冤罪は理不尽なもの
ピーターと「猟犬の牙」が奇妙な調査依頼を受けてから、早一週間。
これといって、大したことはなかった。
クエストを受けることもなく、ピーターは静養していた。
また、アランからは器物破損については何とかなった、と言っている。
「さて、なぜ貴殿がここにいるかわかるか?」
「……わかりません」
「わからない、だと?」
「はい」
冒険者ギルドに向かい、クエストを探そうとしたら、急に連行された。
そしてその後騎士団詰所の取調室で取り調べを受けている。
ハイエスト王国での取調室は簡素なものだ。
机が二つ。
椅子が三つ。
机のうち一つはピーターと目の前の騎士が向かい合って座るための物で、もう一つは記録係の者が使うための物だ。
高速で文字が埋められており、ピーターは〈書記〉だろうか、と推測した。
ピーターの目の前には聖職者らしき人物と小さな器具がある。
確かあれは、録音するための装置だったか。
二重のバックアップという措置をとっている。
それがピーターの知るすべてである。ちなみに話がややこしくなるといけないので、リタやハルは【霊安室】にしまったままだ。
最悪、アルティオスに戻ってきた時のように、攻撃されかねない。
明らかに、ここにいる二人はピーターを敵視している。
冷静にこちらを裁こうとしているようには見えない。
そもそもこちらにはやましいことは何もないのだが。
「では率直に言います。最近の子供の失踪事件に、アナタがかかわっているのではいか、と我々は考えています。違いますか?」
「違います」
ピーターは即否定した。
こういう時、迷ってはいけない、即否定しなくてはならない。
「そうですね。【真偽法】に嘘をついているという反応はありません」
その言葉を聞いて、ピーターは安堵した。
なぜなら聖職者系統のメンツは【真偽法】、嘘を見破るスキルを持っている。
なので言いよどまずはっきり言えば大体何とかなるはずなのだが……。
「【真偽法】は、他者の邪気を見ます。あなたのような邪気まみれのアンデッド使い相手には十分に機能しない場合があります。実際かの……かの〈不死王〉は熟練者の【真偽法】をかいくぐったという言い伝えがあります」
「ちょっと待ってください!よりにもよってそれと比較するのは」
「黙りなさい。今私が話しています」
「……っ!」
ああ、これはだめだと、そうピーターは理解した。
何を言おうが絶対に無駄。信じてはもらえないだろう。
ハイエストという国の司法において、絶対視されているもの。
それは、証言。
なぜなら【真偽法】という、嘘を見抜くスキルを持つ聖職者がこの国には多数存在しているからだ。
実のところ、ピーターに【真偽法】による検知を捻じ曲げる力はない。
そもそも【真偽法】は人が発する邪気を感知することで、嘘をついているかどうかを判定するスキル。
本人がアンデッドなどに由来する邪気にまみれていれば、誤作動を起こすこともあるが、それは単に「本当のことを言ったとしても嘘だと判定される」だけであり、偽りを真実だと錯覚させることはできない。
そもそも、ピーターの場合、さほど怨念に汚染されているわけでもないから、実際に【真偽法】への影響はない。
たかが二体を連れているだけだけでは、そんなものである。
そして言うまでもなく、そんなことは目の前の騎士たちもわかっている。
ある程度の例外はあるにせよ、基本的にジョブに由来するスキルは基本的に生まれた時からの付き合いであり、使う本人がピーターよりも理解度が低いということはあり得ない。
ピーターには、そうまでして自分を陥れようとする彼らの意志は理解できない。
だが、理解できなくても、彼等はその理解できないピーターを尊重してはくれない。
以前ピーターは、聖職者に攻撃されても憤慨することも、動揺することも、ショックで憔悴することもなかった。
それが当然の扱いだと、長年の経験で知っていたから。
村に依頼を受けて向かえば、煙たがられ、報酬を払うことはおろか、話をすることさえ渋られる。
先日、配達の依頼を受けた時などひどかった。
たまたまアンデッドが出てしまい、ピーターが原因ではないかと詰め寄られた。
アンデッドはピーターが討伐したし、そのまま逃亡したので、お互い傷つくことはなかったが。
聖職者にしてもあの程度の攻撃は些細な嫌がらせでしかない。
そう思うしかないほどに、彼は冷遇されていたし、されているのである。
まず間違いなく難癖をつけられ、そこから無実の罪を着せられる。
言うまでもないことだが、誘拐は重罪だ。
関わっていると判断されればよくて終身刑、たいていは死刑だ。
……もし自分が死んだらリタはどうなるのか、とピーターは想像する。
処分されてしまうのではないだろうか。あるいはどこぞの〈従魔師〉や〈魔物商〉にでも引き取られるのだろうか。
いや、むしろ引き取られる方がピーターにとってはまずい。そんな終わり方は嫌だ。
それならばいっそ脱出できる可能性に賭けて、ここにいる奴らを殺して逃亡したほうがいいのでは……、と物騒なことを考えはじめた時。
「失礼します」
「どうぞ」
別の騎士団員が入ってきた。
向かい合っている司祭の耳元に口を寄せると。
「…………」
「え?ちょっと待ってください」
「…………」
「はあ?どういう心算ですか?」
「…………」
「団長が直々に?なぜ、クソ、あの悪魔ですね?はあああああ」
司祭は、どこかうっとうしそうな表情をした後、ピーターの方へと向き直る。
「もう帰って構いませんよ」
「え?」
ピーターは、意味が分からなかった。
死刑と言われた方がまだ理解できたかもしれない。
どうしていきなり解放されることになるというのか。
天地がひっくり返るほどの、鮮やかな手のひら返しである。
「いいからさっさと出ていきなさい!」
「わ、わかりました」
火に油を注ぐことになったのか、叫ばれてしまった。
やはり会話になりそうにない。
言い争っても特はないので、ピーターは急いで辞去する。
「失礼しました」
去り際、ドアを閉める最中悔しそうな顔でこちらを睨んでいた聖職者の顔が印象に残った。
なぜ、あそこまで不承不承という状態でピーターは見逃されたのだろうか、と首をかしげた。
「むー!あのおんなのひと!むかつく!」
騎士団詰め所から出た瞬間、リタが【霊安室】から出てきた。
許可を出していきなり出てきて聖職者の悪口を言うあたり、相当うっぷんがたまっているのだろう。
「あははは、まあこうして出られたからいいじゃないか。怒ると顔に皺が寄ってしまうよ?」
「はーい」
幼いとはいえ、リタは女の子。
そういうことを言われると意外と気にしたりする。
とはいえ、別にリタに生物としての体はないので皺になったりはしないのだけれど。
『しかし解せませんね。なぜ、ああもあっさりと解放されたのでしょうか』
「さあ……」
ハルの言葉通り、確かにあの言葉には腑に落ちない点が多い。
(ギルドマスターじゃないよなあ、多分だけどあの人も忙しいだろうしそんなに早く行動できない。あと、悪魔とも符合しない)
悪魔、という言葉には心当たりが一人だけあった。
それは。
「おや、ピーター君、リタちゃん、一週間ぶりだね」
シルクハットをかぶり、モノクルをかけた三十代と思しき男性が目の前にいた。
「ラーシンさん、お久しぶりですね」
「らーしんおじさん!」
彼の名前はラーシン。
以前ピーターが働いて歌雑貨屋の店主である。
ここにきているという事実と、悪魔、という単語から導き出される答えは一つしかない。
「ひょっとして、ラーシンさんが助けてくれたんですか?」
「まあ、助けたというほどのことでもないよ。僕は少々アルティオスの騎士団長と仲が良くてね。口利きしてもらったんだ。……無事で何よりだね」
知り合いが無実の罪を着せられるのは後味悪いからね、と付け加えた。
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