〈聖騎士〉ユリア・ヴァン・カシドラル
聖職者と対面して、ピーターは、爆速で走り去ろうとする。
自分を殺そうとする相手と、対話は不可能。
かといって、正面からやりあって勝てる相手でもない。
勝てたとしても、ここは冒険者ギルド。
戦闘の余波で、友人知人を巻き込むわけにはいかない。
「ちょ、ちょっと待って!」
走って距離を取ろうとしたが、彼女に回り込まれて止められてしまう。
鈍足の魔法職では、ここまでたやすく回り込めない。
おそらくは、騎士系統の上級職、〈聖騎士〉だろう。
騎士系統は基本的に鈍足であるものの、まったくAGIが伸びないわけではない。
AGIがまったく伸びないといえる〈降霊術師〉では、逃げられない。
ハルを出して逃げようにも、屋内で出せばピーター自身が春に押しつぶされて死ぬ。
というか、屋外であっても街中で逃走に使えば大惨事が繰り返されるだけだ。
見れば、以前感じたような敵意は感じなかった。
少なくとも今、攻撃するつもりはないのかもしれない。
しかし、それでも警戒すべきではある。
彼女の聖属性攻撃は脅威ではないとはいえ、純粋な物理攻撃は別だ。
喰らえば大怪我――で済めばいい方だろう。十中八九即死ではないだろうか。
そうでなくても、ピーターはつい先程まで騎士団の連中にあらぬ疑いをかけられて尋問されていたところなのだ。
理性的にも感情的にも、友好的な態度は取れないし、取りたくもない。
「何か御用でしょうか?」
とはいえ、こちらから斬りかかったり無礼な発言をすれば、相手にこちらを処刑する口実を与えかねない。
とりあえず相手の出方をうかがうしかない。
その様に考えた結果出た、相手の意図を探るためのピーターの質問に対して。
「野盗だと勘違いして攻撃しました!ごめんなさい!」
「「え?」」
彼女は、体をくの字に追って、ピーターに謝罪したのだった。
◇◆◇
立ち話もなんだから、と彼女の提案で冒険者ギルドのカフェまで移動して、ピーター達は軽食を取っている。
テーブルはそれなりの人数が使用することを前提としているモノだが、しかして使っているのはピーター達だけだ。
さもありなん。
かたや冒険者たちとは険悪な関係になることも多い、治安維持を担う騎士団の団員。
かたやアンデッドを連れ歩く冒険者。
どちらもこの場においては異端である。
ピーターの場合はこの場に限らないが。
といっても、食事を楽しんでいるのは、イチゴハニートーストに頭を突っ込んでいるリタだけだ。
そのリタは、最初は彼女と食事を取ることに反対していた。
それどころか、彼女に対して露骨に敵意を見せていた。
ピーターを攻撃した相手なのだから、無理もない。
そんな彼女だが、ピーターになだめられ、ハニートーストが出てくると機嫌を直した。ちょろい。
ちなみに代金は目の前の〈聖騎士〉が出すそうだ。
ピーターは別にいいといったのだが、彼女がどうしてもといって聞かないので折れることにした。
彼にとっては自腹で買ったものをリタに味わってもらうことも含めて意味があると思っているのだが。
「……つまり、僕たちを、馬車を襲ってきた野盗だと勘違いした、と」
「ええ、本当にごめんなさい」
彼女の話はこうだ。
もともと、彼女は騎士団からの任務を受けて、迷宮都市にやってきていた。
しかし町に入る直前になって、モンスターに襲われた。
彼女自身も迎撃に出ようとしたが、護衛が外に出してくれなかった。
というか、外から鍵がかかっていて、出られない仕組みになっていたらしい。
また、彼女にはどんなモンスターが来ているのかさえ、告げられなかった。
ただ、モンスターが来ていて、危険だから外に出ないでくれと言われただけ。
そして、時間をかけて、ようやく鍵を壊して外に出たと思ったら、ゴーストが外にいたので、その使い手と思しきピーターを攻撃した、と。
「なるほど、そういうことだったんですね」
「ええ、ほんとうにごめんなさい。ほんとうはすぐ謝ろうと思ったんだけど、謹慎処分になってしまって」
ピーターは改めて、目の前の少女を見る。
聖職者でありながら、彼女からはアンデッドへの敵意もピーターへの悪意も感じない。
こうして、食事をおごってくれていることも含めて、彼女なりに反省しているのだろう。
「いえ、気にしないでください、もう十分謝罪はいただきました」
加えて、よく見ればおそらく外見年齢は十二歳程度。
荘厳な白銀色の鎧と、腰まである紫髪、紫の瞳が大人びた印象を与えるが、子供である。
であれば、間違えてしまうこともあるだろう。
攻撃されたのは、自分だけだし、リタも機嫌を直したし、それについては別にいいかなとピーターは思っていた。
「リタちゃんも、ごめんなさい」
「いいよ!えっと……」
「ああ、言い忘れていました、私はユリア・ヴァン・カシドラルと申します」
空気が凍ったのを、ピーターは感じた。
それはピーター達とユリア、ではなくその周りの空気があからさまに変わった。
大半の客が慌てて席を立ち、店員もこそこそと二人から離れようとしている。
ピーターもまた、彼らの気持ちが理解できる。
これでも、ピーターは情報通とは言えない。
個とアンデッド以外に関しては、誰かの右に出るということはないだろう。
そんな彼でも、知っている。
「それは……あのカシドラル公爵家ですか?」
「ええ、その通りよ」
「それは……大変ご無礼をいたしました、ユリア様」
ピーターは知っている。
この国において、ミドルネームを持つのは貴族のみ。
加えて、カシドラルという家名は、この国ではとくに有名な大貴族だったはず。
「そんな風に気を使わないで。私は継承圏外のなんちゃって貴族だし、そうでなければ聖騎士団に入れられたりしないもの」
「わかりました、ユリアさん」
「敬語でなくてもいいのよ?」
「いえ、普段からこうなので」
ピーターは、敬語を崩すことは滅多にない。
それこそ、十歳の時から八年間の付き合いのあるラーファたちにも
「いれられたってなに?なんでゆりあはきしになったの?」
どうやらもうハニートーストは堪能し終えたらしい。
「貴族の中でも、継承権の低いものは基本的に戦力として強制的に聖騎士団に組み込まれるわ。私も含めて大抵は従者のサポートがついていたから簡単に強くなれるけど」
「そうなんだー」
「なるほど」
ちなみに、聖騎士団というのは聖都の騎士団だ。仕事は行ってしまえば、憲兵である。
聖騎士団と呼称されてはいるが、入団するのに〈聖騎士〉である必要はない。
というより、〈聖騎士〉は上級職であり、団員の多くが下級職なのだから無理からぬ話だ。
ただし、入団するには教会と、団員からの推薦状が必要であり、そのうえで入団試験が行われる。
給料が良く、様々な特権が認められるためこの国の中でも、武官としては最高の就職先とされている分、険しく、狭き門なのだ。
「と、聞いているのですが」
「そうでもないわ、推薦は貴族や王家にとってはあってないようなものだし、試験だって……家柄が胴かを問われているだけよ。そもそも従者の力でレベルを上げているから、転職なんてどうとでもなるもの」
いわゆる、貴族の受け皿、不正の温床になってしまっているらしい、とピーターは理解する。
彼自身には関係のない話だったので、別に良いと考えた。
もっとも、上級職に簡単につけるのはうらやましいとは思ったが。
冒険者を始めて、レベル上げと転職にいそしみ苦節八年、未だにピーターは上級職に就けていないのだから。
彼の場合、〈聖騎士〉とは違って条件がわかっていないので、従者がいても同じことではあるが。
「そう言えば、ユリア様は私を探してここまで来ていたのですか?」
「ユリア、でいいわよ。半分正解ね。あなたを探してというのはあるけど、他にも用があったから」
「その用事、というのはひょっとして先日のアンデッドのことでしょうか?」
聖職者といえばアンデッドであり、アンデッドあるところに聖職者が赴くのは当然である。
先日現れた悪霊については、すでにギルドに報告を済ませている。
おそらくはその件でギルドに情報を求めたのではないかと思ったのだが……。
「いいえ違うわ。あと、敬語も不要よ」
「すいません。基本的に敬語で話すことにしているので。それこそ、子供でも」
そう、彼は基本的に人前では敬語で話す。
それこそ友人であるリーファや後輩であるはずのルークたちにも常に敬語である。
例外は、家族であるリタとハルのみだ。
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