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答えは、もうすでに

 彼女の体が、バランスを失い、地面に倒れ伏す。

 まずい、とピーターは思った。

 彼の普段取る戦術は、ほぼすべてハルに依存している。

 そして、普段取らない戦術――ピーターの二枚ある切り札を切るにしても、時間稼ぎなどをハルに任せることになる。

 だから、彼女が潰されれば、全てが崩壊する。



「ハル!」

「…………」



 応答はない。

 とりあえず、ピーターは【霊安室】にハルを収納する。

 こうなれば、ハルには頼れない。

 頭部の修復まで、どれくらいかかるだろうか。

 かといって、逃げ切るのも難しい。

 正面から上級職相当の戦闘力をハルを打倒したということは、まず間違いなく最低でも前衛上級職。

 そして、それ以外の三人も、同等の戦力とみるべきである。

 逃げても追いつかれるのは目に見えている。

 ここは安全であって、安全ではない。

 人にテイムされたり、パーティーメンバーに入っていないモンスターが入ってこれないだけであって、人は人を傷つけることもできるし、殺すこともできる。

 実際、冒険者ギルドでは、安全地帯でも気を抜かないように教わる。

 入った瞬間を襲われて、殺されるケースが後を絶たないのだ。


 そんな安全地帯を、どうにか走り回って逃げ切ろうと考える。

 リタと、攻撃を回避して切り札を切るまで、耐えるしかないのだ。

 だがしかし。



「《ファイアボール》」



 敵は、四人いる。

 後ろの三人のうち、一人が攻撃魔法を放ってきた。

 回避しようとして、躱しきれない。

 炎の弾を飛ばすだけの魔法だが、それでもその攻撃魔法は、彼の反応速度を超えている。



「ぴーたー!」



 魔法攻撃を前にして、リタが飛び出す。

 物理攻撃はすり抜けるが、魔力を纏った魔法攻撃はその限りではない。

 盾になることは出来る。

 だがそれは、逆もまたしかり。



「あ」

「……え?」



 物理攻撃は、リタの霊体には効かないが、魔法攻撃は確かに徹る。

 そして、ダメージが一定以上を超えれば、HPがゼロになる。

 それは、どうしようもない、世の摂理。

 魔術師が放った火属性魔法、炎熱の魔弾。

 それがリタにあたって。

 霊体特有の物理無効やピーターが彼女に与える聖属性魔法に対する耐性さえも意味はなく。

 彼女の霊体が消失した。



「り、た?」



 ピーターの状態を一言で表せば、茫然自失である。

 最愛の相手が、突然自身をかばって消滅すれば、そんな反応にもなる。

 無理もない話、当たり前のことだ。



「は、うっぜ」



 だが、それをあざ笑い、冒涜できるものもいる。

 いつの間にか肉薄していた、ハルの頭部を砕いた男に蹴り飛ばされ、無様に地面を転がる。

 思考が追いつかない、呼吸ができないことに加え、目の前でリタを砕かれた衝撃が尾を引いている。



「はっはっは。よええよええ、相変わらずの弱さだなあ、ピーター」

「あな、た、たちは」



 ピーターは呻きながら、頭上の敵たちを改めてみる。

 ピーターは気づく。

 彼らが、見たことのある人物であるということに。



「よお、久しぶりだなあ、ピーター」

「ビンセント、さん」



 ◇◆◇



 ピーター・ハンバートは、あまり心の傷を抱えていない。

 抱えていない、というより、傷を負う場面が多すぎて抱えきれていない(・・・・・・・・)という言い方が正しい。

 ここ最近で三度も、人間から殺意を向けられている。

 それが日常と化しているので、無理もない話ではある。



 そんなピーターだが、トラウマになっていることがいくつかある。

 最たるものは、父親から職業を理由に勘当されたことだ。

 何も持てずに、身一つで追い出された結果、死にかけたということもある。

 リタに出会わなければ、おそらく死んでいたし、万が一生き延びても、心の穴は埋まらなかっただろう。



 では、二番目のトラウマは何か、と問われるとピーターは言葉に詰まってしまう。

 候補は二つ。

 一つは、ピーターにとって、圧倒的格上のモンスターであるハルバード・ドラゴンスケルトンと遭遇したこと。

 結果的に契約できていたからよかったものの、できなければ死んでいた。

 「正直、寿命が縮んだよ」とは、ピーターがそのことをのちに振り返った際の発言である。



 そして、もう一つの候補が、神秘ダンジョンである『愚者の頭骨』内部に、置き去りにされてしまったこと。

 ダンジョンを探索し、宝箱を入手し、特定のアイテムを得るというクエストが冒険者ギルドには常設されている。

 それについては、常に需要があるからだ。

 そんなクエストを受けたパーティだったが、ポーターを探していた。

 アイテムボックスがあるとはいえ、持ち運べるものには上限がある。

 なので、そういうこともある。

 だから、ピーターは特に考えずに、クエストを受けた。

本来ならば、冒険者ランクの低い彼は、クエストでダンジョンに入ることができない。

 ただし、パーティーメンバーに高ランクの冒険者がいれば、ダンジョンに関するクエストを受けても問題はない。

 その時の仲間が、ビンセントを含めた、四人のメンバー。

 


 途中までは、順調だった。

 少なくとも、ピーターにとっては。

 傍から見れば、差別発言のオンパレードで、危険ではあったが、彼の主観では何ら問題なく回っていた。

 彼がそういった扱いに慣れてしまっていたというのもある。

 だが、二十階層のボスとの戦闘を終えた直後、モンスターの追撃を受けた。

 宝箱を抱えたまま、四人はピーターを囮にして逃走。

 その後、ピーターはどうにか安全地帯まで逃げ切り、何とか生き抜いて、善意の冒険者の協力もあり、生きて脱出することができた。

 後で、故意に囮にしたことが【真偽法】で分かったために、彼等は冒険者ギルドを追放されたと聞いていた。

 そして、それきり、彼等と会うことはなく、ピーターも半ば、意識の外へと彼らのことを追いやっていた。

 思い出したくもない記憶であるので、無理もなかったが。

 しかし、結果としてそんな記憶を、無理やり思い出す羽目になっている。

 


 ◇◆◇



「アンデッドを使ってるのに、こんなに弱いとは。まあ、僕の魔法があってこそなんだけど」

「穢れた血のアンデッド使い様も、こうなっちゃもう何もできねえよなあ」

「おいれ参りに来たぜ?ピーターくうん」

「いやいや、お礼参りだし、ましてやピーターはこっちから来ただろ?」

「あれ、そうでしたっけ?」



 彼らは、姿も服装もさまざま。

 されど、表情は同じ。

 侮蔑と嘲笑、そして憎悪。

 彼らは、ピーターさえいなければ冒険者を首になることはなかった、と考えている。

 基本的に自由で気楽な冒険者だが、殺人未遂と会っては、追放はやむを得ない。

 むしろ、法的に罰されなかっただけでも、幸運だったのだが、そんなものは知ったことではない。

 報復に動くのは、あの〈魔王〉が怖くてできなかったが、ピーターが偶然、現れた。

 しかも、犯罪の証拠を目撃された状態で。

 生かして返す道理がどこにある。

 苦しめて、殺さない理由がどこにある。

 彼らの頭の中は、そうであり、それが正しいと信じている。



「俺たちはなあ、こうやって弱い奴をなぶるのが大好きでよお。ていうかあんまり壊しすぎんなよ?楽しめねえだろ?」

「いや、こいつHP高いから余裕っすよ。それに女じゃねえから粗末に扱っても平気でしょ。顔もよくねえし」

「顔がよければまた別の楽しみもあったんだがなあ。顔が悪くて、頭が悪くて、弱い男ってよお生きてる価値がねえって思うんだわ」

「それ、俺もリーチっすよ兄貴い!」

「ビンゴじゃねえか」

「そりゃねえっすよお」



 魔法職の、ローブを着た男がゲラゲラと笑う。

 リーダーであるビンセントは、見下ろしながら笑う。



「なあ、ホントにお前なんのために生きてるんだよ、お前?」

「…………」



 何のために、ピーターが生きているのか。

 砕かれて、【霊安室】で眠るハル。

 ピーターの目の前で、燃やされたリタ。

 何のために、ピーターが生きているのか。

 その答えは、もうすでに(・・・・・)

感想、評価、ブックマークなどよろしくお願いします。


次回は、22時に更新します。



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