グレゴリー・ゴレイムという男
「うん!随分と健康的な肉体だね、素晴らしい!まるで鎧のようだ!」
銭湯の先客は、迷宮都市アルティオス騎士団団長、グレゴリー・ゴレイムだった。
見た感想は一言。
「鎧を着て風呂に入っている人に言われたくないんですが」
「いやいや、別に問題はないだろう。というか俺は騎士なんだから後、鎧は着ていないよ、兜をかぶっているだけさ」
見れば、浴槽のわきには、鎧が立てかけられている。
それが、彼のものであるのは言うまでもない。
風呂の湯の中までは、角度の問題で見えなかったのである。
「どうして、風呂に鎧を持ち込んでいるんですか?」
「これはね、栄光の鎧なんだよ」
「「?」」
ピーターとルークが疑問符を浮かべた。
それが顔に出ていたのか、ゴレイムは説明を続ける。
「君たちは、聖騎士団がどのような基準で選ばれるのか知っているかな?」
「わかりません」
「王都で試験があってね、それを合格する必要がある。学科と実技があるから、武勇と教養、どちらも問われる。そうだね……武勇については、上級職に就いていないと話にならないかな。そもそも受験できないだろうね、年齢制限もあるからな」
「ユリアさんは優秀なんですね」
「そうだな!彼女は二年前、わずか十歳で騎士団に入隊している。通常なら考えられん。従者のサポートによるレベル上げや、戦闘に秀でたギフトを持っていること加味しても、すさまじい力量だ」
となると、ユリアはまだ十二歳ということになる。
年齢が幼さなければ許されるというわけでもないが、精神的に不安定な時期でもあるはずで、ピーターを攻撃してしまったのも仕方がないことだろう。
ギフトに関しては、初めて知ったが。
後で、訊いてみようか、と一瞬考えかけたが、詮索するのも失礼だなと考えを打ち切った。
「話がそれたね、ともかく栄光を掴まんとして、多くのものが試験に挑み、ごく一部のものがこの試験をパスして、栄光を掴む。聖騎士団の制服たる、この鎧を着こむ資格を得る」
「つまり……騎士としての誇りを肌身離さず持ち歩いている、ということですか?」
「まあそうだね。同時に、その鎧を着ている以上、責任が伴うことも忘れてはいけない」
今、出ていった人たちのことを思うと、彼が責任を自覚しているかどうかはわからなかったが、そこを追求する必要なないとピーターは判断した。
「昨今、誘拐事件が起きている。実行犯は、目星がついている」
「そうなんですか?」
ピーターは、驚いた。
今冒険者ギルドが総出で探している事件。
頻度が異常に高くなっており、それ故にアランたちも必死で動いているはずだが、未だわかっていないと思われる。
「おそらくは、冒険者か、その関係者だ」
「「え?」」
二人とも、驚いた。
グレゴリーが発した言葉の内容に疑問を抱いた。
そして、なおかつそれを冒険者に対していっていいのか、という疑問もある。
「待ってください、冒険者がやったって、俺たちはちゃんと捜索してるんすよ?」
彼の怒りと主張はもっともだ。
ルークたちも、今日も今日とて捜索を進めているし、パトロールして、注意喚起している冒険者もいる。
それらに対して、
そんな発言は、許せない。
それは、彼等に対する冒涜だからだ。
「ピーター君、といったかな。確かに、全ての冒険者がそうであるとは思っていないよ、私もね。あくまでやっているのはごく一部だろう」
「……根拠は?」
「君たち冒険者と、そして私達さ」
「はあ?」
意味が分からず、なおもルークとピーターは問うが。
「我々聖騎士団は、日々パトロールや聞き込みを行っている。その中には、【真偽法】が使える者も多い。隠し事は簡単に見抜けてしまう」
「そうですね……」
「そうっすね」
つい先日、【真偽法】の効力を疑われて冤罪を掛けられそうになったことをピーターは思い出したが、ややこしくなるだけだと思いそこには言及せず、曖昧にごまかした。
ルークは逆にそれには素直に賛同しているが、それはパーティ内に聖職者がいることが理由だろう。
普段から、【真偽法】などを活用しているのかもしれない。
「しかし、だ。見つけられないんだよ。被害者たちの足取りも、実行犯たちの所在も、突き止めることは出来ていない。君たち斥候職の冒険者が探っても見つからないし、止められない。これははっきり言って異常事態だよ。となると、一つしかありえない」
彼は浴槽から腕を上げて、指を二本立てる。
「ひとつ、何かしらを隠すのがうまいものがいるということ。二つ、対策をしているということ。冒険者の手の内をよく知っているということだ。だから、君たちの裏をかくことができる」
なんとなく、理解できる。
冒険者には、斥候職のような隠蔽に秀でたものも多い。
そういうモノたちならば、おそらくは【真偽法】などもかいくぐってしまえる。
一応筋が通っている。
ふと、気づいたことがあった。
「さっきも、同じ話をしたんですか?」
「ああうん、先ほども今のような話をさせてもらったよ。どうやら気を悪くしてしまったようだがね」
道理で、と二人は納得した。
風呂から一斉に上がっていくなど普通に考えれば、まずありえない。
閉場前であれば別だが、そうでなければそんな偶然は起こりえない。
だが、大声で誰かが何事かを主張し、それによって全員が気分を害すれば話は変わる。
銭湯は、風呂のある住居に住んでいないことが多い冒険者にとって憩いの場だ。
そんな場所で、冒険者を貶める発言をすれば空気が悪くなるのも無理はない。
普通ならば、袋叩きにされそうなものだが、そこは仮にも騎士団の長。
害するという選択肢がなかったのだろう。
すこし、グレゴリーは、体をピーターの方にずいと寄せてきた。
「だが、わかって欲しい。我々も真剣なんだ。どうしても、我々は全力で目的を、本会を遂げねばならない。そうでなくては、我々は栄光にふさわしくない。騎士としての使命を果たせない」
【真偽法】など持たないピーターだが、はっきりとわかる。
目の前で熱く語る彼は今、包み隠さず本当のことを話している。
グレゴリー・ゴレイムという人物にとっては、それが本心であるのは疑いの余地がない。
「では、もう出るよ。これから聞き込みがあるのでね。あと、ギルドマスターにパトロールを辞めるよう言っておいたからね。……信用できないものを戦力には含められない」
そういって、グレゴリーは風呂を出て脱衣所に向かった。
「変な人でしたね……悪い人には見えませんでしたけど。いい人とも思えません」
「そうっすね。熱血漢って感じでした」
空気は読めないし、傲慢なところもある。
ただ、自分達の使命に実直なのはあきらかであり、そこはかなり好感が持てた。
それからしばらくしてピーター達も風呂から出た。
◇◆◇
「ぴーたーただいま!」
「お帰りリタ!」
体から湯気のようなもの――ゴーストは濡れないのであくまで幻影であるーーを出しているリタにピーターは駆け寄る。
リタはこのようにある程度見た目を変えることができる。
風呂場では、それにふさわしい恰好になっていたことだろう。
タオルを巻いたリタを想像してよだれを垂らし、あわてて袖で拭った。
「どうしたの、ルーク君、何か悩んでる?」
「いやまあ、ちょっと変な人と会ってね」
「……ルーク、尻は大丈夫か?」
「そういうんじゃないかな」
ルークにとっては、仕事がなくなったようなものなので、確かにダメージは大きいのかもしれない。
ピーターにとっては、もともと何もすることはない。
どうせ、索敵はリタの上空飛行任せによるもののみ。
人探しは、ピーターには無理だ。
アルティオスには、ルークのような斥候職は決して珍しくない。
むしろ、魔法職辺りの方がレアリティが高い。
パトロールにしても、それに向いた冒険者はたくさんいるし、なんならゴレイム率いる聖騎士団もパトロールを行っている。
ピーター・ハンバートの出る幕は、どこにもない。
そう、確信していた。
次の日、ポーション職人のメーアがさらわれた。
その知らせを聞くまでは。
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