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ピーター・ハンバート


ピーターがこの家で暮らし始めてから、三日がたっている。

その間、特に何もなかった。

朝起きて、食事をとって、リタと過ごして、また眠る。

リタは人懐っこい性格で、話しやすかった。

ピーターが、人に飢えていたというのもある。



「君は、食べないの?」

「うん、たべないよ」



 リタは食事をしようとしない。

 粉砂糖の着いたパンに顔を近づけて、匂いを嗅ぐそぶりは見せるが、それだけだ。

 飲まず食わずでも生活している彼女に対し、不思議だとは思ったが、特に追及はしなかった。

 するような気力がなかったというのもある。



「そっか、わかった」

「うん、でも、もしおかしとかがあったらたべたい!」

「それはちょっとないんじゃないかな……」



 床に座ってパンを持ったまま、ピーターは答える。

 菓子類は、少なくともここにあるアイテムボックスにはない。

 もしかすると、このハンバート村のどこかにあるのかもしれないが、少なくともピーターは知らない。

 そもそも、あってもアイテムボックスは普通持ち主以外には中身を取り出せない。



 所有者以外がアイテムボックスの中身を取り出そうとすれば、所有者の了承を得る必要がある。

 リタの承認があったゆえに、ここのアイテムボックスの中身は取り出せているが、他の家に置かれたアイテムボックスの中身は取り出せないだろう。

 あるいは、アイテムボックスそのものを破壊するか、〈盗賊〉系統などが使うような特殊なスキルで盗むか。

 相当の偏食家なのか、あるいは本当に食べるつもりがないのか。

 そもそも、どうして彼女だけここにいるのだろうか。

 


「まあいいか」

「どうかしたの?」

「いや、何でもないよ」



 ピーターは、深く考えるのはやめることにした。

 とりあえず、この家から出ようとも思わなかった。

 外は寒いし、なにより。



「ぴーたー、このえほんよんでくれる?」

「ああ、いいよ。えーと、これ?」



 リタの指さした本を本棚からとり、ほこりを掃ってからページを開く。



「ええと、昔々、あるところに、五人の勇者が――」



 ここは、ピーターにとって、温かい場所だったから。



 ◇◆◇



 本を一冊読み終わって、ピーターは顔を上げた。

 内容は勇者五人による英雄譚だ。

 ピーターも、以前に読んだことがある。

 ほこりのついたあちこちを見て、ふと思う。

 床も、本棚も、その他もろもろにほこりが積もっている。

 ピーターにとっては、特に問題はないが、リタは気にならないのかな、と思う。

 そういえば、足跡がある。

 ピーターが靴を履いたまま、ほこりのついて床の上を歩き回ったり、座ったり、寝転がったりしたからだ。

 逆に言えば、ピーター以外の足跡がない。

 リタの足跡はないし、リタ以外の人物の気配もない。

 気になったので、訊いてみることにした。



「ここに、君以外の人はいるの?」



 諸々の疑問についてはわからなかったが、とりあえず他のわからないことを聞いてみることにした。



「いない。おとうさんもおかあさんも、まだかえってきてない」



 捨てられたのだろうか、と一瞬考えかけた。

 先日、突如彼に対する態度を豹変させた父親の顔が頭に浮かぶ。

「お前はこの村の汚点だ」「もう息子とは思わん」そんなことを言っていたな、と他人事のように考える。

 いや、彼にとってはもう、父親たちはすでに他人なのだと思った。

 閑話休題。

 夜逃げでもして捨てられたのだろうかと考えかけて、それはないと考える。

 いくらなんでも、この子だけ取り残されているのも不自然だ。

 家に放置して捨てるなら、なおさら鍵をかけておくはず。

 鍵をかけられなかった、鍵をかける前に何かがあった?

 そもそも、この寂れ具合からしてリタは二、三年は一人きりだったはずだ。

 どうやって生きてきたのだろうか?

 ピーターは、思考を重ねる。

 が、それはさえぎられる。



「わたしのせいなの、わたしがわるいの」

「え?」



 ピーターは疑問を投げるが、そもそも彼女が自分の方を見ていないことに気付く。

 彼女はぶるぶると震えて、白い顔が一層青白くなっていた。

「わたしは、おとうさんとおかあさんに、きょうはあそびにいったらだめっていわれてたの。でも、わたしむらのそとでこっそりあそんでたの」

「…………」

「それでかえってきたら、だれもいなかったの。きっとそれがげんいんなの、わたしがわるいの」

「それは……」



 ピーターは遅れて気づく。

 リタにとっては、家族の話はトラウマであり、地雷だったのだ。



「だから、まつの!まってないといけないの!いいこにして、おるすばんしないといけないの!ひとりぼっちはいやなの!」



 声を大にして、リタが叫ぶ。

 勢いのままに、彼女は、その細い腕でピーターの服をつかもうとして、彼女の手は、ピーターの体をすり抜けた。

 ピーターは一瞬混乱しかけたが、理由が理解できた。

 いつか聞いたおとぎ話に、ソレの存在もあったから。



「君は、ゴーストか」

「ごーすと?」



 ゴーストとは、生者が死後、怨念と魔力を媒介にしてできる霊体のモンスターのことだ。

 あらゆる物理攻撃を無効化し、自由に飛び回るもの。

 しかし、ゴーストは珍しい。

 基本的に死体は、死後アンデッドにならないように聖職者によって魔法をかけられる。

 そうでなければ火葬される。

 そうなってしまえば、基本的にはアンデッドにならない。

 アンデッドは聖属性と炎を嫌うからだ。

 アンデッドになりうるケースがあるとすれば、行き倒れなどで火葬も浄化魔法もかけられなかった場合だろうか。

 それでも大半はゾンビやスケルトン、フレッシュゴーレムなど肉体の存在を前提としたモンスターとなることがほとんど。

 ゴーストが生まれるのは、浄化などの処理を受けずに、肉体のみが消滅したときだ。

 おそらく、自覚のないうちに死に、そのままゴーストになってしまったのだろうな、とピーターは推測した。

 そしておそらくは彼女の両親も、いやこの廃村の住人全員が、原因不明の突然死と肉体の消失を迎えたのではないか、とも。

 原因はわからない。

 特殊な疫病か、強力なモンスターの仕業か、天災か、はたまた誰かの仕業か。

 どれであったとしても意味はなく、すでにすべては失われている。

 たった一人の少女を除いて。

 彼女は、この場所に縛られている。

 家族という、どうにもならないものへの未練を抱えて。



「……そうか」



 もう一つ、わかったことがある。

 どうして、初めて会った日、自暴自棄だった自分が、食事を勧められて断らなかったのか。

 寂しかった。

 辛かった。

 自分が生きてきたこと、やってきたこと、歩んできた道、全てが。

 本当にどうしようもなく、どうにもならないようなことで否定された。

 けれども、きっとそれは彼女も同じだったから。

 だからあの時、一緒にご飯を食べよう、と言ってくれた。

 一人では、つらくても、二人ならまた歩き始めることができるから。



「もし、リタが一人が嫌なら、家族が欲しいなら」

「……?」

「僕と家族になってくれませんか?ずっと一緒に、いますから」



 彼女がそばにいてくれるから、まだ、生きていたい。

 彼女がそばにいてくれるなら、また、生きてみたい。



「ぴーたーは」

「うん?」



 リタは、顔をピーターに向ける。

 それはとても不安そうな顔で。いや、本当に不安なのだ。



「ピーターは、ずっと一緒に、家族のままでいてくれる?」



 それは問いかけ。

 されど、何よりも重い問いかけ。

 ある日突然消えてしまった家族のように、お前もそうなってしまうのではないかと。

 いつか自分を置いていってしまうのではないかと。

 また、一人にしてしまうのではないかと。

 そうならずに傍にいてくれるのかと問うているのだ。

 そうならない保証は、ない。いつかはそうなるという保証しかない。

 ひ弱な子供にすぎないピーターは、モンスターによって明日、いや一時間後には絶命していてもおかしくない。

 そうでなくても寿命の無いアンデッドとは異なり、ピーターには数十年ぽっちの寿命しかない。

 守られることなどまずありえない約束。



「約束するよ」



 それでも、彼の答えは一つだけだ。

 彼女の方をまっすぐ向いて、彼女の宝石のようにきれいな青い瞳を見つめて。

 生き抜くのも困難な、味方のいない残酷な世界で、彼は不滅の絆を宣言し、断言する。

 それが彼の願いで、ここから始まる生き方だから。



「本当に?信じていいの?」

「ああ、約束する。僕と家族になろう、ずっと一緒になろう、リタ」



 それが、今日生まれたばかりの(・・・・・・・・・・)ピーター(・・・・)ハンバート(・・・・・)としての生き方であるから



「……うん!」


 

 リタは、ピーターの手の辺りまで手を差し出した。

 その手は、触れあうことはない。

 けれど、確かにその瞬間、二人の間には確かな絆が生まれた。

 二人が約束を交わした直後。



『条件――一定以上のアンデッドモンスターとの信頼関係獲得――を達成しました。スキル【交霊術】が解放されました』

『【交霊術】により、個体名「リタ」と契約を結びます――承認されました』

『条件を達成しました。スキル【霊安室】が解放されました』

『条件を達成しました。スキル【ネクロ・ヒール】、【ネクロ・パワー】、【ネクロ・スピード】、【ネクロ・ディフェンス】が解放されました』

『条件を達成しました。スキル【降霊憑依】が解放されました』



「これは……」

「ぴーたー、どうしたの?」

「大丈夫、何でもないよ」



 聞き覚えの無い冷徹で冷淡な声が、ピーターの頭に響いてくる。

 そう言えば、父や兄がスキルを新しく習得した時にはどこかから声が響くといっていたような気がする。

 であれば、これがそうなのだろう、とピーターは納得した。

 詳細はよくわからないが、今はそんなことはどうでもよかった。



 ただの口約束と、得体のしれないスキルでつながった関係。

 出会ってから日も浅く、お互いのこともよくわかっていない。それは傍から見ればきっと脆いもので。

 それでも、決して消えないだった。

 詳細はどうでもよくて、それでも二人の間にできた絆を知ることができて、そのことが単純にピーターはうれしかった。

 それこそが彼らの始まり。

 アンデッドとともにある少年と、霊体の少女の歩む道、その最初の一歩だった。



「そういえば、かぞくになるってことはけっこんてことだよね?」

「…………っ!そ、そ、そうだね」

「いやだった?すごくへんなかおしてる、かおまっか!」

「いや、あの、嬉しいだけだから大丈夫だよ」

「ほんと!やったー!」



 などと、まったく別の熱がピーターの頬に生まれたこともまた、付け加えておく。



 この後、食料が枯渇しそうになり、ピーターとリタは食料を求めて村の外に出て、色々あってアルティオスまで死にそうになりながらたどり着くことになるのだが、それはまた別のお話。


4000PV突破してました。

圧倒的感謝!

感想、評価、ブックマークなどよろしくお願いします。



・ここがすごいぞピーター

ピーターは、リタとともに生き直すというありかたを選択、互いの心は救われた。


・ここがきもいぞピーター

好きな女の子の家名を勝手に使っている。


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