかったね、リタ」
「ちょっとショックを受けたくらいで、情けない話だ」
「はあ、何言ってんだこいつ?おかしくなりやがった」
消えてしまったものの名を呼ぶ今の姿は、彼等には狂人にしか見えない。
「おかしいのはあんた達だろ」
「あ?」
「人を誘拐して、何の意味がある?金のためか?くだらない」
「ああ、そうだよ。てめえのせいで、冒険者も首になったからな、そんなときに、雇い主に声を掛けられたってわけだ」
「雇い主ってのは、どういう奴だ?」
ピーターは問う。
少しでも、個の誘拐事件に関する情報を得るために。
そして何より、ビンセントたちを倒すための時間を稼ぐために。
「そんなの教えるわけねえでしょ……アンデッド使いは、脳みそ腐ってんのか?」
「そもそも、こっちも把握してねえよ。がっつり【隠蔽】しててどういう奴かわからなかったしなあ。まあ、こうやってダンジョンに入れるようにしてくれるのはありがたいけどな」
だが、そんなことはビンセントたちにはわからない。
大したことがない情報だと考えているのか、あるいはそれ以上にピーターを軽く見ているのか。
というよりも、殺すつもりだから話しても構わないと考えるのか。
「入れるように?」
「あー、もういいや気持ち悪い。殺すぜ」
この盤面で、質問を続けるピーターを見て、気がふれてしまったのだろうと判断して、ビンセントが、手に持った斧を振り上げて。
しかし、ピーターは、狂っているわけではない。
正常である。ただ、正常な価値観が、絶対に揺るがないというだけである。
だから。
「リタ、出ておいで」
ピーターは、ここにはいないはずの少女に呼び掛け。
彼の発言を聞いた時ビンセントたちは、本当にピーターは気が狂ったのだと思った。
先ほど消し飛ばしているはずのーーもうこの世のどこにもいないはずの少女を呼ぶのは、狂人の行動だ。
だから。
「わかった!」
彼らは、その声をきいたとき、自分達まで気が狂ったのだと思った。
それは、確かに今消し飛ばしたはずのゴーストの少女の声で。
「おい、どうなって」
「いや、確かに魔法で消し飛ばしたはずで」
まるで、わけがわからず、混乱するばかりのビンセントたち。
「ようこそわが家へ」
その声を聞くと同時、盗賊たちの視界が暗転する。
日光が遮られ、月夜の様な薄暗い空間に放りこまれる。
放り込まれたのは、盗賊たち五人とピーター。
放り込んだのは、その空間自身と
それは、一見の木造の屋敷だった。
ごく普通に見えた。だが、普通ではありえない。
「【鑑定】できるぞ!」
「おい、じゃあまさかこれは!」
【鑑定】は人間やモンスターなどの「生物のステータスを見る」、スキル。
それが意味するのはこの屋敷がモンスターであるということ。奇妙なモンスターは、たったの二種類しか知られていない。
一つは、ミミック。
宝箱やアイテムなどに擬態するモンスター。
しかし、ミミックはダンジョンにしか出ないモンスターなのでおそらく違う。
となると、ここにいるのはもう一つの可能性ということになる。
アンデッドの一種、ゴーストの亜種であり、ゴーストと比較しても遥かにレアなモンスター。
彼らはその存在を今まで見たことがなかった。
極めてまれな存在だったから。
見たことはなくても知っていた。いや、この国にいるものなら無知な子供でも知っている。
おとぎ話の一つにある、とあるモンスターだったから。
「ぴーたー、こいつら全員やっつけてもいい?」
「うん、任せるよ、リタ」
其の軽やかな声はどこから聞こえてきたのかわからなかった。
あえて言うなら、家全体から、或いは家自体から聞こえてくる。
ソレの正体は、リタである。
彼女もまた、リタである。
否、彼女こそがリタである。
これこそが――ゴーストハウスのリタ、その本体である。
◇◆◇
「やるよー!【トリートルーム】、【トリックルーム】」
彼女のスキル宣言と同時に、室内に変化が巻き起こる。
「これはっ!」
「なんだ、これ、魔力が抜けて……」
第一の変化として、野党たちのMPが徐々に減り……それに対してリタの保有しているMPは急速に増えている。
ゴーストハウスのスキルは、主に二種類。
霊体を作り出し、分体として動かすスキル。
記憶も感覚も経験も思考も、リタのままである。
霊体を、分体として作り出して運用するモンスター。
建築物部分の本体が壊されない限りは、霊体を破壊されたところで死ぬことはない。
そしてもう一つが、幽霊屋敷としてのスキル。
屋内に入ったものにのみ、作用するスキルを有している。
代表的なスキルの一つ、【トリートルーム】は屋内にいる生物から魔力や生命力を吸収する。
欠点は、細かい調整ができないこと。
ピーターなど、彼女の仲間を対象外にできない。
せいぜいで魔力だけをドレインするように絞るのが限界だ。
最も、ピーターはもうすでに魔力を使い切っているので、特に問題はない。
この場合、ドレインされるのは敵だけだ。
「おい、魔法で壁に穴開けろ!脱出だ!」
〈従魔師〉を始めとしたモンスターを使って戦う際の定石が、バッファーであり司令塔である所有者を真っ先に殺すことだ。
だがしかし、こと〈降霊術師〉に対しては当てはまらない。
なぜなら、主を殺したところでモンスターは消えないし、アクティブのバフもすぐには消えない。
むしろ制御を失ったモンスターが【霊安室】で防がれていた怨念を取り込み、暴走する危険がある。
だから先ほども真っ先にハルとリタを狙ったのだ。
今ここでピーターを殺す或いは無力化することができたとしても、自分達がリタたちに殺されてしまえば意味はない。
「ちょっと待ってくださいよ、何か魔力が……」
「ドレインかよ!おい、お前弓矢でぶち抜け!」
「【ブレイク・アロー】」
指示を受けて、スキル補正で威力が増加した矢を弓使いが放つ。
ただし、リタやピーターに、ではない。
「ぐあああああああ!」
「ちょ、ちょっと待て!お前らいったい何をして」
「ひっ、やめてええええいやだああああ!」
弓使いが、魔術師に矢をいかけて、殺した。
更に斧使いに矢を向けた瞬間、あわてた斧使いに腕を切り落とされた。
それこそが、リタの第二のスキル、【トリックルーム】の効果。
屋内にいる生物に、幻覚を見せる能力である。
魔力の保有量が少ないほどかかりやすくなるため、【トリートルーム】の使用によるMPドレインが前提となっている。
加えて、これは一人にしか使えない。
「あああああああああ!」
斧使いの戦士が、今度は【トリックルーム】の餌食になり、攻撃を仕掛けてくる。
「悪く思うな!」
「ごふっ!」
しょせん幻覚で操られている者の動きは鈍い。
そんな程度の相手に、負けるはずもない。
そもそも彼は、この野盗グループで最もレベルが高く、ステータスも上だ。
しかし、仲間を殺したところで当然達成感などみじんもない。
もはや、人さらいどころではない。
順番に幻覚に囚われている状況を、喜べない。
ここから逃げなくては、今度は自分が幻覚に囚われる。
ゆえに、全力を尽くすしかない。
強盗系統上級職、【大強盗】のスキルを発動する。
「【インベイダーズ・ブレイク】!」
その効果、物体強度無視攻撃。
本来は分厚い扉をこじ開けたり、護衛の装備品を破壊して押し入るためのスキルだ。
忍び込み、かすめ取る〈盗賊〉の対極。
正面から防衛を破壊し、略奪するのが〈強盗〉という職業の本質である。
【インベイダーズ・ブレイク】は〈大強盗〉最大のスキル。
アイテムなどの物体の強度、モンスターなどの生物の耐久力。
どちらも、無視して攻撃をすることができる。
アイテムかつ、モンスターであるリタにとっては天敵とも言えるスキル。
奪うことに特化した〈大強盗〉のビンセントだが、今は脱出するのが先決。
だから、完璧なはずだ。
さらった人間を、この後買い手に渡す約束があった。
この不可思議な空間で構成された『愚者の頭骨』だが、とある特殊な仕様がある。
それは、一つのパーティに入っていれば同じ空間に入ることである。
一つのパーティにつき、一つの道が与えられる仕組みなので、当然ではある。
なので、ダンジョンの外で人を攫う前に会い、攫った後に、安全地帯で合流。
それが、取引の主な流れだ。
一度安全地帯を出れば、もう確率的に考えて、同じ人間と遭遇することはまずない。
取引相手に商品を渡せなくなるが、もうどうでもいい。
これで、ビンセントは逃げ切ることができる。
「逃がさないーー【降霊憑依】」
ピーターが、最後の切り札を切らなければ。
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