決意と願い
「ハルの言ってることは間違っていないね、僕の目的は家族を守ること、共にあり続けること。そのためには、何でもするし、するべきだ」
ハルの言うことは間違っていない。
ピーターは弱く、できることには限りがある。
多くを救おうとすれば、掬いきれずに命は零れ落ちていく。
その命の中には、ピーターが含まれる可能性もある。
ピーターも理解している。
彼自身に、自棄の傾向があることに。
人に傷つけられても、怒ることはなく、あっさりと許してしまう。
彼の生きる意味が家族であり、彼自身には価値を見いだせていないがゆえに起こる事象。
それゆえに、心配をかけてしまっている。
「だから、心配してくれてありがとう、ハル。でもね」
しかし、同時にこうもピーターは考える。
目的のためにそれ以外のすべてを見捨てる、それはひとつの方法ではあるが、最善の方法ではない、と。
「もし、安全策をとるだけなら冒険者をするべきでもなかったと思う。ラーシンさんのところで店員として働くこともできるんだから」
けれど、それではだめなのだ。
ピーターは、〈降霊術師〉で、世界は〈降霊術師〉には厳しいから。
それでもそんな残酷な世界で生きるには、押しつぶされないように強くなり、世の中の役に立つことだ。
冒険者たちが荒くれものと呼ばれつつも、治安維持やモンスター討伐に大きな貢献をしているように。
生き残るためには戦い、勝ち続けるしかない。
戦いで勝つには強くなるしかない。だから冒険者として努力を重ねる。
「戦い続ければ、強くなれれば、家族とともに生きることができる。だから戦う、冒険者として」
「僕は、人間だ。この世界で生きる、一人の人間だ。だから、人としてできることをする」
村の周囲でアンデッドが出れば、村人に疎まれようがお構いなしにそれを討伐する。
モンスターに襲われている人がいれば、声をかけた上で割って入る。
仮初であっても、仲間を見捨てず、助ける。
そうやって、社会の一員として、生きていくことが。
人として、歩み続けていくことこそが。
「それこそが、僕たちの目的、家族で生きていくためには必要なことなんだと思うよ」
【霊安室】にいるハルには、ピーターの顔は見えない。
「今、僕が人としてやるべきことは、友人を助けることだと思う」
「……承知しました」
「ありがとうね、ハル」
「ぴーたー、わたしもきいていい?」
ふわふわと宙に浮いていたリタが、口を開く。
「何かな、リタ、注文の品は決まった?」
上を向いてどうにかしてスカートの中を覗こうとしながら、ピーターが問う。
今日は、赤色だからイチゴ系のお菓子かな?とピーターは推測した。
「ううん、そうじゃなくて、ぴーたーはどうしたいの?」
「うん?」
「どうするべきか、ってはなししかしてないよぴーたー。ぴーたーはどうしたいの?」
ピーターは納得する。
確かに、それは説明していなかった。
ピーターは、視線を下げて、紅茶を見つめる。
理論武装は通じない。
彼女達には、全てをさらけ出すと決めているのだから。
少しだけ考えをまとめて、おもむろに口を開く。
「そうだね。僕は、友達が、大切な人が死んだら嫌だよ」
かつて、ピーターは、大切な人を失った痛みを覚えている。
肉をそがれ、骨を折られるよりなお強い痛み。
ましてや、死んでしまうとしたら、もしも二度と会えないとしたら。
ピーターは耐えられない。
「だから、助けたい。もう、一人は嫌だし……ヴァッサーさんも一人にしたくないから」
「そっか」
ふわふわと浮いたリタは、うんうんとうなずいて納得した。
「僕の願いを叶えるため、力を貸して欲しい、ハル、リタ」
「まっかせてー!」
「承知しました」
サンドイッチとケーキを食べたのち、ピーターはクエストを受注した。
ハルとリタも、異論はもうなかった。
◇◆◇
迷宮。
ダンジョンともいわれる。
多くのモンスターやそれに付随する資源が眠る場所のことを指す。
迷宮は二種類に分類される。
一つは、自然ダンジョン。
先日ピーターが出向いた旧墓地もそれに分類される。
多くのアンデッドが存在する。
それ故に、時折間引く必要が出ている。
それとはまるで異なるもう一つが、「神秘迷宮」。
一つ、神秘迷宮はモンスターが外に出てこない。
一つ、神秘迷宮内のモンスターは死ぬとその肉体は消失し、アイテムに変換される。
一つ、神秘迷宮内では、宝箱なるものが出現する。
一つ、神秘迷宮内部では枯渇がない。宝箱も、モンスターも、どこかから無尽蔵に出現する。
神秘迷宮とは、言ってしまえば無限の鉱脈のようなものだ。
ハイエスト聖王国も含めて大国ならば、神秘迷宮の一つや二つ管理している。
ハイエスト聖王国にある神秘迷宮は三つ。
王都に存在する、『教皇の神殿』、『女教皇の祭壇』。
そして、「迷宮都市」アルティオスに存在する神秘迷宮、『愚者の頭骨』。
アランは、『愚者の頭骨』を大々的に捜索すると発表。
多くの冒険者を動員し、探索することになった。
「ねえねえぴーたー、あのよろいきれい!」
「ああ、あれはすごいね。でも、リタ、人を指さしちゃだめだよ」
「はーい!」
リタが指さしたそれは、どう考えても、上等な装備品だった。
リタが指をさした人だけではない。
見れば、周りの人も、一目でわかるような上等な武具を身に着けている。
それこそ、ピーターだけが装備の格が低すぎて目立ってしまっている。
彼の場合はそれだけではなく、アンデッドを連れているというのが目立つ要因でもある。
ピーターは、それなりの長い年月を小道具店でバイトをして過ごしてきたので、【目利き】のスキルはなくても、ある程度理解できる。
装備から優秀であることがわかるような冒険者、それが多数いる。
「突入!」
冒険者たちが、剣を、弓を、盾を、杖を、拳を、各々の信じるものを掲げて突入した。
『愚者の頭骨』の特徴。
それは、入った者達がパーティー単位でふるい分けられること。
全く同じ構造の異空間にそれぞれが飛ばされ、それぞれが攻略する。
それ故に、どれだけの人数が入っても、ここが飽和することはまずない。
だから、今この場にはピーターとリタ、ハルしかいない。
他の面々は別でパーティーを組んでいるため、ピーターは混ざる余地がない。
そもそも、あの場にいた誰も、ピーターとは組みたがらないだろうが。
「ここと、ここと、ここだね」
ピーターは、隠蔽効果のあるアイテムでモンスターとの戦闘を避けていた。
唯一避けられない門番モンスターとの戦闘では、バフをかけまくって強化されたハルが暴れたので、難なく倒すことができた。
MP回復ポーションを服用していることもあって、MPもさほど減っていない。
「その情報は、ありがたいですね」
「そうだね、いずれ自分で入るときに使いたいものだ」
「愚者の頭骨」は、民間人が入ることができるのだが、しかして誰でもできるわけでもない。
Cランク以上の、冒険者でないと入ることができない。入るための許可が下りない。
ちなみにピーターはいまだDランクである。
Cランクに上がるための条件の一つが、上級職への転職であるため現状どうしようもない。
今回は、ギルドマスターであるアランの勅命が出たことで、特別に入ることができる。
「安全地帯、だね」
「あんぜん?」
「いや、ここが本番だよ」
五階ごとに安全地帯と呼ばれる広場がある。
ここにはモンスターが攻めてこないし、空間が細分化されていないので、他の冒険者たちもいる。
具体的には、一つの安全地帯につき、4~7組のパーティが入ることになる。
また、安全地帯にある転移ゲートをくぐれば入口まで戻ることができる。
ここで情報交換をしたりもするそうだ。
そんな安全地帯で。
それはいた。
それらはいた。
「あ」
「「「「あ」」」」
それらは、四人組だった。冒険者崩れだろうか。
荒くれ物といった身なりをしている。
そして何より、大事なことがある。
そこには、メーアがいた。
縛られて転がされていて、他にも縛られている人が数人いる。
そこに探している者が、あっさりと見つかった。
「ハル!【ネクロ・スピード】!【ネクロ・ディフェンス】、【ネクロ・パワー】!」
その状況を見て、ピーターがとった行動は、戦闘態勢を整える。
今の彼ができるバフを、最大限ハルにかける。
現状、助けないという選択肢はなく、それゆえに人さらいたちから逃げることができない。
だから、戦闘する前提における最良の選択肢を取った。
しかし、それは。
「【インベイダーズ・ブレイク】」
先頭の男が、ハルの頭部を粉々に砕いたことで、完全に破綻した。
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ついに10万字超えました。
これからも頑張ります。