牙と騎士
遅れて申し訳ないです。
たいていはそういう丁寧な態度はプラスに働く。冒険者が乱暴で不作法というイメージがあるからだろう。
とはいえ、ラーファやメーアなど、ごく一部の友人は、「もう少し打ち解けてくれても」と思ったりする。
単純に仲のいい友人知人が少ないために、デメリットも少ないというだけである。
「……まあいいわ」
「あ、ピーターさん!お久しぶりっす!」
「やあルークさん、先日はどうも」
「るーく、こんにちは!」
声をかけてきたのは、先週共にクエストに挑んだルークたち、〈猟犬の牙〉だった。
あのクエスト、そして打ち上げの後も、会えばちょっとした世間話に興じることもあった。
というか、ルークからピーターに話しかけることが多い。
全盛の人間なのだろうな、とピーターはルークのことを評価していた。
実際、ルークたちパーティーの評判はいい。
というか、墓所のクエストのことで、かなり評判が上がっているらしくピーターはお礼を言われてしまった。
評判がいいのは、本人たちの人柄や実力もあるのでピーターとしてはお礼を言われることだとも思っていなかったが、彼のそういう態度は好ましく思っていた。
今までにないほど、険しい顔だった。
整った顔立ちゆえか、研ぎ澄まされた刃のような迫力がある。
「ピーターさんに何の御用ですか?」
「え、えっとルークさん?」
このメンバーの中で、一番ルークの迫力に気圧されているピーターが、声をかける。
「ピーターさんを先日攻撃していましたよね?いったい今更何の用ですか?と訊いているんです」
なるほど、納得である。
なぜか、ピーターにとってはまるで理由がわからないが、ルークはピーターを慕っている。
ルークにしてみれば、ピーターは二度も自分たちを救ってくれた恩人である。
また、ルークにとってはピーターは、同時に数少ない同性の友人でもあった。
それもあって、ピーターはルークになつかれている。
逆に言えば、その敵に対して、態度を硬化させるのは仕方がないともいえる。
パーティを組めないのが、彼のモンスターに依存するという戦術上の問題なので、どうにもならないことではある。
また、ルークにしても、三人の仲間全員から好意を向けられているので、
それもあって、ピーターはルークになつかれている。
逆に言えば、その敵に対して、態度を硬化させるのは仕方がないともいえる。
「あの、ルークさん、大丈夫ですので……」
「……おい、ルーク、相手は〈聖騎士〉だぞ。いくらなんでも」
「ピーターさんは、黙っててほしいっす。ミーナも、わかってるから」
ユリアも、ルークの顔を見ながら、ゆっくりと椅子から立ち上がる。
「先日、私を護衛してくれた騎士ね。その節はどうも」
「今日は、謝罪に来たの。ピーターに、攻撃したことを」
「……え?」
「「「え?」」」
ルークが固まった。
それは、ルークの後ろにいた三人も同様だった。
聖職者である彼女が、ピーターに謝罪をしていたことが驚きだった。
「本当ですか?ピーターさん」
「はい、ルークさん。もう謝罪は受け取りましたし、和解しました」
「そうですか……なら俺が何か言うべきじゃないっすね。すみませんピーターさん」
「いえ、心配してくださってありがとうございます」
椅子に座ったまま、ピーターは頭を下げる。
腰の低い友人を見ながら、ルークはひとつ嘆息して、席に着いた。
「すみません、固い態度をとってしまって」
「いいえ、私に非があることだから、構わないわ」
ユリアが椅子に座り直し、ミーナたちも椅子に座る。
別にもう対立しているわけでもないし、する理由もないが、どうにも空気が重い。
「なんだあ、喧嘩かあ?それとも怖い話でもしてんのかあ、あんたら」
軽薄そうな男が、話しかけてきた。
どうやら酔っているらしい。
「だったら俺が語ってやるぜえ、〈不死王〉の話をなあ。兄ちゃん、アンデッド連れてるみたいだしなあ」
「っ!」
彼が、狙ってやったのかはわからないが、その言葉はピーターの心にすんなりと刺さった。
「おい、やめろやめろ」
がっしりと、軽薄男の型を見知らぬ男がつかむ。
「すまんね、こいつ酔ってんだよ。ほらいくぞ」
彼は仲間らしい人物に運ばれていった。
「…………」
しかし、場の空気は収まらない。
いつしか、ピーターの周りにの人間の視線が、ピーターとリタに集まっていた。
〈不死王〉。それは、〈降霊術師〉系統超級職であり、とある大犯罪者のことを示す。
かつて、ある犯罪結社があった。
いくつもの国を滅ぼし。
幾千、幾万の軍団で構成され。
幾十万、幾百万の人命を踏みつぶし。
最終的に、世界各国が戦力を結集し、組織を壊滅させた。
逆に言えば、国々が連携しなくては、壊滅させるのは不可能な相手だったということだ。
その組織を束ねていたのが、〈降霊術師〉系統超級職、〈不死王〉。
無尽のアンデッドを従える、厄災の象徴。
というか、ピーターが嫌われているのは、ほとんどそれが原因でもある。
彼にとって、最も聞きたくはない存在の名前。
アンデッドを連れている限り、この職業である限り。
自分の未来が、大犯罪者と同じ存在になりえるということが、ピーター・ハンバートを苦しめている。
「あ、じゃあこれで失礼します」
空気が悪くなってしまったことを察して、ピーターはとりあえずカフェを出ようとした。
「ピーターさん、待ってください!」
ルークが、腕を握っていた。
がっちりと腕を掴まれている。
「せっかくですし、怖い話でもしませんか?」
「「「え?」」」
なんで?と、ルーク以外の人が思った。
どういう理由でそうなるのか、ピーターにはわからなかったし、他のメンバーも同様だった。
「ええと、せっかく怖い話が聞こえたので、せっかくだからそれに乗じて盛り上がろうかと思いまして。その、ダメでしょうかね?」
「…………」
今ある状態を、そのままにしたくない、という考え方。
その考え方は自分とは違うものだった。
少なくともピーターならば、はれ物に触るように丁重に無視するだろう。見なかったことにするだろう。
当然だ。
あるいは、ルークもそうする選択肢は頭にはあったのかもしれない。
それでも、こんなことをしたのは、そのままで居たくないからだろう。
無視するのは、後味がよくないからだろう。
「僕はいいですよ。それで、誰からやりますか?」
「あ、じゃあ俺からいきます!」
そういう空気の読めなさは、ピーターは嫌いではなかった。
明日は更新できないかもしれません。
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