騎士団と冒険者ギルド
「そうだナ。ぶっちゃけ、いつも俺たち冒険者のほうが成果出してるから妬んでんだろ……あ、悪イ」
イスラがあわてて騎士であるユリアに対して謝罪する。
ただ、彼女は特に気にした様子もない。
むしろ当然の言葉を聞いたような、納得したような表情だった。
「いえ、ここに来る前からわかりきっていたことだもの。やはりここでは、聖都ほど教会や騎士団は重要でないのでしょうね」
「まあ、ここだとモンスターの討伐は冒険者の仕事ですからね」
それは事実だ。
騎士団は基本的に内部の治安維持と外部のモンスター討伐を主な活動内容としている。
しかし、外部のモンスター討伐はアルティオスではそのほとんどを冒険者が担っている。
どちらかといえば騎士団は治安維持、そして冒険者への抑止力という面が強い。
騎士団の影響力が極端に弱く、いわゆる騎士の左遷先とされているらしい。
そういった事情もあり、つまりは騎士団・教会と冒険者の対立構造ができてしまっている。
教会については、人材を冒険者ギルドに引き抜かれているという事情もある。
そうでなくても規律を重んじる騎士と、自由を愛する冒険者はもとよりそりが合わない。
協力することもあるにはあるが、たいていは互いに不干渉を貫くことが多い。
ちなみに、騎士団の力が強い王都や冒険者が少ないその他の都市では、基本的にモンスター討伐などは騎士団が行う。
それこそ、この迷宮都市だけが例外といえる。
普通に考えて、国の管轄ではない強力な武力組織など、国家によって潰されてしまう。
それが犯罪を犯していようといまいと、そんなものは関係ない。
存在自体が危険だからだ。
だが、冒険者ギルドはーー例外だ。
規模は大きく、大勢の戦闘職を抱えている。
加えて、あの〈魔王〉アラン・ホルダーを始めとした、超級職が複数在籍している。
質、量ともに、隙が無い。
放置のデメリットを、壊滅させるためのコストが上回っている。
「ゴレイム団長は、この事件を必死になって解決しようとしているのよ。ただ、その」
「冒険者との協力には反対、とか?」
「……そうね」
「ああ……」
「「「「なるほど」」」」
それはそうなるだろう、と思った。
騎士もそうだが、聖職者より、教会よりの者たちは自分たちの使命と正義を信じている。
だから、己等の役割である誘拐事件の解決を、彼等だけでやろうと考える。
それはあくまで自然なことである。
冒険者への悪意ではない、どうしようもないほどの使命感こそが、彼等という存在を形作っている。
「ユリアさんは、どう思ってるんです?」
「……わからない」
ユリアは重々しく、口を開いた。
「貴方は、どちらかは不要だと思うの?」
「いいえ、まったく」
「役割も、立場が違っても、それでも、目的が同じならそこに貴賤はないはずです。そうやって、一人一人が世の中に寄与してきているはずです」
ピーターは語る。
自分の在り方を、考え方を、生き方を。
「僕は、普段ハルやリタと行動してます。役割が違うけれど、それぞれが同じ目的に向かって戦いつづけることで、今日まで生き抜いてきました。社会も同じです」
ピーターは、ふと我に返り、恥ずかしくなった。
「あの、まあ……そうだと思います」
騎士である彼女を前にしているので、萎縮しながら話すことになってしまった。
「いや、そこははっきり言えヨ」
「ぴーたー、はっきりする!」
「ご、ごめん」
ピーターは縮こまったままリタに謝った。
「……そうね、きっとそうよね」
ユリアは、うつむいて、うんうんと何事かうなずいていた。
何を言っているのかはピーターにはよく聞こえなかったが、なんとなく悪意がないことと、気を悪くしたわけではないということが伝わった。
初対面での印象は渇してよくはなかったが……こうして話してみるとそこまで悪くないかな、という評価になるのは。
少し、単純すぎるかもしれないな、とピーターは思った。
「ところで、ルークさんたちはパトロールに行ってきたんですか?」
「まあ、そうっすね。この後銭湯に行こうかな、って話してたところっす」
なにげない会話だった。
しかし、それを日常のそれと認識しないものがいた。
「銭湯?」
小首をかしげている、紫髪の騎士であった。
「ユリアさん、行ったことありませんか?」
「ないわね。そもそも、騎士団員は寮内の入浴施設を使うもの。移動中も、アイテムボックスに移動用のお風呂があったから、それを使ってたし」
「ああ、そういう、のがあるんだ、ね」
後半の声が少し抑え目なのは、些か未だに罪悪感があるのかもしれない。
ハイエスト聖王国において、公衆衛生は非常に重要視されている。
そもそも、聖職者による聖属性魔法によって、国民を救うのが、この国の理念。
そこには、衛生も含まれる。
公衆トイレや公衆浴場が設けられている。
「……せっかくだし、一緒に行くか?」
普段使っていないピーターやユリアもこの人達がいるのであれば、せっかくなので、行ってみることにした。
◇◆◇
「覗いちゃだめ、だ、よ?」
「だめだよー!」
フレンとリタが、分岐点で警告する。
「覗かないよ!」
「…………覗きませんよ」
「ピーターさん、本当に覗いたらダメっすよ?」
「……わかってますよ」
未練たらしく、ピーターは男湯に向かった。
一応家族なのに、どうして見てはいけないのか。
ピーターにはわからなかったが、リタが嫌がっているのでそこは仕方ないなと思った。
『主様』
「何かな?」
『私は、このまま男湯の方に向かってもよろしいのでしょうか?』
「うん、それは大丈夫だよ」
銭湯において、重要なのは人としての性別である。
元地竜かつ現スケルトンのハルには、特に関係のない話であった。
銭湯の脱衣所は、曇りガラスのドアがついている。
そこをくぐり、服を脱ぐ。
「ピーターさん、す、すごいっすね」
ルークは、ピーターの裸身を見て、引いていた。
それは、体つきが貧相だったからではない。
ムダ毛があったからでもない。
というか、仮にそんなものはあっても目に入らない。
ルークが見ていたのは、ピーターの傷。
腕に、足に、背中に、腹部に、首元に。
切り傷が、打撲跡が、火傷の跡が。
数えきれないほど全身にある。
ピーターには、回復魔法が効かない。
それゆえにポーションで自然治癒能力をブーストして直すほかなく、結果として完全には治らない。
ゆえに、傷はどうしても跡が残ってしまう。
因みに、髪で隠れているだけで頭部にも傷跡はある。
「ああ。すみません」
ピーターは、今傷に気付いたかとでもいうかのように、タオルを体に巻き付けた。
全身に傷がある姿は、普通に考えれば衝撃的ではある。
「あの、ピーターさん……」
「いいんですよ、むしろ申し訳ないです」
ピーターの振る舞いは、いたって普通の人間のそれだ。
普通の状態ではないのにもかかわらず、普通の人間と変わりがない。
傷ついていることなど問題ではなく、ルークに嫌なものを見せてしまったことを残念がっていた。
「…………」
ルークは、そのありように対して、何か言うべきだろうかと考えて。
それを知ってか知らずか、頭を下げつつ、ピーターは扉をくぐろうとして。
言えず、くぐれなかった。
どやどやと、風呂から出てくる男たちに押し出されてしまったからだ。
男たちは、あわただしく一様に険しい顔で脱衣所を出ていった。
「何かあったんっすかね?」
「どうでしょう……」
「迷惑な客でも中にいるのか、あるいは僕の接近を察知したのか……どちらでしょうかね」
「さすがに後者はないんじゃないっすか?」
「……まあそれはそう、だといいですけどね」
ピーターは、どこか遠い目をしている。
何かあったのだろうなと察したルークは、追及するのをあきらめた。
「ピーターさん」
「なんですか?」
「その、もう気にならないんで、タオル取っても大丈夫っすよ?」
ピーターは、きょとん、とした顔になって。
「ああ、ありがとうございます。正直邪魔だったので」
タオルを外して、二人は脱衣所の扉を今度こそ開けて、風呂に入った。
そこには、先客で珍客がいた。
「おや!これはこれはどうも!若き冒険者よさっきぶりだな!」
どこか芝居がかった口調の、顔に傷のある男。
浴槽に使っているが、
奇妙なのは、話し方でも、傷のある顔でもない。
風呂場にいながら、兜を頭部に着けていることだった。
「改めて名乗らせてもらおう!俺は、王国聖騎士団、アルティオス支部長、グレゴリー・ゴレイムだ!」
風呂場で、その男はそう名乗った。
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