ピーター・■■■■
それは、八年ほど前にさかのぼる。
「さ、寒い……」
少年――ピーターは、夜、寒さで歯の根が合わない状況で歩いていた。
なぜそんなことになったかといえば、家を、ほんの十数時間前まで故郷を追われたからだ。
ピーターの故郷はとある農村であった。
特別豊か、というわけではなかったが、食うに困るというほどでもなかった。
彼が地主の末っ子であったことも関係しているのだろう。
決してピーターは、自分の生まれが不幸だったとは思わない。
むしろ、生まれそのものは非常に幸福だったとさえ考えている。
それは昔もそうだし、青年になった今日でも、変わらない。
父と、三人の兄、そして村の住人達。
彼らと過ごす日々が何の苦労もないとは言わずとも、穏やかで幸せだった。
それが守れればよかった。
そのまま保たれてくれれば、それだけでその時のピーターには、十分だった。
〈農家〉のスキルで土壌を改良したり、品種改良も出来るのでそうそう飢饉などということも起こらない。
非戦闘職では抗しきれない作物を食い荒らす害虫、害獣などモンスターの類も外部からのモンスターの侵入を防ぐモンスター除けの薬剤があるので問題ない。
ちなみに都市部にはさらに大規模なモンスターを防ぐための結界が貼られているが、魔力の消費があるので大規模な都市にしかない。
そんな農村だったが、決して閉鎖的というわけでもなく、外部の商人との交流があった。
衣類や農具などの生活必需品を商人から買い取り、農産物を売る、そういう関係である。
さて、そんな商人の中には【鑑定】スキルを持ったものがそれなりにいる。
というか、【鑑定】のスキルがあるから商人になったものがそれなりにいる。
基本的に商人にはアイテムを鑑定する【目利き】と自分以外の生物のステータスを見ることができる【鑑定】のスキルが必須といわれている。
実際ジョブとしての〈商人〉も【鑑定】や【目利き】のスキルを持っている。
他者のステータスは【鑑定】などの一部のスキル以外では見ることができない。
たまたまピーターの暮らしていた農村には、【鑑定】を持つ村人はいなかった。
村人の大半が、【鑑定】を得られない〈農家〉だったというのが大きい。
だから、ピーターは自分の職業を家族も含めてひた隠しにしていたし、できていた。
自分の職業がばれてしまえば、今の暮らしはできなくなると、直感で幼いながらに悟っていたから。
なにしろ誰もがピーターはは農家だと思っていたから、話を合わせるしかなかった。
使えるスキルもなく、ステータスも向上しない。そもそも他の兄弟と異なり、レベルが全く上がらない。
そして結論から言えば、ピーターは職業がばれてしまい、村を追い出されてしまっている。
後になって知ったことだが、〈降霊術師〉は世界の敵とさえいわれる職業であり、国中で迫害を受けている。
しかし、この時はそんな事情は知らないので、彼にしてみれば意味不明の理不尽でしかない。
……理由が理解できても理不尽でしかないが。
◇◆◇
「あれ?」
ピーターは、理解が追いつかなかった。
先ほど出た、力づくで追い出された村の門と同じ。
しかし、木製であるその門は、塗装がはがれてボロボロになっていた。
まるで、碌に整備されていなかったがゆえにボロボロになってしまっているかのような、状態ではある。
どうして、そんなものがここにあるのか。
しかしピーターは、ふと思い出す。
村の大人たちが言っていた、近くのとある村が二、三年ほど前に突然滅んでしまったのだという噂。
なんでも、村人たちが一人残らず消え失せてしまったのだという。
疫病だの、山賊だの、強力なモンスターによる襲撃だの、あるいは国に納める税を苦にしての夜逃げだの……いろいろと原因について噂されていたらしいが、結局のところ原因はわからずじまいだったらしい。
ただ、他の村が襲われていないので、モンスターではないのかもしれない。
おそらく、その廃村がここなのだろう、とピーターは推測した。
そして、何の頓着もなく門をくぐって中に入った。
それは単に歩みを止めたくなかったからか。
あるいは、せめて死ぬなら廃村であろうとも、外ではなく村の中で死にたいと思ったのか。
飢えと寒さでもうろうとした意識で、ピーター自身にも理由はわからなかった。
中を歩いていると、当然だが人の気配はない。
どうやら、本当に廃村らしい。
人だけではなく、生き物の気配もない。
人がいないだけで、モンスター除けの結界設備は生きているのだろうか。
あるいは、人がいないことで人を狙うモンスターも来なくなったというだけか。
なんとなく、村の中心まで歩いてみた。
中央に、ひときわ大きい家があった。
おそらく、村長のそれと思われる。
というか、門も含めた村全体の構造がピーターのいた村とまったく同じだった。
大都市であるアルティオスを中心に、食料確保などのために多くの農村が量産された。
その際に、モンスター除けの結界施設を敷く都合上、ほとんど同じ構造になってしまうのだ。
そんな見覚えのある、屋敷にピーターは押し入った。
その家の表札には、ハンバート、という家名が書かれていた。
ピーターは、なんとなくその家に入りたくなった。
単に、大きな家だったからかもしれないし、つい先程追われた元居た家に戻りたかったのかもしれない。
あるいは、家の中にいたものに直感的に惹かれたからかもしれない。
鍵のかかっていなかったので入ってみると、食料品などを含めた物品は手つかずであった。
どういう経緯で廃村になったのかはわからないが、山賊やモンスターの襲撃が原因ということはなさそうだ。
全員で夜逃げでもしたのかもしれない。
そんなことを、考えていると。
「だれか、いるの?」
声がした。
ピーターは一瞬、聞き間違いかと思った。
「だれが、いるの?」
それは先ほどと同じ、鈴のようなきれいな声で、されど先ほどとは異なる問いかけ。
今度はピーターの存在を確信したうえでの問いだった。
ピーターは、誰かが話しかけてきているということを、信じられなかったし信じたくなかった。
ここには誰もいないはずで、もしいたら不法侵入になってしまうから。
さらに、先程のことで人間不信になっていた。
家族にある日突然感動されれば、無理もない話である。
「誰だ!」
「ひうっ!」
思わず、叫んでいた。彼が一度も発したことのないような荒々しく、厳しい声で。
「いや、こわいことしないで!」
そう言われて、気づく。
「女の子?」
いつの間にか、彼の後ろ、今は正面、には一人の女の子がいた。
黒い髪をおかっぱにして、大きくて青い綺麗な瞳をした目を、恐怖でさらに見開いている。
「あ、えーと、ごめんね」
ピーターは慌てて、女の子をこれ以上怖がらせないように謝った。
「僕はピーター、君は?」
「……わたしは、りた」
不思議だと彼は思う、人間なんて信じられないと学んだはずなのに。
どうして、彼女とこんな風に、会話しているのか。
理由も素性もわからない彼女に、どういうわけか彼は強くひかれた。
悪意が見えなかったからかもしれない。
「ごはん」
「え?」
「いっしょに、ごはんたべよう?」
「あ、うん」
どうして、死んでもいいと、あるいは死ぬしかないのだろうと思っていたくせに生存しようとしているのか。
ピーターにはわからなかった。
アイテムボックスからパンを取り出して、皿を二枚並べてその上においた。
さらに、コップには水も注いだ。
特に何も言わずに、ピーターは食べ始めた。
普段は食前の祈りがあったが、ピーターはそれをする気になれなかった。
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